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11話:それはいつかの「はじめまして」

「アンジーねーちゃん、お出かけするの?」

「うん、学校の友達と待ち合わせなのよ」

「いってらっしゃーい!」

そう言って出かけたアンジーは、学園の制服姿だった。待ち合わせ場所の仕立て屋は初めて行く場所だから、かなり早めに出かけていた。

 普段は中々行くこともない、貴族の暮らしている一帯の隅。そこに、今回の待ち合わせ場所はあった。幸運にも学園に行かせてもらえて、礼儀作法も習えても、まだアンジーが持っている礼服はこの制服の一枚きり。それ以上が必要になるだなんて、一年前は想像さえもしていなかった。

(去年の今頃は、私、アルフレッド様とエスメラルダ様が普通にご結婚すると思ってたもの)

あくまで気にかけてもらっているとしても、学園の間のこと。ちょっとしたお遊びのようなもので、卒業したらそれでさようなら、だと彼女は思っていた。孤児院か教会で手伝いをするか、仕事に就くか。いつか素敵な人に出会って結婚するとしても、こんなことは思っていなかった。


 アルフレッドのことは、好きだ。動物と話し、小さい命に優しい彼の姿が好き。孤児院に寄付もしてくれて、勉強も見てくれた。初対面でした会話も、しっかり覚えている。

「あなたが、特待生のアンジー・スライか。中庭の猫達が、あなたの話をしていた……サビーの怪我を治してくれたそうだな」

ある日の中庭で、猫達と遊んでいた時に。猫がにゃあにゃあ鳴くと思っていたら、この国の王子様に礼を言われたものだから驚いた。彼が動物と話せるというのは下町にも届いている有名な話だったけれど、治癒の《力》で治した猫からアンジーの話を聞いていたらしい。あの時、治すことを決めてよかったと思う。そうでなければ、最初から好印象を抱いてもらえることになんてならなかったし、きっと今こうして待ち合わせることにもなっていなかっただろう。

「いえ、えぇと、その、私……ただ、怪我しているのを見ていられなくて。お礼を言われるほどだなんて……」

しどろもどろの返答を笑わず、彼は「猫の代わりにお礼を」と言ってくれたのだ。当時、いきなり何もかも違う世界に放り込まれ、言葉遣いや仕草のひとつひとつを時として笑われた中で、彼は笑わないでいてくれた。お礼なんてものは、学園に来てあの時に初めて言われたのかもしれない。

「今まで暮らしていた場所とここは、随分と違うだろう。良ければその、勉強を見ていいか? 猫達がな……助けになってやってくれって、言ってる。その辺りなら、役に立てそうだから」

アンジーの足元でにゃあにゃあと鳴いていた猫がきっと、そう言っていたのだろう。ふわふわした毛並みの錆猫は、前足にあった大き目の怪我をアンジーが治していた子だ。

「い、いいんですか? 私、もう全然わからなくて……」

中庭で、勉強を見てもらった。文字の読み書きのために、小鳥に託して手紙をやり取りした。それは小さな書きつけ程度のものだったけれど、アンジーはすべて大切に取っている。最初の頃は酷いものだったが、今では作文や正式な書状も書けるようになっていた。教えてくれる彼に応えたくて、アンジーが努力を重ねた結果だ。

 いくら《力》があっても、勉強を頑張っても、『満天の聖女様』と呼ばれるようになっても。アンジー・スライは孤児の平民だという意識を、彼女はまだ失っていなかった。それを失っては、きっとマムや弟妹達のいる家に帰れないと思っている。


「アンジー!」

ぐるぐると考えながら、待ち合わせのお店の前に辿り着く。そこにはアンジーが好きになった笑顔で、手を振って彼女を待つアルフレッドがいた。もう片方の手の指先には、孤児院の近くに巣を持っている青い小鳥がいる。きっと鳥から伝わったのだろう。本当にすごい人だ、と彼女は感心した。

「私の方が先に待ってるつもりだったのに!」

「俺が迎えたかったんだ。さ、中に入ってドレスを作ってもらおう」

そっと手を取ってエスコートされるのに身を委ねながら、アンジーは今まで一度も入ったことがないような煌びやかな世界に足を踏み入れた。

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