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15話:流血なき牽制

 エスメラルダの《力》である選択の操作は、大きく分けて二つの形態を持つと体感で理解していた。受動態(パッシブ)の時は「相手が何に心を揺らしているか」を意識すればいつでも透かし見ることができていて、能動態(アクティブ)に切り替えれば、その迷いの針をどちらかに傾けることができる。王城のような特異な場では意識して魔法を行使した際の魔力の揺れを計測されているため、彼女は特にこういった場で己の《力》を振るうことはしないでいた。それでも、視えるものは視える。

「スライさん、ご機嫌よう。このような場は初めてでしょう、緊張していませんか?」

そう話しかけたのは、彼女の心が緊張と動揺で無数の選択に揺れているのが視えたからだった。その動揺を悟られないように振る舞えているのは、流石『学年一位』の実力と言ったところだろうか。社交の場に慣れていないだなんて思えない動きに、令嬢は内心で密かに舌を巻いた。

(高位貴族家の新成人(デビュタント)の方が、見ていて危なっかしそうでしたわね)

アシュクロフト伯爵家との付き合いのある家のそれに出席したときのことを思い出すと、アンジーの方が立ち居振る舞いはしっかりしているように見えた。恐らくは平民のはしたない振る舞いを笑いに来たつもりだろうご婦人たちが、アシュクロフト伯爵親子と礼儀正しく会話をしているアンジーの様子をちらちらと見ていた。

「エスメラルダさんが話しかけてくださって、本当に助かりました。友人もここに呼ばれていると思っていたのですが、思っていたより人が多くて見つけられなくて……」

友人、と濁してはいるが、第一王子のアルフレッドを指しているだろうことはエスメラルダにも予想がついた。アンジーに他に友達がいないわけではないが、式典に出席が許される家柄でアンジーと関わりの深そうな人間の予想があまりつかなかったのだ。家柄が良くても慣例として、辺境伯家の者が参加することもあまりない。だから、エスメラルダの友人であるガブリエラの姿もここにはなかった。

「私の友人のアクランド辺境伯嬢も、ここにはいませんからね。少し、私達とお話してくださいな」

「辺境伯家は武門の誉、国境を守るお役目がある、と言われてますものね」

「まあ彼女曰く、やはり都まで遠いというのもあるようですが」

うんうん、とエスメラルダの後ろでアシュクロフト伯爵が頷いているのは、両家の友人関係が親の代からのものに由来する。辺境伯から昔、都に出てくるまでがいかに大変かを愚痴られた話を思い出していた。

「……私は、あまり都以外の場所に行ったことがないんです。エスメラルダさんは、どこか遠くに行かれた経験があるんですか?」

「母様の故郷である隣国には、何年かに一度行っておりますわね。あちらはこの国と比べると、随分と暖かくて……場所によっては冬、まったく雪が降らないそうです」

「まあ! 冬に雪がないなんて、なんだか不思議な気分です」

他愛のない話をしたことがない相手と、ある程度それなりに話を回していくためのスキルはお互いに有している。いつの間にかアシュクロフト伯爵がそっと娘達の元を離れて自分の友人と話をしていることにも気づかず、少女達はそれなりにうまく会話をした。

 もっとも、それは友人になったのと完全なイコールではない。お互いに、踏み込まない一線は持ち合わせているし、相手のソレに触れることもない。事実、アルフレッドのアの字もお互いに出さなかった。それでもエスメラルダはアンジーとことさら親し気な姿を見せ、扇子やまばたきの符牒が騒がしく飛び交う様を横目で確認しつつ単純なメッセージを参加者たちに伝えていた。

『手出し無用、彼女と話すのは私です』と。


「静粛に、静粛に! 間もなく勲章授与の式典が始まります!」

時告げの侍従が叫んだ言葉がホールに響き渡り、間もなく本来の式典が始まろうとしていた。

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