6th. 研究と依頼
2023年5月22日
変更点:書物の名称変更。
書物の内容の一部修正。
魔猿の死骸を調べていて分かったことがある。
魔猿は猿が魔力により変質したモノだった。魔力の解析をし、その魔力の種類を特定し近くにいた虫にその魔力をぶつけてみた。すると、その虫は数倍のサイズにまで大きくなり、その個体は進化した。
魔悪属性の魔法はクティフィアン正教会の聖書によると『魔を崇める者が持つ邪悪なる素質。しかし、汝らは異端ではない。』という内容の文章が書かれていた。魔を崇めるというのは魔族という第2作で出てきた魔獄神教の司祭の種族だった気がする。クティフィアン正教会のモットーは『異端者は存在せず、汝ら全て神の子である。』だ。誰がどんな宗教を信仰しても、神を信じる心は神聖なるもので、その心に異端などない………………って訳すと僕は思っている。はあ、別に僕は狂信者じゃないんだけどなぁ…。こんな訳をするとどうにもこの宗教の信者だと思われそうだ。
さて、宗教の話は無視して、魔悪属性は動物を魔物へと進化させる能力があるようだ。そう考えると、動物が使う『始祖』属性の【身体強化】の説明がつかない。魔物が進化するのには魔悪属性が必要、では、『始祖』属性の【身体強化】はどうして彼ら魔物に使えるのか…。身体構造上【身体強化】が無ければ自重に潰されて死んでしまうのは魔猿の魔法をキャンセルしたときにすでに把握済み。
いや、待てよ?
これはあくまでも僕の憶測に過ぎないけど、魔悪と『始祖』はルーツが同じ属性なのか?それとも、【身体強化】は『始祖』で使えるが実際は魔悪の魔力を使うということか?
そういえば魔悪って、逆から読んだら悪魔だよな…。
悪魔?
…そうか!
僕は図書館へと来ていた。読むべき本はすでに決まっている。
『悪魔伝 ー怨嗟に染まりし悠久の扉ー』
この書物は悪魔と呼ばれた者が魔族たちを自らの足で尋ね、そこで見聞きした内容を記した書物だ。ほぼほぼ禁書扱いだけど、僕はここの領主だし、今ではギリギリ禁書ではないため、特に問題なく読めた。
『魔族とは本より魔たる存在だったわけではない。彼らは残虐非道な実験により生まれた副産物のような存在である。』
そんな書き出しから始まった。その後も偉そうな言葉を並べて魔族の定義を述べていたが、最後の方にしてようやく僕の望む答えを見つけることができた。
『魔族と呼ばれる存在は本はどこにでもいる一般人だ。そして、彼らは『漆黒の魔力』を扱うことに長けており、またその魔力を用いて自らの身体能力を上げることができた。魔力によって現在の一般人を超越した身体能力の強化を行うことができる存在であり、人類の悪逆非道たる人体実験と魔族の関係を結びつけるため、その驚異的な力をここでは『魔悪属性』と定義することとする。』
魔悪属性の起源、それは魔族のことを見聞きした彼だからこそ見つけられたものである。また、魔族という存在が人体実験によって生まれた存在であり、今でなお子孫を繋いで生きているというのだ。
しかし…
「この本書いた人、自己顕示欲の化け物じゃないですか…。」
ヒールを演じると決意した自分でもここまで徹することのできない自己顕示欲がありありと伝わってきた。この人と会って話すことがもしあったとしたら、絶対にこっちが聞きたいことだけ聞いて帰ろう。
僕は本を返し、踵を返して屋敷に戻った。
最後の頁に書かれていたとある文字を読まぬまま。
彼が書いた書物には、魔悪属性は魔族が扱うことに長けている属性と書いていたが、魔物という単語は1つたりとも出てこなかった。
僕が決めたのは、彼が気づいていたかいないのかは不明だが、魔物についての研究は一旦やめた方がいいということくらいだ。明らかに時間が足りなすぎる。
結局この日は図書館で魔族に対する情報を集めていたがために残業をする羽目になった。ほかの皆は自分の仕事をきちんと終わらせていたために定時で帰った。家で働いているから何も言えないけど、帰るの早すぎません?定時になってすぐにはもうほとんど人がいなかった。
まあ、別に何とかなる。僕は残された書類の束を片付け、魔族たちとの対話について考えることにした。
魔族、それは魔悪属性の魔力を多量に受けたことにより変異してしまった人間。『先天的魔悪症候群』と呼ばれる重病で、彼らは魔悪の魔力により破壊衝動を抑えるのが難しくなったり、非常に長命になったり、角やしっぽが生えたりする。まさに『悪魔』というような造形のそれらは生まれた時点で差別されることが決定づけられる。また遺伝子異常が起きるようで、彼らと子を成すとその子は魔悪の魔力により魔族化してしまう。今の魔族の大半は初代魔族の血族ということになる。
そもそもの話。今の時代、魔族は差別対象であり彼らは生まれた時点で殺されることすらあり、彼らは成人するまで滅多な数生き残ってはいないのだ。
…『忌み子』と同じように。
彼らと対話することは非常に困難。しかし、彼らは実力主義者で、彼らの王と呼ばれる存在は魔族の中で最も強い者だ。力とは、武力でも知力でも精神でもある。どれか一つでも最強の素質があるならば『魔王』と呼ばれる王となる。
今の時代の『魔王』は非常に聡明な人物で、非戦争派といった人物らしい。人間との戦により多くの勝利と敗北を味合った『彼女』はそう簡単に人間の領地に攻め込むこともないだろう。
ちなみに、『魔王』が『彼女』と呼ばれるのには訳がある。
この『魔王』という存在が、人間が魔悪の魔力により変質した例だからだ。元の姿が女性だったから、『彼女』と呼ばれるそうだ。
魔族は長命種であるが故世代交代が遅い。周期的には300年に1度程度ではないだろうか。魔族の寿命は定かではないが、長命であることは自覚しているらしく時間にルーズな動きをすることが多いらしい。人間のことを『せっかち』と揶揄することもある。
また、僕は『彼女』という存在に会ったことがある。ただのとても優しい女性だった。僕が捨てられていた時、一度食事を振舞ってくれたのだ。どうやら、彼女が根城とする場はこの領のどこかにあると考えられる。まあ、大体場所に見当はついているのだが。
それはともかく、魔族との対話についての考えは一度やめておき、今日の業務を始めるとしよう。
今日の内容は…。
「スラム街の人々を雇用する案件について…ですか。」
何とも、スラム街の人に最近話しかけて勧誘することに成功し、彼らが労働力になってくれているということについていろいろと説明をもらえた。また、ここについての問題点がやはり存在し、スラム街の人々は元の生活の所為でかなり態度や身なりが悪いといった様子。ここに至ってはどうにかできないかといった相談のようなものが多い。
やはり金銭が絡むと彼らを釣るのは比較的容易か…。しかし、これから彼らが僕の政策に逆らえないようにするためにはどうするべきか…。いや、逆らえないようにとは語弊がある。別に僕は完全管理体制を築く気はない。むしろ領民には自由にしてもらい、彼らから比較的安い税を取りながらもそれで安定できるほど民と領地を増やすことだ。
資金的にはしばらく足りそうだ。あとは鉱山の開発と畑に撒く灰集めだね。
畑の対策として植物型の魔物の灰が有効だと本に書いてあったからそれを使うってことで。植物系統の魔物は正直に言って弱い。5歳児でも倒せるほどに弱いが、運が悪いと大人でもそのまま飲み込まれて死んでしまう。
大人に狩猟依頼を出して彼らにはできるだけ満足のいく金銭とサポートを充実させよう。
よし、とりあえず内容的にはある程度決まったな。あとはゆっくりと休むか!
そんなことを考えていた時だった。窓にパタパタと羽ばたく音が聞こえ、伝書鳩が入り口に入ってきていた。
手紙を読んでみるとそこには宰相からの連絡があった。
『リット・メルト・ヴランディア殿
貴殿に急な報告がある。
まずはヴランディア領東に位置するワルツェ男爵とミラミス子爵が結託し貴殿の領へと攻め込むという知らせが入った。建前では『われらが所有する鉱山の権利を強奪しようとしている』だが、実際のところ『スラムの穢れた民を雇用する貴族の恥さらしが』といった下らない理由だ。一方的な宣戦布告であり、これを払いのけることも可能であろう。しかし、そのままでは貴殿の領に計り知れない打撃を与えかねない。迅速な対応を期待する。
なお、彼の者たちは我が国の意思に背いた重罪人だ。処刑してもらえると助かる。なお、彼らの処刑を終わらせた暁には彼らの領地を貴殿に進呈しよう。
ヴィクトール・フォン・ヴァルメール』
まあ、僕としてはこの申し出はありがたいかな?
さて、とりあえずヴァイスさんとメイド長を呼ぼうか。
「「迎撃すべきです。」」
「やはりそうなりますか…。」
分かり切っていたことだが、彼らは僕に迎撃することを進めてきた。
「しかし、戦に必要な兵の数が足りません。流石に私単騎で殺せるにしても2万程度でしょう。」
「その数を打ち取れるならこの度の戦は完勝間違いありますまい。リット様は10で魔法を習得された身、今でなお強力な魔法を次々と生み出しているではありませんか。」
「それでも万が一があるということです。まず敵の本当の戦力に至っては未知数です。私が単騎で彼らを殺そうとした場合数百もの武器を用いて彼らを切り殺す必要があります。いくら今の段階で宮廷魔導士を超える魔力を持っているにしても、流石に無茶な話です。」
「宮廷魔導士を超える魔力はあるんですね………。小魔力で大多数を殺す魔法は用意できますか?」
「…やれるならやってると言いたいところですが、実際あります。」
「では!」
ヴァイスさんは僕の言う魔法についてあまりわかっていないようだ。まあ、僕が作った魔法だし。喜ぶ彼を絶望の淵に落とすようなことをこれから口にしなければならない。
「ですが、その魔法はあまりにも………………悲惨な結果を生むことになります。」
「例えば?」
「皮膚がドロドロに溶けて肉から焼けるようなにおいが漂い、骨は砕けて体全体がスライム状になって死んでいく魔法なんですが…。」
「それは何とも…エグイですね………………。」
「やりたくないということは、わかりましたか?」
「ええ。」
「でも、民を守るためには非道になることも必要です。まあ、私はまだ子供ですので、多少彼らを壊しても問題はないでしょう?」
「…。」
ヴァイスはリットの言葉を聞き戦慄した。
(彼はこの領の民のことを第一に考えている。しかし、彼には自身を守るといった考えがないようだ。どうかご自愛なさいませ…。)
ヴァイスはリットがどんな人生を送ってきたかを理解している。親から見放された故かどこか愛情に酷く固執しているところも、民に向けるのがただ守らなければといった考えからではなく、ただ自分の歪んだ愛情を向けるために、歪んだ愛情を避けない臣民になって欲しかったというところもだ。どこか危うさを秘めているその考えを否定したくはなったが、それを否定してしまっては彼が人知れず壊れてしまうだろう。彼の心を繋ぎ止めているのは誰かへの歪で鎖のように切れない愛情だからだ。それが否定されればどうなる?
魔法によってすべてが抹消されてもおかしくはないだろう。
ヴァイスは裏でリリィにリットの精神的なケアをさせているが、ひょっとするとその愛情が彼女に向けられているとすると…。
ヴァイスはそこまで考えて考えることを放棄した。しかし、リリィ自身リットを想う心があるようだ。それが尊敬か恋慕かはわからないが。
ともかく、この事態を収束させるためには数千といった人間を殺さざるを得ないだろう。リットの精神が壊れないよう慎重に見ていなければ…。
ヴァイスは陰でそう決意した。