19 精霊界の花
次の日、驚いたことに双葉が出ていた。
グレンは芽を出したことをとても喜び、嬉しそうに観察メモを取っている。
二日目。葉が大きく、何枚も出てきた。
三日目。小さな茎が六本出てきた。どうやら今回の願い事は二つ目らしい。
グレンは「僕が植えたとき、茎は七本出てたのに」と不思議そうに呟いている。
四日目。六本の茎が長く伸びて、小さな蕾を付けていた。
この時の花の高さは八十センチくらいになっていたので「大きくなると聞いてたけど、想像以上だな」圧倒されるロイ。
ガラスケースいっぱいに広がる大きな葉は存在感がある。
「それにしても、すごい速さで成長するな。実際に見ないかぎり、誰も信用しないぞ」ロイの隣で、騙された気分になるマーティ。
たった四日でここまで成長する花は、この世界にはないだろう。
この日の夜、マーティはロイの部屋に来ていた。
「いよいよ明日だな」いつになく緊張している。
花が咲いた後、どんな事が起こるか予測できないので、不安なのだ。
「明日の朝には、僕たち以外は花のことを忘れてるんだよな? シュール」
『そうだよ』
「さて、今夜中に、あの花を人目の付かない所へ持ってかないといけない。誰かに見られたら、願い事を一つ無駄にしたことになるからな。そうだな、ロイの部屋でいいか?」
「もちろん。場所を用意するよ」寝室へ行くと、ベッド脇のサイドテーブルの上を片付ける。
日付が変わった午前一時。
ロイとマーティは白衣を着て研究室に向かっていた。
グレンには、自室に戻っているとき睡眠薬入りのコーヒーを飲ませ、寝ている間に彼の観察メモを持ってきていた。
「こんなに細かく書いてるのに、悪いな、グレン」
研究室に入ると、花をチェックしている二人のニセ研究員に交代すると言って自室に戻らせ、ガラスケースの前に立つと、今にも咲きそうなくらい蕾が大きく膨らんでいた。
「それにしても、こんなに大きくなるとは思わなかった」呆気に取られるロイ。
「自然の摂理に反した植物が存在するとはな」襲われそうな恐怖を感じるマーティ。
そこへ、セージとアルバスが入ってきた。
「お待たせ」
「遅れてすまない」
白衣を着ている二人も、巨大な花を見て怯んでいた。
「まるで、映画に出てくる巨大な食中直物みたいだな」
「食われたりしねえよな?」
「さて、揃ったところで始めるか」声を掛けるロイが「マーティはコンピュータのデータを削除してくれ。僕とセージ、アルバスは部屋の片付けだ」
「了解」
各自、自分の持ち場へ移動するとテキパキと作業を進め、それほど時間が掛からずに研究室を元の部屋に戻すと、あとはロイの部屋へ花を運ぶだけとなった。
隣の準備室からワゴンを持ってくると慎重に花を入れ、着ていた白衣を入れてカバーを掛けると「じゃあ、僕たちは花を持って部屋に戻るから、アルバスたちも自室へ戻ってくれ」
「俺たちは、花のことは忘れねえんだよな?」
「心配するな。俺たちメインメンバーは除外するよう言ってある」
「その言い方も、依頼相手が植物だから、ちょっと変な感じだな」苦笑するアルバス。
『植物だって意思を持ってるんだよ。人間だけが偉いんじゃないからね』
シュールから指摘が入ると、声が聞こえるロイとマーティは深く頷いた。
「じゃあお先。明日、花を見にいくからな」
アルバスとセージが先に部屋から出でいく。
あとから出たロイとマーティが通路を歩いていると、途中で見回りの警備員と会った。
「こんな時間にどうしたんですか?」
真夜中に、男二人がワゴンを押している姿はさすがに違和感がある。
「花のことが気になってね。ジッとしてられないから手伝ってるんだ。今、必要なものを取りにいくところなんだよ」ロイが言い繕うと「そうなんですか。そういえば、そろそろ咲くんですよね? 例の花。自分も楽しみにしてるんですよ」
他のクルーには、珍しい花を咲かせると説明していた。
「咲いたら見せてくださいね」
「もちろん。じゃあ」
「はい。失礼します」
警備員の姿が見えなくなると「ちょっと焦った」ロイがワゴンを押しながらホッと息を漏らす。
「滅多に起こらないことが、こういうときに限って起こるものだ」
「まったく、やめてほしいよ」
ロイの部屋に着くと、ベッド脇のサイドテーブルに花を置く。
「今夜、襲われそうな気がする」
「投げ飛ばすなよ」




