43-1 罠からの脱出 谷間に住む人々の居住区へ
翌朝。
六時過ぎに起され、顔を洗って一階のダイニングへ行くと、朝食の用意が整っていた。
「もうすぐパンが焼けますからね」お婆さんがベーコンとスクランブルエッグが乗ったお皿を持ってくると、キッチンからいい香りが漂ってくる。
「メチャクチャ美味そうな匂い」紅茶を飲んで食べる準備をするロイ。
『実はクロワッサンに目がないんだ。早く食べたいよ』いつも厳しい顔をしているモスカールが、今は嬉しそうにキッチンのほうを見ている。
「美味しいものってすごい威力があるのね」二人の顔を見るバーネット。「大変な状況なのに、美味しいものが食べられるというだけで、こんなにも雰囲気が変わってしまうんだもの」
「美味しいものは、どんな人の心も豊かにしてくれるんですよ」焼き上がったクロワッサンを持ってくるお婆さんが「だから私は、料理の勉強を欠かさないんですよ」
「素晴らしい!」拍手するロイとモスカール。
クロワッサンが乗ったお皿がテーブルの真ん中に置かれると「焼きたてなんて初めて」ロイが早速手を伸ばし『クロワッサンなんて何十年ぶりに食べるんだろう? 涙が出てくるよ』笑顔のモスカールが『主がいたら争奪戦になってたな』そのシーンを想像して、今度は苦笑する。
賑やかな雰囲気の中で食べ終わると、出発の準備を始める。
「道中長いでしょうから、これを持っていってください」紙袋に入ったお弁当とクッキーを差しだし「クロワッサンのサンドイッチを作っておきましたよ」
「本当ですか!」ロイが嬉しそうに受け取ると『私が全部食べる!』モスカールが横から取るので「絶対阻止する!」紙袋をつかんで睨みあう。
「お婆さん、短い間でしたがお世話になりました」二人をホッといて声を掛けるバーネット。
「気を付けて行きなさいね」
「はい。お爺さんにもよろしくお伝えください」
モスカールが乗ってきた馬車に乗るとお婆さんに見送られ、一路、谷間に住む人々の居住区へ向かって出発した。
山の中腹にある国境の検問所に着くとすでに二十人くらいの人が入り口に並んでいて、隣の領地に入ったときは午前九時を回っていた。
『今日中に谷間に住む人々の居住区まで行きたいから、ノンストップで行くぞ』モスカールは馬車を走らせて大通りを突っ切っていく。
その後、途中の村で数回休憩を取り、午後七時前に谷の入り口に戻ってきた。
馬車は入り口横にある小屋に置き、そこから走って居住区へ向かう。
「大分日数が掛かってしまったわ」走りながらバーネットが声を掛けると『いや、早いほうだと思うよ』隣にいるモスカールが言い返す。




