34-2 谷からの脱出
通路奥にある休憩室のドアをノックすると、顔を出したのはクラリー夫人だった。
「こんにちは」
「まあ、ロイさん」
「休憩中にすみません。ちょっとお邪魔してもいいですか?」
「ええ。どうぞ、お入りください」
中には十名くらいの人がいて、ロイが入ってくると慌てて席を立つ。
「どうぞ、そのまま座っててください」
「ロイ様」
「王女!」
『エッ! どこどこ?』
王女は側近の二人と一緒に、奥の椅子に並んで腰掛けていた。
「こんなところで何してるんですか?」
「皆さんと一緒に、収容されてこられた方の、看病のお手伝いをしてますわ」
「王女にはきついのではないですか?」
「いいえ。わたくしでもお役に立てることがあると思い、手伝わせていただいてますの」
『ウソォ、王女の台詞とは思えない!』ビックリするシュール。
そこへ、クラリー夫人がお茶を持ってきた。
「王女がいてくださってとても助かってるんですよ。いてくださるだけで、雰囲気が明るくなりますからね」カップをテーブルに置き「どうぞ、お掛けください」立っているロイに声を掛ける。
「ああ、お気遣いなさらないでください。今日は皆さんにお礼を言いにきたんですから」
「お礼、ですか?」
「看病の手伝いをしていただいて、とても助かります」
「まあ、そんなこと、当たり前ですよ」
「最近、いろんな事が起きて、多くのケガ人を収容することになったので、医務局の人達や保険局から派遣されてきてる人達では手が回らなくなってたんですが、皆さんが引き続いてお手伝いしてくれると申し出てくれて、とても助かってます。ありがとうございます」
頭を下げるとクラリー夫人が慌てて「そんなことなさらないでください!」と声を掛けてくる。
他の人達も一様に驚いた顔をする。まさか、艦長自らお礼を言いにくるとは思っていなかったからだろう。
「皆さんのご協力に、お礼を言わないのは失礼になります」
「いいんですよ。困ってる人を助けるのは当たり前のことなんですから。前回、お手伝いをさせていただいて、とてもいい経験になりましたのよ。ですから、今回は率先してお手伝いをさせていただいてるんです」クラリー夫人が手伝う理由を言うと、他の夫人たちが大きく頷く。
「それと、今回は、皆さんを危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」再び頭を下げると「旅に危険はつきものです。誰もあなたを責めたりしませんよ」
「次からは十分気を付けますので」
「私たちのことはお気になさらないでください。それでなくとも、ロイさんはたくさんのお仕事を抱えていらっしゃるのですから」
「そうですよ。お忙しいんですから、私たちのことは気にしないでください」
「そうですわ、ロイ様。わたくしたち、きちんとルールを作ってお仕事をしていますから、ご心配ありませんわ」王女もロイを労う。
「でも、お忙しいのに、こうやってわざわざお礼を言いにきてくださるなんて、お若いのに立派ですよ。ねえ、皆さんもそう思いますでしょう?」クラリー夫人が他の夫人たちに同意を求めると、賛同してロイの行動を誉める。
「いえ、お礼を言うのは当然のことですから」誉められ過ぎて、照れ臭そうに頭をかく。
「さあさあ、皆さん、そろそろ交代の時間ですよ」クラリー夫人がキャビネットの上の置き時計を見るので「僕もそろそろお暇します。では皆さん、大変だと思いますが、宜しくお願いします」
「こちらのことは任せてください」
「王女も」
「大丈夫ですわ」
ロイは先に休憩室から出た。




