111.魔術の対戦
後半はセイルール視点
そしていよいよ当日。その日は全クラス合同授業だ。
魔法の腕に覚えのある人が名乗りを挙げて、対戦していく。まだ一度も対戦していない人が半分を切った頃、トーカ様が手を挙げた。
「カスミ様を指名します」
指名されたカスミは立ち上がって向かい合った。
「はじめ!」
トーカ様が水魔法をカスミに向けて放つ。ものすごく細い。えっ?凄い。しかも直線に見えるほどの威力だ。
あれで初級?
ロイナス先生が止めないなら初級なんだろうけど。カスミは軽く手を振って水を消した。えっ、何をしたの?
シンと静まる会場。次にトーカ様は火魔法を放つ。デカい。カスミの頭より大きな火の玉がカスミに向かう。しかも、早い!
カスミは最小限の動きで避けた。その途端、トーカ様が火を消した。
「そこまで!」
どよめく。トーカ様って魔術ではそんなに目立って無かったのに、凄い。
トーカ様は丁寧に頭を下げるとカスミの手を引いて舞台から降りた。
その次にはクリスとリグ様。こちらもリグ様が攻撃してクリスが避けて終わった。
僕はカルロスと、カルナスもカルロスと対戦して終わった。僕たちはヘロヘロした火の玉の応酬だった。今はこれでいいんだ。飛ばせない人もいるんだから。
一巡の最後に、エルサダ様がカスミを指名した。カスミは僅かに眉を顰めて舞台に上がる。
「避けるしか脳がないのだな、私の攻撃はそんなに甘くない!」
指をさして宣言した。カスミは無表情で立っている。
「はじめ!」
シュッと音がしてカスミの髪が散った。え?早い。っていうか見えなかった。カスミは散った髪の毛を手で握る。そのカスミにまたシュッと音がして、今度は頬から血が出た。
カスミはその血を拭うと正面からエルサダ様を見る。
そう、ただ見る。なのに、勝ち誇った顔をしていたエルサダ様が震え出した。
しばらくそのまま見つめ合い、カスミが
「降参だ」
そう言って終わった。何だったんだ?
まだシンとしている。
ロイナス様がエルサダ様に近寄る。エルサダ様は嬉しそうだ。でも次の瞬間、エルサダ様は空中に釣られていた。魔法だ。
「規則違反をする奴は最低だ」
どういうこと?
「はじめという前から、魔力を練っていたな」
あ、そういうことか。
対戦ルールははじめ!の声の後に魔力を動かす。事前に練っていたならあの速度も納得だ。
「しかも、体を傷付けないというルールも破ったな」
ロイナス先生はわざとだと断じた。
「ち、違…き、気持ちが昂って無意識に、それに顔は逸れてしまって」
「私の事を舐めているのか?魔力の動きくらい見える」
エルサダ様は青ざめた。
するとセイルール先生が
「ロイナス殿、その辺で。この事は学院長に報告の上、正式に抗議致しましょう。今期の成績を下げるのと来期の授業についは、何かしら罰を与えれば宜しいかと」
「相分かった」
エルサダ様は降ろされて、咳き込んだ。
カスミはクリスたちに付き添われて既に退場している。大丈夫かな?あのきれいな顔に跡でも残ったら大変だ。
この日の授業はこれで終わり。明日のパーティーは大丈夫だろうか。
そして、やっぱりなのか…パーティーにはカスミもセイルール先生も、そしてトーカ様とリグ様もで出なかった。クリスは僕のパートナーをしてくれた。相変わらず甘過ぎないのに、とても可愛らしい装いだ。
「カスミは大丈夫かい?」
その手を引きながら聞くと
「はい、お気になさらず」
と答えたんだけど、少し困惑したような顔だった。
流れるような所作と可愛らしい顔。カスミが居ないからか、心配したたくさんの人に話しかけられていた。
「パルシェン公爵令息のケガは大丈夫なのですか?」
「はい、跡になる事はなさそうです」
「良かったわ…あのきれいなお顔にキズなんて」
曖昧に笑うクリス。
「屋敷で静養しているのか?お見舞いに行きたいが」
という問いかけには
「屋敷に人は通しません。主はそういうのはが苦手でして」
如才なく相手をする。しかし微妙に相手は選んでるようで、さり気なくマリアージュ様が会話に入って来ようとしたら、クリスはそちらに背中を向けたから。
こうして、いまいち華やかさに欠けると僕が思うパーティーが終わった。
明日が一期の最後の登校日で、夏休みに入る。結局、カスミがどう過ごすのか聞けなかった。
クリスを探したけど、彼も今日は来ていないと言われた。そしてトーカ様とリグ様も。
なんとなく寂しさを覚えながらも、僕は翌日、実家があるイレシティに戻った。
果物の取り引きには僕も関わるから、それは楽しみだ。カスミが食べてくれるのかな?そんな事を考えるのが楽しい。
こうして、実家に帰るとお母様や兄様姉様に妹に弟と、賑やかな日常が戻って、時々はカスミたちのことを思い出しながら、夏休みを過ごした。
*****
時間は少し遡り…セイルール視点
私は3年前にニア兄様に打診されたあの話を受けていた。もちろん、カスミの入学に合わせて、だ。
今、婚約者がいないカスミには有象無象が群がる事は想像に難くない。さらに、公爵家の嫡男が同じ学年だ。貴族派筆頭の、貴族至上主義の家だ。
私やカスミを目の敵にするかもしれない。
侯爵家からは女性が2人。1人は問題ないが、もう1人は少し問題行動が見られる。
カスミに群がりそうだ。これは要注意だな。各方面にも根回しをして…
沢山傷ついたカスミは必ず守らなくては。
俺に縋り付いて泣くカスミはもう見たくない。いよいよ明日は入学式だ。しっかりフォローしてやらないとな。
隣のカスミの部屋を訪ねる。
「カスミ、いいか?」
「いいぞ」
部屋から部屋へ繋がる扉を開ける。カスミはソファでコーヒーを飲んでいた。
その隣に座ると、コーヒーを入れてくれた。
「緊張してるのか?」
「カスミこそ緊張しないのか?」
飄々としている。
「んーしてないかな。だってな、頑張る必要無いだろ?」
それはそうだ。頑張ってはダメだ。
「くれぐれも本気は出すなよ?」
「出さねーよ。平穏な生活を望む」
「ならいい」
その髪の毛を梳く。柔らかくてしなやかだ。嫌がらないのはカスミなりの気持ちなんだろう。頭を抱き寄せておでこにキスをすると、頬を染めた。
こういう反応が双子たちも堪らなかったんだろうな。
それでも最近はウザいと言わずに受け入れるあたりが、カスミの寂しさなのかもしれない。調子に乗って頬にキスをしたら
「ウザい」
顔を遠ざけられた。触れてるカスミからは親愛の情が伝わる。それを隠さない。しかも人に触れると考えてることがなんとなく伝わる私の事を、便利と言う。
大抵は嫌がるのに
「上手く言葉にできない感情を拾ってもらえるのはお得だ」
と言い切る。
そう、あのラウラリアダンジョンでの、あの事件の時も。泣きながら私に縋りつき、震えるカスミからは様々な気持ちが伝わって来た。
そうか、そんな風に…双子のことを。
そばにいない彼らの代わりに、私が守らなくては。
高位貴族の中で唯一、婚約者がいないカスミ。目立つだろう事は予想できる。しかも、12才の頃より背が伸びて幼さが抜けた分、儚さが際立った。
私が会ってからでも、さまざまな事があった。殆ど巻き込まれだったり、相手の勝手な思い込みでカスミはたくさん傷付いた。
双子と仲違いと言うか、まぁ双子の不貞一歩手前のアレでカスミが傷付いて、その結果がロキのアレで。
カスミも、そしてルキを庇って…ロキがああなってしまい、ルキも酷く落ち込んた。
ふう…いつか乗り越えなければならないにしても、あのタイミングは最悪だった。
カスミは感情を殺すようになったし、しばらくはアマランとウルグも落ち込んでて、使い物にならなかったからな。
もう2年以上も前の事だ。懐かしい、のだろうか。それからも怒涛の日々だったからな。
「カスミ、今日は一緒に寝るぞ!その前に風呂だ」
と言えば嫌そうな顔をしたが、私の手を引いてお風呂に向かった。今日は王都の屋敷に来ている。
背は高くなったが、相変わらず細い。ひょろっとしてる訳ではなく、ちゃんと筋肉はついている。トルフが鍛えた成果だな。剣の腕はルキとまともに打ち合えるほどになっている。
「護身用だ」
と言って憚らないが。それがカスミだ。
風呂で見るカスミは長くなった髪の毛を後ろに上げている。儚くも見える顔はほっそりと引き締まり、色素の薄い目と整った顔立ちは、派手さは無いが目を引く。
「充分に気を付けろよ」
カスミは肩をすくめると
「守ってくれるんだろ?」
はぁ、これだから。カスミは本当に無自覚に私を煽る。だから可愛くて仕方ない。
抱き上げてお湯から上がると抵抗しようとして諦めた。感じるのは子供じゃ無いのに、という拗ねたような感情。だから構いたくなるんだ。
着替えて風呂上がりのコーヒー牛乳を飲むと、私の部屋で一緒に寝た。感じるのはいい歳して兄と添い寝ってなんの拷問だよ…だ。笑ってしまった。こんな拷問だ!




