23 谷の底に咲く花
『もちろんだよ。影の森に住む金細工師ソレルを、精霊界で知らない者はいないよ。腕の立つ職人だからね。彼の作品は一目でわかるよ』
「そんなに有名なのか」
『彼の作品は、滅多なことでは手に入らないほどの稀少品なんだよ。ブレスレットは影の森の精霊から貰ったんだろう?』
「そうだ」
『彼は人前に出てこないからね』
「影の森、精霊。かわいい、男の子、女の子、だった、でしょう?」
「そうだ」
『あの子たちが尋ね人を判断するんだよ』
「判断?」
『そうだよ。確かめる、と言ったほうが合ってるね』
「尋ね人は誰が決めるんだ?」
『なんだって?』
「誰が尋ね人を決めるのかと聞いたんだ」
『それは……私たちが答えられる質問ではないね』
「またそれか。わかった」
『ところで、わかってると思うが、その管理局の人をここへ連れてきてはダメだよ』
「わかってる。心配するな」
『そういえば、コストマリーがいないのはなぜかね?』
『出られないからよ』ふてくされた声がする。
「出られないということは、まだペンダントの中なのか?」マーティが聞くと『そうよ』と答えるのでペンダントヘッドを出すと、銀色に光っていた。
「どうした?」
『そこに、私が出られる場所がないのよ』
『確かに。君はこの上に乗れないからね』納得するシーホリー。
「どうして?」アニスが聞くと『私は掴まることができないのよ。そんなツルツルした狭い場所に出たら、滑り落ちてしまうわ』
「そう、言われて、みれば……」
戦闘機のような偵察機の上では、シーホリーのように掴まることができなければ落ちてしまう。
『今回は諦めるしかないね』
『そのようね。私はペガサスじゃないから。足に吸盤でも付いてれば出られたんでしょうけど』
『それでは、歩くのが大変だよ』苦笑するシーホリー。
『ああ、それもそうね』
「悪いな、コストマリー」声を掛けるマーティに『気にしなくていいわ。こうやって話ができるだけでも貴重だもの』
『確かにそうだね』頷くシーホリー。
「ところで、谷底は花畑の他に何があるんだ?」
『他には何もない。全部花畑だよ』
「全部? それはすごいな」
『その窓は開かないのかい? 外は花の香りでいっぱいだよ』と言われてハッチを開くと、ヘルメットを取るアニスが「風、ある。ワァ、いい香り」微かな風が甘い香りを運んでくる。
「この香り、どこかで嗅いだことがあるぞ」
『本当かね? 思い違いじゃないのかね? それは有り得ないことだよ』
「記憶違いじゃない。確かに、どこかで嗅いだことがある」
『いや、それは絶対に有り得ないことだよ。人間がこの香りを嗅ぐことはできないはずだからね』
「どうして、私たち、嗅ぐこと、できない?」
『それは、人間界に存在しない香りだからだよ』
『この花は、精霊界のこの場所にしか生息していないのよ』コストマリーが説明しはじめる。
『しかも、生息場所がここだということを知ってる者は、ごく僅かしかいないの。
持ち出すには厳しい審査があるから、私たちでも、余程のことがない限り、この香りを嗅ぐことができないのよ。
だから、あなたが知ってるはずがないの。
この花の香りを、嗅ぐことができるはずないのよ』
「思い出した。そうだ、あの時に嗅いだんだ。精霊界にしか存在しない花。確か……フォーテュム、とか言ったんじゃないか?」
『なぜ花の名前を知ってるんだね!』驚くシーホリーとコストマリー。




