密に閉じる
色とりどりに丸い形をしたそれは、甘い香りを纏わせていた。缶の中で転がるとカラリ、と軽やかな音をたてる。
それらと同じ丸い瞳で見つめながら、アンバーはまたコロリと缶の中の飴玉を転がした。
「そんなに気になるなら早く食べてしまえ」
「まぁ、情緒のない。見た目もこんなに可愛らしいんだから楽しまないと」
呆れたような菜生の言葉を朗らかに笑って、ほらよく見て、とアンバーは缶を差し出した。
缶の中を転がる飴玉は先程の街のお菓子屋で買ったもの。何に心惹かれたのか菜生には全くわからないものの、ここまでの道すがらアンバーはずっとカラリコロリと音や見目を楽しみながら、1つ選んでは口に運んでいる。
差し出された缶の中に入っている飴玉はどれもきれいな球体で、少し動くたびに缶の中をよく転がって、色とりどりの飴が描く模様が万華鏡のようにも感じられる。二度とは同じ模様は現れず、そして一つ一つと食べられていずれは空になる。
そういえば、彼も甘いものが好きだった、と思い出した菜生の胸に懐かしさが過ぎった。
指を伸ばして一つ飴玉をつまんでも、アンバーは特に咎めずニコニコ見守っていた。そのまま鮮やかな黄緑色のそれを口に入れると、爽やかなぶどうの香りと甘さが広がる。
「なんだか懐かしそう。飴で何か思い出すことがあって?」
「話すほどのことでもない」
「いいじゃない。私、昔の話って好きなのよ。だって、それはもう見られないんですもの」
蜂蜜のような瞳を煌めかせて、未来を視る事の出来る魔女は催促する。菜生はどうしようかと思案しながら、彼の面影をなぞるように羽織った着物を撫でた。
もう残り香すら残っていない着物だが、唯一の形見であるそれに触れれば、そこに彼の名残を感じられる気がした。
「本当に些細なことなんだ。アイツも甘いものが好きだった。飴なんか周りに配ってまわるくらいいつも持ち歩いていた」
「まぁ、話が合いそうだわ。何味が好きなのかしら?」
「さぁ。甘いなら何でも良いようだったな」
菜生と彼が共に過ごした時間はそれほど長くは無かった。彼の好物すら知らない、と思い出して少しそっけなく答える菜生に、気を悪くする風もなくアンバーは楽しげに微笑んでいる。
その柔らかい眼差しが懐かしい面影に少し似ていて、菜生は気まずく目を伏せた。
コロリと口の中に転がる甘さが気まずい気分を少し和らげてくれる気がした。
少女のように素直な反応を見せる菜生を見つめながら、アンバーは密かにため息をつく。
それを見ていると、その頭を優しく撫でてやりたくなると同時に、二度と顔を上げられないような言葉をかけたくもなるのだ。
未来が視える彼女には、心のままに動くと言うことが殆ど無い。言葉一つ、仕草一つがより望む未来への布石になるからだ。周りからはそう見えずとも、アンバーは常に最善の未来を目指して動いている。
だから、いつも隣で心のままの反応を見せる彼女がたまらなく愛おしくて妬ましい。
「ねぇ、彼のことを忘れないように書き留めるのはどうかしら?」
「?」
「手紙でも良いわね。何でもいいのよ。形に残したら消えにくくなるから」
アンバーの突然の提案に、菜生が首をかしげる。続けた提案にも、ふむと小さく相づちをうっただけだったが、会話を打ち切って歩き出したアンバーはくるくる傘を覗く。
そこには夜、休む宿の机に向かってペンを握る菜生の姿が映っていた。真面目な彼女は提案を聞けば、どんな思案を経ても一度は筆を手に取るだろう。
そして文字を綴り始めて、綴れる言葉の少なさ、薄れてしまった記憶を想って一人涙を零す。失って尚、溢れる想いを抱える彼女の姿を視て、アンバーは甘い蜜のような罪悪感を味わう。
そんな彼女の胸中を知らずに、飴を食べ終えた菜生がまた手を伸ばしてひょい、と次の飴玉を摘まんで口へ放り込んだ。クスリと笑ったアンバーも続いて飴玉を口へ含んで、二人は並んで歩いていく。
隣を歩きながら、しかし二人は歪にかけ離れていた。
@Wisteria_Saki様作文字書きワードパレット 9・メモリア
「飴」「名残」「筆」
をお題に執筆させて頂きました。