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3話:別れ話と攻略対象

今日はちょっと遅れてしまいました。本来のゲームのあれこれを捏造するの楽しいです。

「はぁ……わかっていたこととはいえ、ああも淡々とされると堪えるものがあるな」

「アシュクロフト嬢とのことですか」

アルフレッドは婚約破棄を申し渡した後、自室でため息をついた。お茶を淹れながらその言葉に反応を示したのは、幼馴染であり騎士の青年ユージン・オーマンディだった。短い黒髪と鋭い黒い瞳、そしていつもぴんと伸びた背は武門の誉れ高いオーマンディ侯爵の息子の一人として相応しい立ち居振る舞いをしている。第一王子アルフレッドとは同い年のため、魔力は然程高くないが入学して身辺警護をしていた。

「小さい頃は、三人で遊ぶようにと言いつけられたりしたものだな」

「ああ、ありましたね。殿下は二人きりが嫌だと言って、俺を巻き込んだんじゃないですか」

当初は「婚約者候補なのだから、若い二人で……」などと国王に言われて、一緒に遊ばされることもあった。しかし話題に困って話も弾まず、遊び相手兼護衛だったユージンに泣きついてせめて三人にさせてもらったのだ。彼女は話しかけてもいつも生返事で、婚約に乗り気でないことは幼い頃からアルフレッドもわかっていた。伯爵が反対していた話もあり、この婚約を果たしたがっているのは強力な《力》があると預言されているエスメラルダ・アシュクロフト嬢の血を欲しがる国王くらいだったのではないか……とは、こっそりと言われていたものだ。アルフレッドにはすべて、動物経由で耳に届いている。

「城に戻ったら、父上には正式に婚約破棄になった話をしようと思う。それに、アンジーのことも。最近は何があったかまではわからないが、父上の御機嫌がいいことは城の小鳥が教えてくれているからな」

「殿下に隠し事をするのは難しいですね。どんなに人を避けていたとしても、動物までは遠ざけきれないことも多い」

「だが、アシュクロフト嬢の話はあまり流れてこないのだ。ネズミも、小鳥も、犬も猫も……詳しいことは聞いていないという。家の意向なのはわかるが、普通ならもう少しくらい、流れてきてもいいのだが」

アルフレッドの動物会話は、目立ってそれとわかるものではない。ないが、彼にとって動物の言葉は人間のそれと同じように聞こえる。だから、アルフレッドにとって情報を得るのは容易いことだった。学園でも、その技能は遺憾なく発揮されている。自分達への陰口、噂、暗殺計画だっていくつか察知してきたし、アンジーと話すようになってから、彼女のことも教えてもらってきていた。アンジーへの嫌がらせに気づいたのも早かったし、虐めてきた者達がエスメラルダに罪を着せようとしていたことも察知している。もちろん、偽証と言うことで罪が増えたのは言うまでもない。

(獣除けのまじないがあれば防げると皆思っているようだが、虫の言葉まで聞けることはユージンも知らないからな。なのに聞こえてこないと言うことは、本当に話をしていないということ……)

「伯爵は、娘を嫁がせたい家でもあるんですかね。《力》に目覚められない娘が城でやっていけるか心配して……というのが、今思えばありそうな話ですが」

「だが、《力》に目覚める時期には個人差がある。だから俺も父上も、この年まで待っていた。彼女が悪い人間でないことは、動物たちも教えてくれるからな」

「あの家にはクリスがいるでしょう。彼が何かを未来で視て、婚約しない方がいいと言っていた可能性もあります」

クリスの未来視は、何も対策しなければ極めて的中率が高い。その彼がアルフレッドと結婚した場合の姉の窮地を予知し、姉の結婚に反対した……ありえる話だ。クリスの予知は、城にも一定の信頼を置かれている。先日も、魔物の襲来を予知したことで対策を立てられた。あの時はユージンも父や兄と戦いに行ったし、アルフレッドをはじめ学園からも何人か《持てる者の義務》として戦場に立った者がいる。皆が無事に学園に戻れたのは、アンジーの治癒とクリスの未来視が大きな要因だ。

「それならそれで、何を視たのか言ってくれればよかったものを……クリスは何故か、俺と姉ではなく、俺とアンジーが添い遂げて欲しがっていたし」

クリスはよく関わりのある後輩であり、未来の弟かもしれないからとアルフレッドも気にかけていた。そんな気持ちや関係がなくても、父王から「未来視の《力》の持ち主と仲良くしておけ」と命のあった可能性も高いが。そんなクリスに姉との橋渡しを頼んでも、彼はいつものらりくらりと躱していた。―――それが、わからない。

「姉が陰口をたたかれるから嫌なら嫌で、言ってくれればよかったんだがなぁ」

だが、アシュクロフト姉弟は話してくれなかった。そういうものだと無理に飲み込もうとしたところを、掬い上げてくれたのがアンジーだ。彼女の治癒は心にも効くと、アルフレッドはそう信じている。

「アンジー様をお城にお誘いしますか?」

「いや、まずは父上と母上にお話をしてからだ。だが、手紙を送ったりするかもとは、言っておかないとな」

「恐れながら、彼女が城に上がれるだけのドレスをすぐに用立てられるとは思いませんが」

あ、とアルフレッドは小さく呟いた。この場合、父上に話を通せば自分が婚約者候補として呼ぶのだから、自分の名前でドレスを誂えさせるべきだろうか?

「いや……本当にまずは父上次第だからな。それに、俺達は今は学生だ。ここの学生服は城にも上がれると書いてあった気がするから、いざとなったらそれで」

「一応確認しておきましょう」

頼む、と言って、残りのお茶を飲み干して立ち上がった。熱い液体を流し込んで、頭を切り替えていく。アンジーとのことや、彼女が似合うドレスのことを考える方が、今は建設的だと思った。


***


「アンジーはステータスカンストを示す『学年一位』も取っていたし、魔物襲来イベントも死者ゼロでクリアしている。名声値を表す街での呼び名も、王妃エンドの条件である『満天の聖女様』を達成。何事もなければアンジーとアルフレッドはゲーム通りくっついて、俺と姉様は領地に帰還。後の攻略対象…ライアンはアンジーとあんまりイベントなかったって言うから、多分どこかの貴族に雇われるノーマルエンドで、ユージンはアルフレッド付の騎士になる。二人とも五体満足で終われてよかったー」

実家に帰る前の夜、寝つきの早いライアンのいびきを聞きながら、クリスはぶつぶつと呟きつつ古い帳面を埋めていた。ゲームの知識を思い出した時、それを片っ端から書きつけたものだ。周囲はいつも鍵付きの箱に入れているそれを、ただの日記だと思っている。

 クリスが予知した魔物の襲撃は、アンジーの《力》の育成が疎かになっていれば死人も出る容赦のないものだった。もちろん、攻略対象もアンジーも死ぬことがある。スチルだって見たし、ああはなりたくないと必死に自分自身も鍛えた。その結果、自分も悪友も、一般生徒まで誰も死なずに済んだのは、運が彼女に味方をしていたからだろう。

 『ゲーム』は学園の卒業まで。そしてこの冬休みの間にいくつかのイベントを終えてしまうと、そこからは本当に何も知らない……この帳面には描かれていない世界になる。それは、予知があっても不安のあることだった。転生する前は、先のことがわからないのが当たり前だったというのに。慣れてしまえば未来視は、あまりに甘美な果実に過ぎた。

「……アンジーとアルフレッドの冬休みイベント、城に上がるんだよな。こっそり見に行けないかな。俺もアルフレッドみたいに動物と話せたらなー」

自室の布団の中に籠りながらの独り言が、フクロウなどに聞かれない……アルフレッドに漏れないことは確認済だった。その気があってもなくても、彼は常に巨大な諜報組織を動かしているようなものだ。転生前の日本でのことわざ、『天網恢恢疎にして漏らさず』という言葉を思い出す。

 その時また、未来視の画像が視界に射しこまれる。それは、自分と姉と父が国王とアルフレッドの前で何かを話している姿だった。

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