3rd. 晩餐会と改革
2023年5月22日
変更点:一部文章の修正。物語全体にかかわる修正は特にありません。
異世界転生した日、僕は晩餐会に出ていた。今日は父、バルト伯爵の愛人、メレシーさんの誕生日だからだ。僕の母親は数年前に亡くなっているようで、バルト伯爵はその亡骸を見た時、『路上にでも捨てておけ。物好きが犯すだろう。』と路上に捨てさせたそうだ。さらに、実の息子である僕に対しても『黒髪の忌み子がこの伯爵へに居ては我が家の格が落ちる。排除せよ。』と言って殺そうとしたらしい。すべて、幼いながらもリットの記憶に残されていて、母親の記憶というモノが狂っていると言っていいほどの家族に対しての欲求に繋がっていたのだと今となっては理解できた。
メレシーさんは転生前の僕に対しても優しく接してくれていた。記憶の呼び方がさん付けだったのはそういう意味だろう。
貧乏貴族のくせに無駄に煌びやかで、見ているだけで眩しくて目が痛くなる。悍ましいほど金銀財宝で塗り固められた成金趣味丸出しの会場で多くの貴族に囲まれるバルト伯爵と愛人のメレシーさん。バルト伯爵は誇らしげに自らの功績を讃える声を聞いているがメレシーさんはどこか申し訳なさげに俯いている。
「義母様、あちらにケーキがあります。食べに行きませんか?」
「ええ、そうなの?どこ、どこにあるの?」
「付いてきてください。」
メレシーさんは僕の意図を感じ取ってくれたらしい。本当にケーキはあるが、これは会場にあったものではなく、僕が自作したモノだ。そして、それは信頼できるメイドのリリィさんに預けてある。彼女が裏切ることはない。だから安心できる。
「ふぅ、助かったわ。彼、私を装飾品としか見てない節があるからどこに行くのも私を連れて行くし。」
「迷惑ですね。夜の営みを無理やり見させられた時も思いましたが、バルト伯爵にはもう少し自重なさって欲しいところです。」
「あ、あの件ね。あの時は私も嫌だったわ。そもそも私が彼と結婚しているのだって踊り子だった私を下らない理由で借金奴隷にして買い取ってってだけだし。」
そう。
メレシーさんに対して僕が好印象を抱いている理由は彼女自身がバルト伯爵から被害を受けた人物だからだ。バルト伯爵のことを嫌っている僕、バルト伯爵の奴隷になったメレシーさん。似たような境遇を持っている同士で馬が合ったのだ。
「で、ケーキはどこにあるの?」
「リリィさん、例のモノを。」
「分かりました!」
僕はリリィさんにケーキを持ってきてもらう。ケーキはショートケーキのような見た目だが1/4ごとに色が変化している。
青、赤、緑、桃といった感じだ。この中で、青のケーキ以外は睡眠薬が入っている。何故か?それは決まっている。
学園に行くまで、僕がこの家を支配するためだ。
バルト伯爵はメレシーさんを探して歩いていた。そして、仄暗い小部屋に僕と彼女、リリィさんがいるところを見つけるだろう。そして、僕はバルト伯爵に桃色のケーキを渡す。メレシーさんは美味しそうに青色のケーキを食べている。青いケーキは睡眠薬に対する解毒剤だ。桃色のものを食べても問題はない。
「こんなところに居たのか、メレシー。早く戻るぞ。」
「いえ、今はケーキを食べているので。」
「?…こんなケーキは見たことが無いな。」
「リット君が作ってくれたんですよ?何でも、自信作みたいです。」
そうメレシーさんが言うと、僕は桃色のケーキを渡す。そしてそれをバルト伯爵が手に取るとそれを地面に置き、僕の目の前にある赤いケーキを食べた。
「何故差し出した桃色のケーキを食べないんですか?」
「お前のことだから俺に渡すケーキにだけ毒を盛ると考えたからな。うん、美味い美味い!お前はこれからパティシエにでもしてやろう。家を継がせるのは今日病欠したメレシーとの子供のウィルクだからな!ガハハハッ!」
そして赤いケーキを食べ切った。
「こんなに美味いケーキは久しぶりだ!ああ、たらふく食ったせいか眠くなってきた…。…!?」
そこでバルト伯爵は気付いた。
「お前、睡眠薬を…!?」
「ええ。ちなみにメレシーさんの以外は全部睡眠薬入りでした!残念ですね。ってことであなたはしばらく社交界にも出ないでください。学園に行くまでは、この家の主は私なので。」
「お、覚え………。」
バルト伯爵は眠った。僕は魔法でバルト伯爵の肺に空気を送り込み、台車にある棺桶に入れて丁寧に牢獄にぶち込んだ。常時呼吸が出来るように最低限の空洞と養分を補給し続けられるように点滴をしてある。軽く数年はこのままで生きていける。
まあ、最低でも5年程度、あなたには眠り続けてもらいますよ。
さて、このケーキについてのからくりがある。
まずこのケーキはメレシーさんの食べているものをバルト伯爵が絶対に口にしないという癖を利用したモノだった。ちなみに、僕が睡眠薬入りのそれを飲んでも効くことはない。
この睡眠薬は遊び半分で人体実験をしていたバルト伯爵に打ち込まれたことがあったからだ。まさかその薬に僕が耐性を持って居るなんて気づかなかっただろうね。ぶっちゃけ、人体実験に使われた僕はあり得ないほどの毒に抗体を持って居る。即効性の致死毒ならまだ対策できないが、遅行性のそれは特に効かない。もしも僕を毒殺しようものなら、毒龍の血液でも持ってくるんだったね。
?
おかしいな。転生後の僕ではこんな話し方はしないだろ?昔のこの体の癖かな?その内治るでしょ。
彼は気付いていなかった。己とリットの関係性を。
彼はリットが前世の記憶を思い出したというIfなのだから。
彼という存在は前世生きていた世界より抹消され、リットへと転生した。
リットは生まれた当初前世の記憶を失っており、純粋なゲーム世界のリットとして生きていた。
ゲーム時代になかった設定、持病持ちというリットは執事やメイドから隠れ、外に出たところで持病が悪化、気を失う。
そして彼が記憶を取り戻した時、元のリットが消滅したと認識しただけなのだ。
では、彼はリット・メルト・ヴランディアと名乗っているが、消えたと観測した彼本人は誰だろうか?
…とはいえ、この答えに行き着くことは生きている内には少なくともないだろう。地球に生きていたことは覚えていても、何という人間だったかは知らないし、元の世界より抹消されているがためにその地を踏むことは外界の者の接触が無ければ不可能だろう。
リットは、二度と地球に戻れない。
しかし、そんなことはリットにとってはどうでもいいことだった。リットに転生した人間は無神論者で、元々地球に生きていた時は神は人間が作り出した目指す目標として掲げられた1つの課題といった認識だった。人間が神になったのだから、人間にも神になる権利はあるという、前キリシタンを敵に回すかのような考えをしていた。
実際、神が本当にいても『居たって特に問題はない』と一蹴するはずだし、彼に接触したとしてもそれに神だと気付けないだろう。神なるものが完全なる悪意を持って彼に接することが出来れば彼も彼の者が神だと気付くだろう。しかしながら、彼は悪意には敏感だが善意には鈍感だ。リットに転生した人間がどんな人間であったかは関係ない。この『リット』という人間に思考は寄ってしまう。リットは生まれもって善意に疎かった。リリィに会う時間がもう少しだけ早ければ、親に実質捨てられなければここまで歪むこともなかっただろう。
ここまで言ったことも、今となっては後の祭り。枯れ木に花は咲かない。リットが善意に気付きやすくなることはしばらくないだろう。
でも、僕って転生者っていう立場ではあるけれど、武器が使えるだけの一般人だったんじゃ…。そうなったら、この体のチートを打ち消すくらいのバカなのかも。いや、取りあえず初めは筋力トレーニングと勉強をしないと!ノートに取ってあるメモの内容は大体覚えてるから、魔導書でも探してみようかな?この世界の魔導書は何人が呼んでも効果を失わないし。まあ、1頁でも破られちゃえば使えなくなるからそれだけは勘弁してほしいけど。
始祖属性は本当に便利だなぁ、重いものも簡単に持ち運べる。これ、ポーターとして冒険者に登録もできるんじゃない?あ、でも今の家のトップは実質僕だ。バルト伯爵は地下牢に閉じ込めてある。三食出来るしベッドもあるんだから感謝して欲しい。点滴だけどね?
…僕が転生して入れ替わるまで散々リットを苦しめたから、しかるべき処置を取らせてもらうよ?
…話し方おかしい気がしてならないけど、リットの体に引っ張られてるのかな?まあ、そっちの方が『ヒール』を演じやすい。まあ、もう少し堂々とした姿を見せないといけないからね。
さて、これからのことを考えるか。バルト伯爵からこのヴランディア家を乗っ取ったわけだけど、これからこの領の経営状態を改善していかないといけない。
まあ、明らかに税が多すぎるよね…。他の領に引っ越してしまう領民が居ても不思議ではない。まずは不当な税を削り、金銀財宝に至っては半数は売り払おう。どうせ半数もあれば数年は経営できるはずだし。
それに、バルト伯爵が豪い金額使っていたから、その金額が浮くと考えただけでもありがたい。問題は娼館についてだが、バルト伯爵が散財を最もしていた理由がここにお気に入りの風俗嬢が居たみたい。この屋敷に連れ込もうとしていたというのも面倒くさい話だけど、
バルト伯爵が怖気づいて執務から逃げたと風評被害を流しても問題はない。貴族同士の戦争は王国の法により禁止されている。領の中では毎月一定の税を納めれば基本自由が認められることになっている。領民の自由はこの領の発展にもつながる。老若男女関わらず領民の意見が僕に伝わる様に色々と政策を取っていこう。
えっと、まずはこの領の帳簿についてだ。
…あ~、バルト伯爵やっちゃってるね~。領のお金勝手に使っちゃってるし。これ国王様に直談判して処してもらおうかな?僕はまだ10歳だし、国家反逆したわけでもないから罪に問われることもないし、国王様の側近に噓発見器さんがいらっしゃるからね。まあ、宰相なんだけど。
さて、国王様に手紙を送るか。伝書鳩って便利だけど速達性に欠けるよね。早馬を飛ばすほどの重大事項でもないし、ここは伝書鳩が有効だね。
『報告
バルト伯爵領より報告です。
バルト・メルト・ヴランディア伯爵の領地から運営資金の横領が発見されました。
彼の身柄は既に拘束してあり、現在は実子であるリット・メルト・ヴランディアが領地経営を行っております。
つきましては、バルト伯爵の身柄の拘束と領地経営についての知識をご教授いただきたくこのような手紙を書かせていただいた次第です。
何卒宜しくお願い致します。
リット・メルト・ヴランディア』
こんなもので良いでしょう!これを伝書鳩の脚に括りつけ、王城へ向けて飛ばす。伝書鳩がきちんと王城に着いてくれれば嬉しいけど…。
あれ?これ途中で迷ったりしないよね?まあ、途中で狩人に狩られなけりゃいいけど…。
さて、次!
こうして、僕、リット・メルト・ヴランディアによる領地経営が始まった。