噂が噂を呼ぶ
「和泉くんって呼んでもいい?」
「はい! 藤枝さん!」
彼――和泉太陽は舞い上がっていた。隣の席になった好きな子――藤枝里美から話しかけられたからだ。
「和泉くんは永世街道の幽霊って知ってる?」
彼は少し不思議そうな顔をしつつも、「知らない」と答えた。
「少し前から噂になっているんだけど、永世街道に丑三つ時に行くと幽霊に遭遇するって噂があるの」
「そうなんだ。藤枝さんってそういう噂が好きな人なんだね」
「……少し意外?」
「そうかも」
和泉が相打ちを打つと、彼女は微笑んだ。その笑みを見た彼の頬はほんのりと赤くなった。彼が彼女を好きになった理由は色々あるが、この優しげで守ってあげたくなるような笑みが大きな理由だった。つまり、彼は彼女の笑みに弱かった。
「和泉くんに話した理由なんだけど……一緒に行こうって誘うためなの。丑三つ時って遅い時間だから、女子一人では不安で……」
「喜んで!」
好きな人にかっこいいところを見せるチャンスだと思ったのか、彼は二つ返事で了承した。
放課後、和泉は自慢するために親友、花崎雪彦の元へ行った。彼らは高校に入ってからの付き合いで、二年生の今年は別のクラスになってしまったが、今でも仲が良い。
「雪彦! 俺、藤枝さんとデートすることになった!」
「はあ? お前と藤枝さんって接点ほぼないだろ? 夢を見るのもいい加減にしろ」
花崎は呆れたようにため息を吐きながら言った。
「夢じゃないって!」
「じゃあ、いつどこに行くんだよ」
「今日の夜、永世街道に!」
「それ、本当にデートか?」
和泉は花崎に経緯を説明した。それを聞いた花崎はジト目で「肝試しみたいなものか」と言った。
「でも、肝試しってカップルが行くだろ?」
「吊り橋効果を狙ってってことか? 友達とも行くと思うが」
「良いんだよ。思うだけならタダだから」
「お前がそう言うならもう何も言わねえよ。でも何かおかしくないか?」
和泉は「おかしい?」と首を傾げた。
「太陽と藤枝さんって仲が良い訳でもないだろ?」
「まあ。今年席が隣になって話すようになったくらいだ」
「だよな。なら、男子と行きたいとしても他の奴を誘いそうじゃないか? 例えば山田とか」
山田はクラスのムードメーカー的な存在の男子だ。和泉は花崎の意見に納得しかけたが、首を振って、「それでも俺を選んでくれたんだ!」と思い込むように言った。
「永世街道って栄えてる所から離れていて、幽霊は居なくても悪人が居るかもしれない。行くなって言っても行くだろうから止めねえけど……気をつけろよ?」
「おう! 藤枝さんは俺が守る!」
彼は物語の中のキャラクターのような決めポーズで宣言した。
「和泉くん?」
「はい!」
「良かった。待っていたのが和泉くんじゃなくて和泉くんを乗っ取った怪異でしたとなっては困るもの」
和泉は彼女の言葉を聞いて首を傾げた。彼は彼女と会う前に噂について調べていた。それによると永世街道の幽霊は人を乗っ取るタイプではなく、ただ話しかけてくるだけの比較的無害なものとされていた。
「……本気にしちゃった? 大丈夫。和泉くんが怖いものじゃないって分かっているから」
そう言うと彼女はくすりと笑い、迷いなく永世街道に進んでいく。和泉は僅かに芽生えた違和感を頭から消すように深呼吸をして、彼女の後を追った。
「何もいない?」
夜の永世街道は不気味な場所だった。居るはずのものを感じず、夜だからという理由だけでは説明できないような冷たい風が背筋を凍らせるような場所だった。街灯はチカチカと点滅していて陰湿な雰囲気を作るのに一役買っていた。彼はそんな場所から一刻も早く抜け出したいと思い、幽霊を否定するような言葉を言ったのかもしれない。
「そんなことは……。あ、和泉くん。あれじゃない?」
藤枝は遠くを指差した。和泉は彼女が見つけたものの正体を探ろうと、彼女の側に立った。
「どこ?」
「あ、横に動いたよ」
「横?」
「そっちじゃなくて……こっち」
藤枝は和泉の頬を両手で掴み振り向かせた。二人の視線が交差したのは一瞬で、和泉は赤くなってすぐに目を閉じた。
「目を閉じちゃ駄目だよ」
和泉は藤枝に促されるままそっと目を開けた。すると、彼の目に彼女に取り憑いている黒いもやのようなナニカ――永世街道の幽霊と言うべきものが映った。
「後ろ……!」
「こっちを見て」
和泉が後ろの幽霊に気を取られていたのはほんの少しの時間だけで、彼はすぐに目の前の少女に目線を戻した。
その時、二人の唇が触れた。和泉は咄嗟に手を伸ばして突き放す。
「……えっち」
「胸!? え、ごめん」
「代わりに……私も触っちゃえ!」
藤枝が和泉に近づき彼の胸を触る。当然、彼らの顔は先ほど同様に近づく。彼は先ほどのキスを思い出し、思考も動きもフリーズする。
彼女は背伸びをして、彼の唇に噛みついた。そのまま舌を彼の口の中に入れる。彼はただ彼女のなすがままにされ、その目はぼんやりと彼女を見つめていた。彼の体からは段々と力が抜けてきて、支えなくして立つことも困難になる。彼の様子を見た彼女が体を離し、一歩後ろに下がると彼は地面に倒れ込んだ。
「ご馳走様」
藤枝は――藤枝の振りをしていた怪異は――和泉を見下ろすと妖艶に嗤った。
「太陽。どうだった?」
「成功っていうか、失敗っていうか……。何もなくて普通に帰ってきたよ」
「それは良いこと……ああ。お前らは幽霊探しに行ったんだから何もないのは困るか」
「そうなんだ! そのせいでかっこいい所が見せられなくてな……」
「あっそ」
花崎はどうでも良さそうに相槌を打ちながら黙々と教科書を鞄に詰めていった。
「武勇伝は帰りながら聞いてやるから……。準備もできたし帰ろうぜ」
「……武勇伝なんて話さねえ。何もなくて悲しくなるから」
「んなこと言うなって。元気出せよ」
花崎は和泉の頭をわしゃわしゃ撫でた。「髪がぐしゃぐしゃになるから止めろ」と和泉が返すのがいつもの流れだ。
「あーでも一つ収穫あるかも」
和泉が呟くように言った。
「綺麗な景色が見れたんだ。隣に藤枝さんが居たからかもしれないけど」
「自慢かよ?」
花崎が茶化すように言うと、和泉は首を振った。
「一緒に見に行かない?」
――今日の夜に。
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