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■老いか懐古か

 よろしくお願いします。

 楽しんで頂けたら幸いです。

『次は命生(めいせい)高校前、命生高校前。お出口は右側です。禄望延(ろくぼうえん)線、質屋米(しちやまい)線、地下鉄星王(せいおう)線はお乗り換えです』


 電車のボックスシートで意識を失っていた高校二年生の卸池(おろち)令也(れいや)は、電車内アナウンスの声で目を開けた。そして、ぼやけた視界であることを認識して、すぐさまズレた眼鏡を正してかけなおす。

 どうやら前日の疲れが抜けていないせいか、電車の中で居眠りをしてしまったようだ。


(いやあ、満員電車だったら絶対に寝られなかったね)


 程よく田舎過ぎず、大都会過ぎない(かのう)市の景色を車窓から眺めながら感謝する。缶詰やら箱寿司の気分にさせられる体験など二度と御免なのだ。


(いやいや、『二度と』って一度目はいつだったよ……)


 満員電車に乗ったことのない令也が内心で一人ツッコミをしていると、対面の座席に座っている女性から彼に声がかけられた。


「おはよう」

「え、あ……おはようございます?」


 ボックスシートの対面で見知らぬ人と相席するのは、人見知りする令也にとってハードルが高いと思っているのだが、令也から相席を望んだわけではなかった。いつの間にか相手の方が座っていたからだ。

 それに、相席といっても二人分座れる座席だ。

 斜めに対面しているこの状況ならば、多少の距離感があるので近すぎるということもない。


 ――ないのだが、声を掛けてくるのは予想外だった。


「可愛い寝顔だったわよ」

「え……と、もしかして僕、逆ナンされてます?」


 声をかけてきた女性は、令也の言葉を受けて妖艶な笑みを見せた。


「さて、どう思う? お姉さんみたいな女性にならナンパされてみたい?」

「いや、冗談ですよね?」

「さて、それは貴方次第ってところかしら」


 胸元を開けた大胆な服。

 グラマラスで男を駄目にしそうな魅惑的な身体。

 それでいて美しく艶のある癖毛の強い髪と、泣き黒子のある整った顔。

 カラーコンタクトを入れているのか、黄金色に輝く瞳は怪しく揺らぐ。


 そんな女性が令也の額へ向けて手をかざした。


「何を……?」

「集中するから少し黙ってね」

「え?」


 困惑した声でさえ邪魔になるのか、女性は少し不服そうな顔をした。その真剣さに負けて、令也は黙って彼女の好きなようにさせる。


 そして、何かを念じた後、彼女は告げた。


「頑固で自由。少しだけフィットしない眼鏡をかけているのも家族の形見だからで、使いやすい新しい眼鏡を買ってあげると言われても断るタイプ。


 適正が無い、才能が無いと言われても自分が認めない限り諦めない。だから無駄な努力と助言してくる人には「そうだね。時間の無駄だね」と肯定して、適当な距離を取り、その人のいない場所で努力を続ける頑張り屋。


 でも愚直過ぎるから敵も多いし、マイペースに続けているので結果が伴わずに理解されないことも多い。他人からは不毛の大地に『0』を植えていると思われているのでしょうね。自分ですら間違っていると思い至っても曲げずに『0』を植えることすらある。


 それでも貴方は、そんな『0』から奇跡的価値のある『1』が実ると信じている馬鹿げた妄信者。しかしだからこそ、その妄信の矛先となった近しい人には、とことん好かれるタイプ。


 そう、『0』を無価値と絶対に結び付けないからこそ、『0』に無限の価値を見いだせる。


 何者になるかは貴方次第。

 けれども大多数が行き着くような道を貴方は選ばない。破滅者となるか、成功者となるかは分からないけれど。強いて言えば派手さのない傾奇者ってところかしら。どう?」


 のんびりとした口調で、長々と語った女性は、令也から手を離して優しく微笑んだ。


「え、と、どう……とは?」

「お姉さんが愛故に貴方を分析してみたのだけれど、ハズれたかしら?」

「僕は努力なんて柄じゃないです……よ? 多分……」


 断言しきれなかったのは、女性が詰め寄り、顔を寄せて瞳の中を覗きこむようにしていたからだ。


 黄金の瞳が力強く令也を射抜く。


「そうかしら。案外、こんなことは努力に含まれていないって思い込んでいるだけで、自己評価が低いだけかもしれないわよ?」

「どうでしょうね。自分を高く見積もったことがないのは確かですが……」


 令也が恥ずかしさに視線を車窓へと向けると、ふと屋外広告の看板が目にとまる。


『輪廻転生は存在する。徳を積み、次の生をより良いものへ』


 看板の内容は新興宗教団体『生命の輪』の常套句で、絶対に当たると評判の占い師を教祖として崇めていたことを思い出す。

 詐欺で『生命の輪』の幹部が逮捕されたというニュースを見たのはいつだったか。

 いや、そんなことよりも大事なことがあると令也は思い出す。

 その『生命の輪』の教祖で、看板のモデルになっていた女性は今、相席している女性だったのだ。


 ――名前は思い出せない。


 しかし、令也が前を向くと女性の姿は消えていた。


「夢……?」


 視界から消えた看板を過去に見たような錯覚に陥る。


(いや、そんなはずはない)


『生命の輪』は、立ち上げてから名が広まるまで短期間だったはずで、しかも今年に入ってからのはずなのだ。

 古くもない看板に懐かしさを感じた令也は、宗教団体の存在よりも、教祖と出会ったかもしれない状況よりも、自身の思考に恐ろしさを感じた。こんな最近のものにまで懐かしさを感じるなど異常だろう、と。


(これって、ジジ臭いせいでこうなっているのかな?)


 とうとう趣味や嗜好だけでなく、魂までもが年老いてしまったのだろうか。

 令也は趣味の何を控えたら老化防止になるのかを頭の中で列挙してみる。


 庭の盆栽いじり。

 その縁側で茶を飲みながら景色を眺めること。

 囲碁、将棋、演歌。


(確かにそれを取り上げたら僕に残されるのはオタク趣味になるんだけど……。ま、原因が別にあるかもしれないし、取り上げられたら取り上げられたで辛いよなあ……)


 そもそもの後回し思考に加え、マイペースな気質がジジ臭さを加速させていることに気が付かない令也のそんな行動は、電車を降りても更に続いた。


 自分と同じ高校のブレザーを着た相手を『若者』と感じてしまったり、携帯電話で平謝りをしながら急ぐサラリーマンに共感してしまったり、そんな彼らと共に改札口を出る日常にやはり懐かしさを感じてしまう。

 しかもサラリーマンの使っていた携帯電話は、押しボタンの付いたガラパゴス携帯だ。


(画面を押して操作する携帯の普及は確か来年からで――って、いやいや来年の携帯のモデルとか、未来から来たわけじゃあるまいし……)


 未来の国からはるばるとやって来るのは、頭テカテカな猫型ロボットだけで十分なのである。それに、「今は何年ですか?」などと尋ねるのがタイムトラベルやタイムリープもののテンプレなのだろうが、今日は二〇〇七年の十月二日と令也は即答で断言できる。


『命生祭』――つまり、文化祭が終了した二日後だ。

 今日は、一時限と二時限を使って文化祭の後片付けをする日なのだ。

 通う学校も叶市にある命生高校で間違っていない。


(しかし、この日常を今すぐにでも否定したい気分に駆られるのは何故なのかな……)


 何故だか今の日常が偽物だと思えてしまうほどに曖昧な気持ちにさせられる。

 そんなフラフラした気持ちで勝手に未来予知した気分になっていたが、そうすることによってジジ臭い自分を正当化したかったのだろうか。


 そうだとすれば――。


「自己肯定から来た現実逃避? 妄想?」

「ん? 何かあったのか?」


 所々に水溜まりのできた駅前のロータリーで人間観察しながら令也が呟くと、いつの間にか到着していた幼馴染で親友の真壁(まかべ)和典(かずのり)が答えた。


「おっす!」

「おはよう、和典。何だかこの景色が突然懐かしくてさ。これって僕がジジ臭いからなのかなって考えさせられていたのさ」

「…………ま、だろうな」


 やや間があったのが気になるものの、和典が断言したことを令也は聞き流す。


「はぁ、僕自身は老けたいだなんて願望もないってのに、何だか朝から随分と老けた気がするよ」

「そんなこと言ってると、本当に種を蒔くこともなく枯れちまう人生になるぞ」

「まあ、種の方は芽吹かなくても僕はそれでいいさ。だけど君もこっち側だろ?」

「いやいや、令也と違って俺は陽キャだぜ? 一緒にされちゃあ困るなあ」

「最近まで口調も、髪型も、背格好も、眼鏡をかけていたことすらも一緒だった君が言っても説得力ないんだけどね?」

「知らない人には十分効果があるさ」

「そうかもね。クラスメイトには遅すぎて通用しなかったみたいだけど……」


 陰キャとして長く知られていたせいか、陽キャとしてのイメージが弱かったのか、九月半ばのイメージチェンジした和典を見て、『命生祭』に合わせて少しでもモテたいと思ったんだろうなくらいにしか感じていなかったクラスメイトたちの顔を令也は思い出す。


「ぐぬぬ……。確かにクラスメイトの反応が悪かったのは認めよう。しかし、それでも俺は、もう種蒔いて咲いたことには変わり無いのだよ童貞くん!」

「やれやれ、嘘付きは嫌われるよ」

「陰キャのままの令也と違って、俺は本当にもう咲きました~! 残念!」

「はいはい、それをジュディにも言えたら信じてあげるよ」

「お、言ったなー! 早くこないかなっと!」


(この自信、本当に!?)


 陽キャに進化をすれば、『悪、即、斬』ならぬ『脱、童、貞』が即座に可能なのだろうか。

『うまい』、『早い』、『安い』と宣伝する牛丼屋ではあるまいし。

 とはいえ、文化祭の最終日に何かあったとすれば可能性は確かに0とは言い切れないだろう。羨ましくはないが、戦慄せずにはいられない状況に動揺しながらロータリーの先へと視線を向けると少女の姿を発見した。


「ジュディ?」


 一瞬、もう一人の幼馴染が到着したのかと令也は錯覚した。

 そう勘違いしたのは、歩行時の細かい仕草や体型、髪型、顔立ちまで似ていたからだろうか。


(いや、別人か……)


 ノルウェー系アメリカ人の血を多く受け継いでいる幼馴染の二重橋(にじゅうばし)ジュディは、プラチナブロンドの髪をポニーテールに結っている。


 しかし、視界に映っている少女は、似ていこそするものの赤毛のポニーテールだった。


「ん、どこだ? いないぞ?」


 本当に同じ場所を見ているのかと和典の顔を見てから令也が再びロータリーへ視線を戻すと、赤毛の少女は忽然と姿を消していた。


「いや、髪の色が違ってたし別人かも」

「髪の色?」

「あー、雰囲気が似ていて赤毛のジュディみたいな――」

「おいっ! それは本当かっ!?」

「いや、だから似ている別人かもって……」


 物凄い剣幕で体を掴む和典に驚きつつ、その怒りにも似た視線から令也は目を逸らす。すると、ようやく本物のジュディがこちらに走って向かってくるのが見えて彼は安堵した。


「こ~ら~っ! 朝から喧嘩するんじゃありません~!」

「喧嘩じゃないって! 令也がジュディそっくりの女の子を見たっていうからさー!」

「私のそっくりさん? 本当に~?」


 令也と和典にとって幼馴染の腐れ縁であるジュディは、自身の似た人物という言葉に疑問を抱く。


「まあ、多分僕の勘違いだよ。でもさあ、和典。その手、誰かと本当に喧嘩でもした?」


 咄嗟に令也を掴んだ時にポケットから出した右手が包帯で巻かれていたことを問いただす。


「あー、ちょっとな。話し込むと遅刻しそうだし、向かいながら話そうぜ」


 気まずそうにする和典を見て、令也は大体察した。令也も和典もジュディの家も家族関係が上手くいってない同士という繋がりがあるからだ。


「――ってことで、まあ文句を言ったら、いつも通りに親父に殴られたってわけ。よく見ると少しだけ口切れてるだろ? だから俺も殴り返したら、慣れないことをするもんじゃないって感じでこのザマよ」


 学校へ向かいながら和典の話を聞いて、令也はやはりとそうかと納得して彼に助け舟を渡す。


「そっか、もう何度言ったか分からないけどさ、こっちは本当に解決する気があるんだから頼ってくれていいからね。冗談抜きで」

「ああ、大丈夫。解決に向けて動いているから問題ないさ!」


 令也はしつこいと思われようとも頼ってくれるまで言い続ける覚悟ではある。

 しかし、無理には踏み込めない。

 一度、和典の家庭環境に踏み込もうとした時に、彼からはっきりと拒絶されてしまったのだから仕方がない。


 そうして今回も申し出を断り、説明は果たしたと言わんばかりに和典は話題を終わらせにかかった。


「で、ジュディもこれで令也と喧嘩してないって納得してくれたか?」

「ん~、嘘を付いている可能性は、捨てきれませんね~」

「いや、僕と和典が素で喧嘩してたら、こんな普通に会話しているはずがないし、面白半分で言ってるでしょ」

「え、結構、本気ですけど? あっ、本気って言ってるのは和典の話を本気で聞いてるってことじゃないよ」

「ひでぇ……」

「だって、令也くんが何度言っても自分で何とかするってアホを守る義理ないし~。私は令也くんを守るボディガードだし~」


 ジュディは何から守っているのか分からないくらいに令也にベッタリと抱き着いた。

 令也は確信したくない柔らかいモノを押し当てられながら、クッションか何かが当たっているだけだと雑念を振り払う。


「おいおい、女の子の柔肌を肉盾にするとか趣味悪すぎだぞ令也! アブノーマルなエロゲーかよ!」

「和典、僕は君のその発想が怖いよ」

「同感! さすが脳味噌下半身な和典の発想は気持ち悪すぎ~」

「ひっでぇっ! ジュディの方が見せつけるようにイチャイチャして脳味噌ピンクだろーが!」

「ん~? あれ、羨ましいの~? 僻み~?」


 ジュディは更に令也と密着して和典を挑発する。


「何だよ、何だよ! 俺だって幼馴染なんだから距離感近くたっていいだろうがよ! 抱きついてこいよ!」

「残念、贔屓(ひいき)だと言われても距離を縮めたいのは令也くんだけです~」

「ちくしょ~っ!」


(その贔屓で何度と胃を痛くしたことか……)


「そうやって依怙贔屓してるから、他の男子が令也に嫉妬して怒りゲージ溜めちまうんだぞ!」

「問題ないでしょ。そんな害虫は駆除すれば即解決だし~」

「それは物騒だからやめようっていつも言ってるでしょ」

「駄目だよ令也くん~。害虫は放置してたらロクなことないよ~」

「う~ん、僕に嫉妬しているクラスメイトに睡眠薬入りの飲み物を飲ませるためだからって手作りお弁当まで作ってきてさ。そうして眠った彼を教室に閉じ込めて『くん煙剤(殺虫剤)』炊こうとした君の行為がまともだって言いたいのかい?」


 令也まで巻き添えをくらって教師に怒られたのだが、ジュディは意気揚々と「害虫駆除しようとしただけです~!」と答えていた。


「あれは楽しかったね~!」

「ストレスで僕の胃に穴が空きそうになったことが『楽しい』って言うならそうなんだろうね」

「それだけ令也くんに心配されてる私ってば愛されキャラだよね~」

「愛しているなんて自覚したことは一度もないんだけど?」

「無自覚に愛してくれるなんて、もっと素敵~!」

「駄目だ。話にならない……」

「外野はもうお前らをカップルって認めているのに、当人のお前らってばくっつかないのな?」

「僕は彼女の好意を本気だと思わないことにしてるんだ。すぐに僕よりいい人を見つけそうだしね」


 そう言いつつ、内心では全力で断りたいというのが令也の本音だ。


「逆にジュディは現状維持のままでいいのか?」

「害虫さえ付かなければね~。だって消極的ってことは、まず令也くんの方から害虫を追わないってことでしょ~? ね?」


(ね? じゃないよ……。君が何をするか分かったもんじゃなくて、女の子に近付けないだけだよ……)


 とは言えなかった。


「焦る心配はないってか。じゃ、ちなみに虫がいたらどうするんだ?」

「もう、その日の夜に令也くんには男になって頂きます~! がお~!」

「スーパー肉食獣じゃねーか! 令也、よかったな! すぐに童貞卒業できそうじゃん!」


(えっ、凄く嬉しくないんだけど?)


「いや、僕は逃げるよ……。何だか身の危険を感じるし、干からびたミイラになる予感しかない」

「えへへ、大丈夫だよ。朝まで愛し合っても死にはしないんじゃないかな~? うん安い、安~い」


(いや、死ななきゃ安いって、それって肉を切らせて骨を断つみたいな、殺し合いの駆け引きだからね?)


「いやー、愛の重さって凶器だなー。無自覚でも圧殺可能というか……」

「和典、君こそ他人事でいていいのかな?」

「いいんだよ。被害に遭うまでは他人事なんだし……」

「あー、いるよね。取り返しのつかない大事故にあってから後悔する奴」


 そう言いながら、令也は和典を半眼で睨む。


(まあそんなことになれば、後悔する前に死ぬ奴がほとんどだろうけど)


 長生きできなさそうな親友を令也は心底哀れむのだった。


「ぶ~、二人は愛が重いって悪く言うけど、愛は重く感じるからこそ大事なんだよ~!」

「そうかなあ、僕は愛よりも自分の命を大事にしたいけどね」

「令也くんも大人になれば優先順位が変わるんじゃないかな~? (私とか~、私とか~、私とか~)」

「どうだろうね……」

 令也は聞こえた上でジュディの小声の部分を聞き流す。

「でも話は戻るけどさ、そういや『命生祭』で知り合った女子たちがジュディの言う虫っぽかったけど大丈夫か?」


「「あっ……」」


 和典の爆弾発言にピクリと眉を動かして反応するジュディ。

 まるで彼女の纏うドス黒いオーラが可視化できるようで、令也の体から冷や汗が零れ落ちる。


「あ~、そういやいたね~。令也くんの虫になりそうな奴」

「いやいやいや、絶対に僕に気がありそうには見えなかったでしょ! 彼女たちは遊戯(ゲーム)に興味があったの! 遊戯(ゲーム)!」


 担任の先生に頼まれて、令也はクラスの出し物以外に文化祭の休憩所の一部を遊戯(ゲーム)コーナーにする手伝いをした。その時に遊戯(ゲーム)に参加してくれた女子生徒のことを虫とジュディは言っているが、令也からすればその認識は間違っていると断言できる。しかし、『断言できる=真実である』などと結論付けているのは令也だけのようで――。


「いやあ、令也くんは、たまに女性の好感度をクリティカルで上昇させるから信用ならないんだよねぇ~。冴えないジゴロ的な?」

「そ、そんな風に思われてたの?」

「当然! ソースは私で~す!」

「んー、だよなー。俺がジュディ攻略を諦める切っ掛けの張本人だし、好感度カンストしてて勝てる気しねぇし」

「僕は負けてもいいよ。ジュディの愛は重すぎる……」

「諦めんなよ~! もっと熱くなれよ~!」

「ジュディ、それを君が言うかね……」


 どこかの熱血テニスプレイヤーみたいな台詞でジュディが令也を激励するが、あまり嬉しくないと令也は思った。


「ま、冷めてる令也にはお似合いだと思うけどな」

「和典にしては良いこと言うね~! 今日一番の名言だと思うよ~!」

「にしては、は余計な! 後、なんか名言って持ち上げたわりには、すぐにランク外に行きそうな言い回しやめてもらえますっ!? 俺は知名度の低い芸人じゃないんだぞ!?」

「え~!? 和典って、存在そのものが当たり屋じゃん!?」

「それを言うなら一発屋な!? 当たり屋だったら俺、犯罪者じゃねーか!」

「そうとも言う~」

「お前は野原家の人か!」

「野原家に生まれたかった人生だった……」

「何でお前の方がダメージ受けてんだよ!!」


 二人の会話を聞いていて、やれやれと冷めた目で呆れたいはずの令也の感情は、その意志に反して激しく揺れ動いていた。


(やっぱり懐かしいな……)


 きっと明日に失うものだと知っていれば、ジュディにもっと優しい態度で接することもできたのではないのか。


 大事故にあってから後悔するような人間とは、和典ではなく自分のことではないか。


 自分の命よりも大事なものが本当はあるのではないか。


 自分の態度と矛盾している思考に令也が囚われていると、彼の耳に何か音が聞こえてきた。


『ギチッ、コロロ……』


 令也は、それがダイスを振った時の音だと知覚したが――。


「令也くん、どうしたの~?」

「気分でも悪いのか?」

「いや、なんでもないよ。本当に今日はどうなってるんだ……」


 ジジ臭さを痛感したり、妄想に見舞われたり、果には幻聴まで聞こえてきた。


 そう思ってしまった。


『ギチッ』というダイス同士のぶつかる音が好きなだけに、令也は今聞こえるはずのない音ということでそれが『幻聴』だと彼は決め付けた。


 そんな彼を見たジュディは、二人に悟られることなく呆れと軽蔑、そして慈愛の入り混じった複雑な表情を令也へ向ける。


「聞こえなかったことにするのね。いえ、それを願ったのは私の方か……」

「ん、何か言った?」

「ううん、変わらない日常って素敵だね~って」


 その言葉を体現するかのように、ジュディの顔は笑顔を取り戻していた。


「何の話だ?」

「令也くんが平和な日常を望むほど私の愛は届かないな~って!」

「まさか、こんな日常壊れてしまえって?」


 ヤンデレもここまで進行してしまったかと令也が恐怖していると、ジュディは慌てて弁解する。


「違うよ~! 令也くんの日常が壊れるくらいなら私は恋人になれなくてもいいんだ~! 素敵な日常を壊してまで得るものじゃないなって言いたいの! 令也くんが大事だから~!」

「うわあ、そこまで言わせるってどうなのよ。もう諦めて付き合った方がいいんじゃねーの?」

「いやいやいや、騙されちゃダメだって。これがジュディの手なんだから」

「えへ、バレてたか~」

「そりゃそうだよな。ま、日常なんてそうそう壊れるはずもないか」


 和典は空を見上げながら呟いた。

 それを見て、雲一つない晴天に不変性を重ねているのだろうと令也は感じた。


「夜の内に雨も止んで、うろこ雲もなく、ひつじ雲もなく、天変地異も起きる気配無し。今日も平和な一日だ」


(嵐や地震が起きる前触れなんて無いはずだ。なのに……)


 変わらない日常。


(それが異常だと何故気が付かない?)


 誰かにそう言われたような気がして、令也の胸は締め付けられるように痛むのだった。

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