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■魔王と呼ばれる者

 第8回オーバーラップWEB小説大賞に滑り込み応募しようと思い投稿します。

 楽しんでいだけるように頑張りますね。

その医者の男は深夜の緊急手術を終え、シャワーを浴びて医局へと向かっていた。


「二時か……」


 腕時計を確認すれば、時刻は丑三つ時となっていた。


 仄かに照らす廊下の明かりは、完全に視界が見えない暗闇よりもましという程度で、場所が場所だけにホラー映画のようなものを想像してしまうと、歩き慣れた自分の職場とはいえど男は薄気味悪さを感じてしまう。


 暗さに加えて時刻も合わされば尚更な上に、窓を見やれば天候までもが陰鬱な雨を振らせていた。


 そう、雷鳴は轟かないまでも、雰囲気は既に完璧に近かった。


「ああ、そう言えば、こんな日なんだよな……」


 こんなにも整ったかのように雰囲気が悪くなると、気持ちの悪いと思えるくらいにやる気を見せる人物がいるのだ。


 その人物は、この病院の一番偉い男性だった。


 そして嫌な予感とは的中せずにはいられないのか、医局へ向かっていた医者は、院長室の前を通らざるを得ない状況にあった。


 今日くらいは『違う日』であってほしい。


 院長がやる気を起こしていない普通の日であってほしい。

 そう願った。しかし、今日は男の思った通りの日だったようだ。


 半開きとなった院長室から音楽が聞こえてきた。


 やる気を見せると必要なこと以外は注意散漫になる院長らしい状況だった。

 扉が開いているからといって、院長は困ることなどないのだろう。

 何事もなく素通りしたかった男の顔が強張る。

 いくら相手が善人だと理解していても怖いものは怖いのだ。


 後日に笑い話にできればどれだけ気が楽か。


 できない理由には訳がある。


 まず一つ目の理由だが、選曲がいただけない。


 こんな不気味な状況で、不気味になる雰囲気の曲がかけられて笑える方がどうかしていると男は思う。


 何故、こんな恐怖を煽られる夜に、おどろおどろしいシューベルト作の『魔王』を聞かなければならないのか、と。


 雨音に紛れて、曲が部屋に近くなければ聞こえない程度というのも計算尽くで狙っているのだろうかと思ってしまうほどに演出的なのが冗談話の域を軽く越えてしまっている。


 今から私はおぞましい光景を目の当たりにして、生きては帰れないのではないだろうか。


 そんなことを考えてしまうくらいに、背筋の凍る恐怖というものは、誰かに吐き出せるほど軽々と払拭できないものなのだ。


 二つ目の理由は、院長の欠点を笑い話にしたくなかったからだ。

 どれほど恐怖を煽られようとも、院長を咎めることなど医者の男には無理なことだった。


「ああっ! アユムくん! ああっ、ああっ!! 今日は可愛らしい君を絶対に助けてあげるからねっ!! うひゃひゃひゃひゃっ!」


 執刀前のやる気がみなぎっているのだろうか。

 名医である院長は六十を過ぎた今でもエネルギッシュに手術をこなし、難病であればあるほど自分にしかできないことだと言い聞かせて奮い立つ人だ。


 しかし、彼の奇声と言葉の内容は、子供を性的に見ているかのような危うい人物にも見えてしまう。


 彼が興奮すると奇声を発するのは、この病院に勤める一部の医者の間では有名な話ではあるが、看護師や院外に伝わることは決してない。


 聖人君子と呼ばれ、尊敬する院長の悪評を誰も広めようと思えないからだ。

 彼に救われた命は多い。

 院長の奇声を怖がる医者の男もその一人であり、それが理由で医者を志した者だった。


 怖がったとしても敬遠するという選択肢は絶対にない。

 しかし、悪態だけは許して欲しいものだ。

 そんなことを思いながら、男は呟いた。


「だから影で『魔王』なんて呼ばれるんですよ風間院長。ああ、何も知らないナースセンターの看護師たちが羨ましいよ、全く……」


 恩人から質の悪いイタズラを受けた気分になり、男は身震いしながらも院長室をそっと閉める。


 こんな夜が何度目だったかを思いだそうとして、それでいつものことだと納得させようとして、しなしながら慣れないものは慣れないものだと諦めながら。


 音楽が聞こえなくなって、辺りが薄暗いのは相変わらずだが、窓の外の雨は多少弱まった気がした。


 医者の男は窓の外を見ながら願う。

 朝になるまで院長の興奮した姿を誰にも見られませんように、と。

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