34-1 谷からの脱出
翌日の午前十時。
コントロール室にある前方スクリーンにイノンドが映っている。
“ロイ、発進準備OKです”
「僕たちが先導しますので、あとから付いてきてください」
“わかりました”
修理後におこなった動作確認でなんとか航行できる状態だと報告がきたため、修理不可能な護衛艦に乗っていたクルーたちは残りの護衛艦とイノンドの艦に分散して乗艦し、エアエレベーターを外す前にロイとマーティのブレスレットをイノンドと護衛艦の艦長に渡すと、谷の出口へ向かって出発することになった。
ロイは通信を切り「セイボリー、準備は?」メインパイロットの彼に確認すると「整ってますよ」と返事をするので「では、レジーナ・マリス号、発進!」
「メインエンジン稼動」
レジーナ・マリス号は、薄暗い谷の中を、出口へ向かって進みはじめた。
「あと、空間の歪みには十分注意してくれ」レーダー担当に声を掛けると「了解」振り向いて答えるので「セイボリー、あとは任せる。何かあったら隣の会議室にマーティがいるから、呼んでくれ」
「わかった」彼が手を上げて答えると、コントロール室から出る。
隣の作戦会議室では、マーティが谷を出てからの航路を計算していた。
通路を歩くロイに『どこ行くの?』シュールが聞くと「医務局だよ」
『遭難した人達の様子を見にいくの?』
「いや、クラリー夫人たちのところだよ」
エレベーターに乗って医務局がある階へ行くと、まずは事務室へ向かう。
中に入ると「バーネット、身元調査は捗ってる?」コンピューター前で作業をしている彼女の傍にいく。
「あら、ロイ。もう終わったわ」
『お疲れ様』シュールが声を掛けると「いつも疲れてるわ」とオチャらける。
「ところで、収容した人達の様子はどう?」
「みんな、何とか危険を脱したわ」
「そうか。よかった」
「なんでも、クレイモアの谷に入ってしまったときの対応方法が、マニュアル化してるそうよ。それが今回役に立ったみたいね」
「ヘェ、マニュアルがあるのか。まあ、そうだろうね」
『どんなことが書いてあるの?』興味を持つシュールに「少人数で部屋にこもり、騒ぎ出した人から椅子に座らせて、手足と口をしばるんですって」
『なんで椅子に座らせるの?』
「動きを制限するためだろうね」ロイが予測すると「そうね。座っていたら、体に力が入りにくいから」バーネットが同意するので『ふうん、そうなんだ』
「そうだ。今回のことでかなり薬品を使ってしまったの。早目に補充したいんだけど」
「ここから出たら一番近い星へ降りる予定だから、今度は少し多めに補充しといて」
「そうするわ」
「ところで、クラリー夫人たちはどこにいる?」
「この時間だったら休憩室にいるはずよ」腕時計を見るので「そうか。ちょっと顔を出してくるよ」
ロイは事務室から出ると、通路奥の休憩室へ向かった。
『クレイモアの谷って、近くの星に住んでる人達には迷惑な存在なんだね』シュールが申し訳なさそうに言うので「それはしょうがないよ」
『でも、みんなに危害を加えてるよ』
「気にすることないよ。シュールだって、人間が住む世界で危険な目に遭っただろう?」
『そうだっけ?』
「忘れたのか? アグリモニー星で、金目当てに売られただろう?」
『アアッ! あれには頭きた! それに、もう戻れないんじゃないかと思ったもん!』
「置いてくようなことはしないよ。もし、出発時間までに見付けられなかったら、滞在期間を延長して捜したよ」
『ロイ……』
「当たり前だろう。シュールを置いてけるわけないじゃないか」
『……ありがとう』
「礼なんか言う必要ないよ。僕がもう少し気を付けてれば、起きなかったことなんだから」
『ロイのせいじゃないよ! 盗んだアイツらが悪いんだからね!』
「そうだな。悪いことするほうが悪い」
『そうだよ!』
「でも、危険な場所は至るところにあるとわかったろう? 安全な所があれば、必ず危険な場所は存在するんだ」
『そっか。精霊界だろうと人間界だろうと、足を踏み入れてはいけない所は、危険な場所として警告するんだね?』
「そうだよ」




