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魔神伯爵とThe Answer  作者: 宵闇顕葉
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8th. スカウトと愛への渇望

 戦争が終わってから5日ほど経った頃…。


 再び戦場へ戻ってみると怪しげな何かを見つけた。


 肉のような、けれど何か溶けてくっついたような何かだ。

 僕は歩いてそれに向かう。そこには、20mはありそうな肉のオブジェクトがあった。腐臭は何もしないのに生肉の妙な臭いが広がって吐き気がする。血の臭いは何故かしない。血抜きされた肉のようだ。


 …丁度いい。


 僕は再び【腐敗】を使った場所に戻って魔法を使う。


「【灼炎地獄(インフェルノ・ノヴァ)】!」


 死体の処理を忘れていた。これで良し。彼らの肉体はこれで火葬もできた。まあ、骨の欠片すら残らないほど徹底的に焼けるんだけどね…。あまりに強すぎる燃焼反応を発生させる魔法だし。流石に爆発もするし骨の欠片も残らないでしょ。



 戦争により2つの領地を獲得したヴランディア領。それを如何にして収めていくかは僕がこれから考えていかないといけないところだ。


 少なくとも今回は兵たちが僕の領に攻め込むという形だったからこそ先行部隊を腐肉の海に沈めることができた。でも、これが攻めとなるとまた話が異なってくる。


 僕が行う【腐敗(ロット)】。この欠点は範囲の狭さだ。


 戦争時に扱ったものはわざわざ()()()()()()魔法である【腐敗】を()()()()()()()()()()()()()()()に改造したものである。


 元々、この世界には【腐敗】なんていう魔法は存在しない。でも、考えればすぐにできたはずなんだ。

 腐敗というのは状態異常で、それを魔法に落とし込む術式なんて作るのはとても簡単だ。だって、『()()()()』を直接、チョークに魔力を流しながら書くだけなんだから。

 まあ、魔法文字っていうのは魔法を開発するときのメモをする専用の言語だと考えてくれればいい。ほら、速記者が速記文字を使うのと同じだよ。でも、それを使った後は魔法陣も基本は使わなくなるからあまり魔法陣は書く意味がないね。まあ、発動できなかったらその魔法は使えないってことだし、1度でも使えたらそれ以降は魔力を使うだけで勝手に魔法陣っていう術式が作り出されるから結局はイメージだけでなんとかなる。僕が初めに魔法を何となく使えたというのもそれが原因だろう。


 この世界の魔法陣というのは円形とは限らない。楕円形なものは安定しないが正三角形、正六角形のような形の魔法陣が何個も存在する。

 まあ、僕しかまともに使えない、というか僕でも一度真面に使えば気絶するくらい異常な魔力を消費する『立体魔法陣』っていうイカれた魔法陣がある。それは流石に僕も簡単には使いたくはないかな?一応、術式は知ってるから使おうと思えば使えるんだけどね…。あれは何十という歯車が噛み合う過程で作動する魔法で、歯車に至っては『魔鉱石』っていう鉱石を使って実物を作らないといけないんだ。まあ、一度作れば無限に作れる触媒になる機構だから、できれば作っておきたいけれど、魔鉱石って、ここらの地域で採れたっけ?まあ、その内切り札になりかねないし使えるように頑張ろう。



 さて、本題に戻ろう。今回手に入れた2つの領地、『旧ワルツェ領』と『旧ミラミス領』だ。ここの地域は特に名前を変える意味もない。そのままで居よう。


 今回、ミラミス伯爵家は敗戦し占領された上でその血筋の者たちは戦で大敗したこともあり多額の賠償金を負う。また、伯爵夫人やその令嬢に至っては身売りすら覚悟していた。息子に至っては今の僕より幼いこともあって部屋の隅で怯えている。事実、彼と彼女らは『奴隷』という職業になっている。奴隷になると主人がいるならば主人と契約したときの条件に抵触しない限りどんな命令でも下すことができる。契約内容については後々決めるけれど、奴隷から解放するというのもタイミングが必要だ。下手なタイミングで開放して逃げられても困る。

 …しかし、それでは安定して搾り取れない。彼女らに至っては少々助け舟を出してやろう。


 第1に、一番面倒くさい仕事の片づけだ。

 彼女たちに伯爵の部屋を漁って貰い、そこに入っている書類を手に入れた。その内容に、彼女たちは『なんとも悍ましい…!』とドン引きしていたらしいが、その場にいたから分からない。純真無垢な少年には見せられないようなことだ。僕?既に実の父親に対して薬盛ってるから純粋とはかけ離れてるし誤差だよ誤差。


 さて、今回集めさせた内容は、『娼館の経営』についての資料と『領の運営資金の行方』についての資料、『鉱物資源』についての資料だ。娼館があることによって欲を発散することができれば領民たちの仕事の効率も上がるだろう。まあ、仕事柄ストレスはたまるものだ。それに、有名な人材のスカウトについては考えておくべきだしね。


 まだ僕は性欲がどうとかいう年齢とは言い難いし、忙しすぎて()()()()()()をする暇がない。ませているというわけでもないし。まあ、領の中の同年代の少年少女がそういった下ネタで盛り上がるところを見ると、どこの世界でも変わらないなとは思う。そんな記憶があったかは定かではないが。

 さて、ちょっとした嘆きはこれくらいにして、ミラミス領の娼館でも随分と人気があったという人をスカウトしに行こうか。



 僕は護衛のスラムの住民…まあ、戦のあとから『親衛隊』と呼ばれることを希望していたし、そう呼ぼうか。特に身綺麗な親衛隊の数人を連れて行き、娼館に入る。親衛隊の隊員は外で待機している。いざとなったら僕がナイフを外に飛ばすからそれを合図にしている。いざとなったら転移魔法で逃げればいい。【ディスペル】は展開されていないから多分大丈夫だ。


 娼館に入り、前を見るとそこには20代になっているかいないかといった黒髪赤眼の女性がいた。チャイナドレスのように横からだとかなり脚が見えて、そして胸と尻は非常に大きく、だが痩せているような見た目をしたどこかアンバランスな女性だ。あまり体を見るわけではないが、尋問とスカウトと戦闘をここ数日立て続けに行っていたせいで相手の全身を見る癖が付いてしまっている。僕はすぐに目を上に上げる。


「あら?こんな時間に…坊や?ふふっ…ここは坊やにはまだ早いの。だからもう少し大人になってから来てくださらない?」


 ちゅっと額にキスをして帰らせようとする。僕はそんな彼女にスカウトのことを忘れて、………………


「忌み子、怖くないんですか?」


 そう言っていた。


 忌み子は『黒髪黒眼』の人間のことで、彼女は髪色こそ黒いが眼は紅い。色鮮やかで透き通っている。だから忌み子ではない。

 勿論、忌み子だからと差別する言動をしたり襲い掛かったりすれば僕は外に控えさせている親衛隊を呼んで拘束してもらう。そういう手はずになっている。

 安全は確保されている。だから、僕はこんな悠長な話をしていられるのだ。


「まあ、忌み子は確かに怖いよ。でもね?それで人を差別するっていうのはどうかなって思うの。それに、君は可愛いじゃん!可愛いは正義!」

「か、可愛い…。」


 今生でも、多分前世でも言われた記憶がない。親の可愛がり以外で初めてこんな言葉を言われたな。そして、そこで僕は本来の目的を思い出す。

 確か、目的の女性はアルティマ・エレンティだったはずだ。平民生まれだが、貴族からも高い金銭で夜を買われるそうだ。彼女を抱いた男というだけで『優秀な領主』と言われるほどらしい。目の前の女性はその女性に瓜二つだが、随分前のデータと一致するのかを疑問視しているため、彼女と目的の女性が別人だと考える。


「そうだ、本題に入ります。まずは自己紹介から。私の名前はリット・メルト・ヴランディア、先日、この領を手に入れたものです。」


 そういうと、彼女は驚いたような顔をしつつも表情を戻し、少し考え込むようにしてからこう答えた。


「…なるほど。つまり、ここに来たのは私を抱くためってこと?」

「…あなたが、アルティマ・エレンティさんですね。」

「そうよ。まあ、子供に抱かれたことはないからちょっと不安だけど。」

「別に今日はそういう目的で来たわけではありません。私が来たのはスカウトです。」

「?どういうことかしら、話を聞いても。」

「まずは我が領が抱えている状況について、話す必要が………。」


 そこから僕は少しの間、自分の領の問題を、できるだけ簡潔に伝えた。娼館の女性に下手というクレームをつける人がいること。しかし、教育係がいない彼女たちを教育することがとても難しいこと。彼女たちの職についての理解はある程度あること。その内金銭的余裕ができてからアルティマさんを教師としてスカウトする予定がもとからあったことなどだ。


「なるほど、私には興味はなかったんだ~。」

「そうですね。今の私には少なくともあなたは勿体なさ過ぎる。それに、私がそういった行動を取れば、親衛隊の皆があなたに対して異常に過保護になるのが予測できます。」


 彼らの忠誠の誓い方は異常だ。何代にも亘って飢餓に苦しみ、金銭の余裕もなく、略奪と殺しに明け暮れる日々から救い出した救世主のような存在になっているのだろう。当然、これが僕が魔法が使えるかという実験を行ったとして、彼らは嬉々として研究材料になろうとするだろう。老若男女問わず、皆が皆忠誠を誓う。


 そこまで言うと、アルティマさんは『ふふっ』と小さく微笑み、


「分かった、これからあなたの領に行ってお仕事するわね。それと、…。」


 彼女は僕を抱きしめる。大きな胸で顔が随分と埋まってしまっているが、わざとなのだろうか。


「あまり女性を口説きすぎないでね?」


 耳元で小さくささやいた。僕は何といえばいいのか分からず「はい。」と自分でも恐ろしく感じるほど無機質な返事をした。



 初めはただの子供だと思っていた。でも、私にはわかった。


 彼はすでにどこか壊れているんだと。


 私は少なくとも、貴族連中から『私を抱けば一流の貴族』と言われる傍迷惑な称号を持たれている。美貌には自信があったし、彼と同年代の男子は私を見ただけで『綺麗…。』としばらく見入ってしまうほどだ。


 しかし、彼には一切効かなかった。性欲の概念は存在するらしいが、それを私に向けることは()()()()()という拒絶感があった。どこか、彼には何かに飢えているといった、獰猛で凶悪な肉食獣を思わせる風貌がどこかに感じられた。


 逆に私が驚いてしまったほどだ。私に対して『あなたは勿体なさ過ぎる』と拒絶するかのように上手く距離を取ったことにだ。少なくとも、あまりに自然な一言過ぎて一瞬口説かれているのかと勘違いして胸が弾んでしまった程だ。他の貴族連中にはない、他人への思いやり。欲の捌け口ではなく、でもどこか狂ったかのように何かに飢える感情。


 外で親衛隊と呼ばれる夜空のように黒い鎧を纏った騎士たちとじゃれているリット君を見て、私は感激していた。


『彼ら、本当はスラムに住んでいたんですよ?貴族の護衛に付けるには少なくともあそこまでの礼儀作法と忠誠は必要ありませんからね。必死に彼らは勉強をして、僅か数日でここまで仕上げてくれたんです。僕は一切そんなことを指示したつもりもないんですけどね。』


 彼に対する忠誠心、それに、どこか親のような顔を浮かべている彼ら。高い高いをするように持ち上げたり、肩に座らせて歩いていくその姿は、ここまで頼りになる者はいないだろうと言えるものだった。そして、私に向けた愛想笑いではなくどこか躊躇いがちな小さな笑み。


 恋なぞしたことがなかった。目を覚ました時から()()()()()()と快楽に溺れていっただけの醜い人形のはずだった。


 しかし、


『何だろう、この感情(きもち)…。』


 胸が苦しくて、今からでもリット君を抱きしめたいと思ってしまう。一度意識してしまったら()()が止め処なく溢れてきて、何かが頬を伝う感覚がした。



 僕は親衛隊の人たちに『ありがとう』と無事スカウトができたことを告げた後、彼らとじゃれながら屋敷に戻ることにした。高い高いをしてくれたり、僕を肩に乗せて歩いてくれたりと、彼らは子供の夢のようなことを何個もしてくれた。忠誠というより、親が子を見る目をしている気がしたよ。


 そんなことをしながら、ゆっくりと歩いていると子猫が血を流している姿と少年がそれを前に泣いている場面に遭遇した。


「…。」


 僕は少年に悲しみを持ってほしくないと感じた。右手を前に出し、『治癒』魔法を発動させた。


「【ライト・ヒール】【リペア・コンディション】」


 僕から2つの贈り物。


 泣くほどの悲しみはいらない。失う怖さよ癒えよ。


 何かを失うと、人は心の何かを失ってしまう。それは必要なパーツが揃わなくなったパズルのようなものだ。代用できるのは僕が増幅させた()()()()。苦しみが完全に癒えるまで、魔力が消えないことを願うばかりだ。


 魔力は心を補う効果がある。彼の魔力は非常に強い『聖善』の魔力だった。彼はシナリオに関係のあるキャラクターだったのだろうか?それは分からない。


 子猫は次第に立ち上がり、少年に甘えていた。

 少年は子猫を大事に抱え上げその背中を優しく撫でていた。


 その光景を見た僕はふと、今日出会ったアルティマさんについて考えていた。


 彼女の体はとても温かかった。キスされた部分は既に拭っていたが、あの感触は非現実的で未だに残っている。でも、どこかに違和感があった。


 僕だって少年だけど男だ。性欲くらいは持ち合わせている。事実、彼女はとても美人だ。でも、僕は彼女を見ても興奮しなかったし、何故か彼女が『何かを持っていない』ように感じていた。彼女は確かにその肢体によって多くの男を虜にする職だ。しかし、未だに1度たりとも身籠っていないという。貴族連中は欲に忠実だ。僕だってそうだから分かる。射精なぞいくらでもされただろうし、そうされたら身籠っていてもおかしくはない。

 彼女が子供ができない体質なのか別の理由があるのかは分からないが。


 ………………あれ?


 僕は気づいた。10年前、彼女は既にこの業界で名が売れていたそうだ。バルト伯爵は抱けなかったらしいが、彼女の姿について言及があった。


『姿が全く変わっていない。』

『まるで人形のように繊細。』

『一部貴族しか相手にしない。』


 姿が変わっていないそうだ。それに、写真で見たのだが、初めに彼女に気づかなかった理由は随分と変わっているはずだと考えていたのと、彼女に化ける人がいてもおかしくはないと考えていたからだ。


 さて、なぜ僕が違和感を持ったか。人の温かさはあったのに、匂いは甘かったのに、誘惑されていたはずなのに…。


 なぜこう思ったんだろう。僕は()()()()()()、そう感じてしまった。実際はそんなことはない。【真眼(まことのめ)】で彼女の言葉が本心だとは理解できていた。僕に協力してくれるのは間違っていない。


 ではどうしてそう思ったのだろうか?だけど、その考えは纏まらないとすぐに気付き、『今日は早く寝ますかね。』と小さくつぶやいた後、後ろにいた親衛隊が、『リット様、背中をどうぞ。』と言った。僕は親衛隊におんぶしてもらってそのまま眠ってしまった。



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 物語破綻を確認しました。

 リット・メルト・ヴランディアの状態変化

 正常→狂愛

 大罪獲得:強欲


 レオンハルト・ヴァン・ヴァーバルとの邂逅により、シナリオが分岐しました。

 物語破綻を確認しました。

 イベント『迷子の子猫、叶わぬ記憶』の発生条件が消滅しました。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 リットは気付いていた。自分への愛情というのが彼の行動理念の最優先事項に代わっていることに。


 リットは気付いていた。自分の行いというものがただの自分勝手な愛の暴走の結果だということに。


 しかし、リットは気付いていなかった。この段階で学園でのイベントがほぼ破綻したことに。

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