16-3 奇妙な花
「そのキッカケとは?」
「あれは七年前のことです。ツバイチ家に使えてた者が、出張の土産にと変わった花を持ち帰ったんです。ツバイチ家の一人娘、アーネット譲の十五歳の誕生日と重なったこともあって、その花をプレゼントにと贈ったのが事の始まりでした。他の二つの家にも同じ年の娘がいて、彼女たちにその花を見せたことが、こんな事態を引き起こすキッカケになってしまったんです」
「何があったんですか?」
「その花があまりにも珍しいものだったので彼女たちも欲しくなり、取り合いになってしまったんです。最初は当人たち同士の揉めごとだったんですが、埒があかなくなり、親に飛び火して、家の対立へと発展してしまったんです」
「取り合いになるほど、珍しい花だったんですか?」
「はい。今まで見たことのない花を付けるんです」
「それがなぜ、この星から植物がなくなる事態にまで発展したんですか?」
「争いの原因が植物だったからです。そのため植物のコレクション争いになり、挙句の果て、自分たち以外の者は植物を育ててはいけないという事態になりました」
「呆れた人達ですね」
「この星で植物を育てることができるのは、三つの家のどれかの傘下に入ってるごく僅かな人達だけで、それ以外の者が所有すると、最悪、星外追放になる決まりができました」
「なんですかそれは。無茶をとおり越して無謀の極致ですね」
「誰も忠告することができないので、無謀でも従うしかないんですよ」
ロイはため息を吐くと「コーヒーをお替りしていいですか? 気分を直したい」
「ああ、僕も飲みたいので頼みますよ」グレンは手を挙げると、マスターに追加で二つ頼んだ。
「それで、その対立はいつまで続くんでしょうか?」
「さあ、いつまで続くか。まあ、先は長くないでしょう」
「何か、解決方法が見付かったんですか?」
「いえ、その逆です」
「逆とはどういうことですか?」
「海をご覧になりましたか? あそこにはもう生物はいません。それに汚れた空気。植物が極端に減ったため空気が浄化されず、淀んだ空気が化学反応を起こして、有毒ガスとなって人体に影響を及ぼしはじめました」
「確かにひどい状態ですね。星が枯れはじめてる」
「おっしゃるとおりです。生気を失い、枯れていってます」
「三当主の争いを止めさせる方法はないんですか? 今の状態を続けてたら、確実に死滅しますよ」
「わかってますが難しいんですよ。意地の張り合いが頂点に達してて、誰の言葉も聞き入れないんです」少し声を荒げて頭を抱える。
「原因となった花を持ち帰ったツバイチ家の使いの者とは、あなたですね?」
「エッ!」顔を上げると「なぜわかったんですか?」驚いた顔を向ける。
「事の次第を詳しく知ってらっしゃるからですよ。当事者でないとわからないことを」
「……そうです。僕がその花を持ち帰ったんです。彼女に喜んでもらえたらと思っただけなのに、それがこんな事態になってしまうなんて」
「彼女とはどういう関係なんですか?」
グレンは俯くと少し間をおき「私は当主の秘書でした。彼女は一人っ子なので、僕を兄のように慕ってくれました。大人しい控えめな子で、いつも他の二人のいいように振り回されてたんですが、あの花のときだけは、普段では考えられないような強気な態度をとって、渡さなかったんです」
「あなたからのプレゼントだったから」
「そうではありません。あまりにも珍しい花だったからですよ。彼女は花が好きなので」
「……なぜ、ツバイチ家を出たんですか?」
「身を隠すためです。あの花を持ってきたのは僕だと二当主は知ってますから、血眼になって僕を捜してるんです」
「花の在処を聞きだすためですか?」
「そうです」
「そんな危険な状態なのに、出歩いていいんですか?」
「心配には及びません」
「……変装、ですか?」
「……はい」
ここで頼んだコーヒーがきたので、気分を変えるために話を中断して飲むことにした。
「これもおいしいですね。ちょっと酸味が強いですが、後味がいい」
「良い豆を使ってくれたみたいですね。僕もこの味は好きです」




