5th. 捜査と討伐
僕の前には宰相と捜査官が座っている。
宰相の見た目は白髪に眼鏡、質素だが高貴さも感じる赤を基調とした服を着ていた。捜査官は鎧…というより甲冑で歩くたびにガチャガチャと音を立てていた。
僕は資料を提出し、右側が前領主のもの、左側が僕自身が作ったものと言った。
宰相は右手を上げ、捜査官がそれを見る。
「これで、全部ですか?」
「はい。」
僕の言葉に嘘はない。宰相は1つ頷き、そして僕に目を向ける。
甲冑姿の捜査官が何かを宰相に言っているようだが、僕にはそれがギリギリ聞こえない。
まあ、この事だろうね。
「この中に、君の名前で書かれたものがあるようだが、君が主導したモノかな?」
「いいえ、違います。」
「どうしてこのようなものがあるかを教えてもらっても?」
「実は、私も良く分からないんです。恐らく、バルト伯爵が私を屋敷より追放した後、1~2週間ほど路頭を彷徨っていた間に書いたのでしょう。私が領民に石を投げられたり、殴られたりしたときは『お前の父親の所為で…』と恨まれたので。多分タイミング的に私が追放されていなかった時に書いたとすれば『お前の所為で』と恨まれると思うので。」
「なるほど。(リット君は被害者か)」
宰相は小さく、そして何かを言った。甲冑の捜査官はそれが聞こえたらしく1つ頷きガシャと音を鳴らす。
「今、何か?」
「いえ?ですが、その言葉に嘘はありませんね。」
「なるほど。確かバルト伯爵から伺ってはいましたが嘘を見抜く力をあなたは所持しているのだとか。」
「そうですね。まあ、今回に至っては王宮に飛ばされた報告だったので私が手を出さないといけませんでした。…それと、バルト伯爵の身柄はどこへ?」
「今、私が座っているところに隠し通路があるんです。彼は私に実験で飲ませた睡眠薬の影響で今も眠りについているはずです。」
「睡眠薬の実験を?」
「まあ、その他にも毒薬を打ち込まれたりしたので今となってはほぼ毒の類は効かなくなってしまって。」
「なるほど…嘘はない。アンガス、バルト元伯爵の罪状に『違法薬物所持の疑い』を追加です。それに、自らの息子の育児を放棄して追放すらしたので『虐待』も追加しましょう。」
「了解しました。」
僕は自らの親が捕縛され、そのまま連れ去られそうになるという貴重な場面に遭遇していた。しかし、彼はそんなときに目を醒ましており、
「リット!謀ったな!」
「そもそもあなたの奴隷ではないので。不正に奴隷にした人間たちの借金はあなたが散々使った無駄遣いを売り払って返したのでどうにでもなりましたよ。」
「バルト元伯爵、あなたはもう2度と陽の目を浴びることが無いでしょう。よくよくこの夕陽を拝んでおきなさい。」
「さ、宰相まで!?…クソッ!お前らを許さねぇ!死んでも、この国の全員を呪い殺してやる!」
「『国家反逆罪』も追加ですね。極刑は免れませんね。」
「おや、リット君はこれでもいいと?これでもあなたの父親ですよ?」
「自分の父親が連れ去られるという字面だけは悲しいです。でも、これがどこかへ行っても悲しみなんて1欠片もありませんね。」
「…そうですか。連れていけ。」
「リット!リィィィィィットォォォォォォォォォ!」
バルト伯爵はゲームには極悪非道の領主として知られていた。だから、僕は彼の印象が下がったまま固定されるように投獄してもらった。まあ、投獄まで持っていけたのは本当にありがたい。とはいえ、僕が学園で色々とあったらこの国を裏切る。転生者たちが僕の他にもいるとして、彼らがやらかせばそれを無理やり修正していこうか。ルート上、僕は裏切ることになるだろうけれどまだ、その段階には移れてない。なぜこんなことを言ったのかというと、
「君は、バルト元伯爵のように国に仇なす存在かね?」
「どうなんでしょうね。まあ、(今のところ)ありませんよ。」
僕はそう言って誤魔化した。彼の能力は『Yes or No』でしか判断できないから誤魔化されたら判断できない。噓発見器も万能ではないのだ。
「では、私たちはこれで。」
「ありがとうございました!」
彼らは僕を捕縛することはないようだ。警戒のために人を残すこともしなかったことから、僕のことを信用したとみても問題はないだろう。
疲れたし、今日はここらで休もうかな?あ~あ、料理はまだかな?
私は今日、ありえない光景を目の当たりにした。
ヴランディア領の元領主、バルトの不正とそれを知らせる息子のリットについてだ。
今日の邂逅については日記に残しておこうと思う。
彼は歪だ。何かがズレていて、政策の内容について見てみたがそのどれもが今までの常識を覆すような内容だった。
おかしな話だ。彼は多くの考察なども入れていた。自分の領地が周りとどれほど違うのか、教会の政治との重要性、領民の意見の伝え方など、どれもが的確だった。今だ幼い故に金銭についての甘さが目立つが、将来大物になるだろう。税についての考えは彼にもあるようだが、少しスローペースな部分がありすぎる気がする。後ほど指摘してみようか。
彼を逃すのは惜しい。彼はこの国を変えることに貢献するだろう。
今の国王様は賢王だが、思い切っての政策を苦手としている。リット君はその国王様の唯一の弱点を補っている存在だと考えられた。彼には王の素質がある。
しかし、初めに書いた通りの歪な存在感。人間だが、彼の存在はどこか曖昧で、けれどそこに存在していた。声も姿も重さもある。なのに居ない。生きているのは確実だ。しかしどこか死んでいるようにも見える。
彼の存在はこの国では間違いなく異質とも言えるし特別ともいえる。触れてはいけない、またはあまり触れられたくないグレーゾーンが確実にあるし、彼が何かを求めればある程度譲歩した方が良い。これは間違いなく、彼の才能と努力の賜物だ。
ああ、彼はこれからどうするのだろう!スラム街の人々を救済するようなことが書かれていたが、具体的政策が分からなかった。他の貴族はスラム街の人々を焼き滅ぼしたり連れ去って犯したり面白半分に殺したりしているが、彼はどうにも違う。今のこの超身分社会を変えてくれるような予感がする。
全く、子供の成長が楽しみだと思ったのはいつ振りなのだろうな。
翌日、僕は次の仕事に移った。
今日は比較的自由な時間が取れそうだ。僕が無罪でバルト伯爵が僕の名前を不正に使って製作を行っていたということが明るみに出たからだ。それが伝わるのはとても速かった。
爵位を持つ貴族は領地に1台ずつ情報を共有できるように電波塔みたいなものが立っていて、それを使って宰相が直々に報道したのだ。
『いきなり領主が居なくなって不安になったものもいるかもしれない。バルト・メルト・ヴランディアが身柄を拘束されたことはご存じだろう。彼は民に対し多額の税を押し付け、民を困窮させた挙句自らの息子にすら非人道的な人体実験を施していた。リット・メルト・ヴランディアは彼の被害者であり、領民に対して良い領主であろうとする心意気が感じられた。彼はまだ10歳の少年であり、未だ至らぬ点があるかもしれない。しかし、ここ数日の政策と彼の誠意に免じ、どうか彼を、リットを許してやって欲しい。』
こんな報道をすると慌てるのは僕に対し暴行を働いた者たちだ。宰相は『リットが許した』という言葉を一言も言っていない。つまり、『これ以降の処遇に関してはお前自身がやれ』という彼からの意見なのだろう。
僕は魔物の討伐をするためにこれから外出しようとする。執事の数人を引き連れ、近くの森に行く予定だ。
そんな僕の前に現れたのは、いつの日か僕を殴ったり石を投げたりした領民たちだった。…ある程度予想は出来ていた。リットの心では『許し難い』というモノがあるのだが、それも制御しないといけない。僕は彼らにそれ相応の怒りを持ってはいるがここは冷静に振舞おう。
「あなた達は?」
「リット様!あなたに対して行ってしまった悪行の数々を、どうかお許しください!」
「【真眼】」
僕は彼らに対して心の内を暴く魔法を使う。
「こんな忌み子に頭を下げねぇといけねぇのは腹が立つが、ここまで俺がやってやったんだから、こんなガキだから許してくれるだろう………………ね?」
「なっ!?」
「こんな忌み子のガキに頭を下げてやった、謝れば許してもらえる、確かに普通なら許すよ。心底見損なったけどね、忌み子だからってバカにしたから。」
「くっ!言わせておけば…!」
「立場の差くらいは理解できますよね?私とは違って大人ですから。分からないんですか?大の大人が10歳のガキに言い負かされるというのは何事ですか?ここの元アホ領主の所為で滅多に学業に勤しむようなことが出来なかったのは僕の責任なので謝らないといけませんが、子供の世代には、きちんとした学校に通ってもらい、優秀な人材になって頂きたいんですよ。」
「…負けだ。俺の負け。どうやってもあんたには、リット様には勝てなさそうだ。」
「ムカつくガキだが、俺には勝てねぇ。コイツが良い政治ってのをできれば俺の息子もより良く生きることが出来るんだろうな。………………ですか。まあ、それについてはやってみないと分かりませんよ。」
「俺の心を読むのはやめてくれないか?これでも結構精神的に来るんだ。」
「散々罵倒しておいて今更酷いですね?私が悪徳領主ならすでに首が飛んでいましたよ。」
「…助かる。」
結局最後まで態度が良くなることはなかった。だけど、僕は嫌われ者の伯爵子息で忌み子だ。敬えと言うのも酷なのかもしれない。
「取りあえずあなた方を許しましょう。それと、これから森に魔物討伐へと赴く予定ですが、護衛となって下さる領民はいらっしゃいますか?」
「「「「………。」」」」
誰も手を上げない。当たり前だ。僕のことを自分たちを囮にして逃げようとする屑だと考えるだろう。それと、未だに僕を信用できないのも納得できる。
仕方ない。このまま出発だ。
結局あの後領民が声をかけることはなく、僕は巨大な木々が生い茂る森へと来ていた。
「ここが魔物が住む森………………開拓地…!」
「ここからは魔物が襲ってきます。我ら一同全力を尽くしますが、どうかお気を付けください。」
「分かっていますよヴァイスさん。さて、【浮いて大鎌】。」
僕は大鎌を浮遊魔法で浮かべ、いつでも振ることが出来るようにした。今回僕が持って居る武器は大鎌、太刀、大鋏だ。鋏をただ大きくしたような『これは武器なのか?』と小一時間問い質したくなる様な武器だ。刃を限界まで広げれば短刀のようにも使える。刃の接続部分は外しやすくなっており、簡単に分離できる。双剣のように扱うのがこの世界では一般的のようだ。
さて、早速お出ましだ。
キキキィーッ!という気色悪い声を上げて近づくのは魔猿と呼ばれるサルだ。臆病だが魔物というだけあってその体躯から理解できないほどのパワーを用いて肉を引き千切る。幼い子供たちがこの魔猿に命を奪われるという悲惨な事故が絶えない。
この個体が魔法を使っているかの検証に移ろう。
確か『始祖』にこんなものがあったな。
「【魔法除去】。」
「キィー!………………ゲギャ!?」
おお、見事に死んだ。最低でもこの魔物が魔法を使って体を維持していたのが分かったこれは良い収穫だ!
「リット様!」
「分かってます。」
ブンッ
そんな音だけが通り過ぎる。
刹那、叫び声すら上げる間もなく真っ二つにされた魔猿の死骸が落とされた。
バキッ
骨が折れる音が響き渡る。どうやら、この魔猿は最低でも自身の肉体の維持に【身体強化】の魔法を使用しているようだ。
「リット様!お怪我はありませんか!?」
「ええ、何とも。」
「良かった。しかし、魔猿ごときに後れを取るなど、我々も鍛錬が足りません。」
「どうせその内魔物は殺すんです。魔物を殺すことになれておかないといけない人材も増えるでしょう。」
「リット様は大丈夫ですか?」
「思ったより平気みたいです。ただ…。」
僕は自分の姿を改めて確認する。
魔猿の血を上からかぶってしまったせいで全身が魔物の紫色の血で汚れていた。
「流石にこの血の気持ち悪さには、慣れなさそうです。」
「帰ってから急いで水浴びにしましょう。」
「そうですね…。」
この世界に風呂はない。水は魔法でいくらでも作れるし水資源は豊富だ。しかし、水を贅沢に使うという考えを何故か誰も考えないのだ。
基本この世界の人々は自分の体を洗う際は水浴びをしている。日本人と比べると不潔だが、洗わないよりはマシと言える。
僕は魔猿の死骸を持って屋敷に戻ることにする。魔猿の死骸は自室に持ち込んで研究したい。
血を森の中で抜いておき、筋肉の構造と魔法の残骸から魔物の身体構造について調べ上げるのだ。
僕には全属性適性があるから魔法を使う作業ならお手の物。魔力も多いし。自室に帰ってからの研究が捗りそうだ!
僕は屋敷に着く前からそんな能天気なことを考えていた。
結局自室に着くまでに特に問題は起きず、帰れば魔猿の死骸の研究に没頭できた。休みの日にはこうやって研究に勤しむというのも楽しい生活ではないか。
そんなことを考えて時間を潰し、また明日からの業務について考える僕だった。