40 サントリーナ王女
それから一週間後、イノンドが二十代前半くらいの女性を連れて病室へやってきた。
『誰? イノンドの知り合い?』早速チェックするシュール。
ストレートの長い髪に黒目がちな大きい瞳。さほど身長はなく痩身で、良家のお嬢様とわかるようなブランド物のスーツを着ている。
大きな花束を持ってベッド脇に来ると「ロイ様、おケガはいかがですか?」と声を掛けてきた。
「あの、失礼ですが、あなたは?」
「サントリーナ王女ですよ」イノンドが笑いながら説明する。
「エッ、王女?」
『本当に人間だったんだ……』驚くシュール。
ロイたちは猫のときの彼女しか知らないので、人として会うのはこれが初めて。
「そうですか。すっかり良くなられたようですね」
「ロイ様のお陰ですわ」
『ロイ様だって』シュールに揶揄われて苦笑する。
「ロイ様がおケガをされて入院されているとお聞きして、心配いたしましたわ」
「もう大丈夫ですよ」
「来週末、退院されるとイノンド様にお聞きしました」
「大分元気になったんですが、担当医の許可がなかなか出なくて」
「退院前で申し訳ないんですが、実はまたお願いがありまして」イノンドが話しに入ってくる。「王女をあなたの艦に乗せていただきたいんです」
「王女をですか? でも、星から迎えの船が来てるんじゃないですか?」
「そうですが、わたくしの星へお越しいただきたいのです。助けていただいたお礼をさせていただきたいからですわ。もちろんイノンド様も」
「お招きいただいて光栄ですが、僕はまだここから動けない身ですし、ご両親があなたの帰りを待っておられますよ。早く戻られたほうがいいのではありませんか?」
「お父様とお母さまには無事を伝えてありますわ。その時お父様が、ぜひ、皆様をお連れしなさいとおっしゃってくださいましたの」
「ということなので、エルに聞いたんですが、部屋は用意できるが、王女を乗せるとなると、ロイの許可が必要だと言われましてね」
「そうですか。でも、早く戻って、ご両親に元気な顔を見せてあげたほうがいいのではないですか?」
「お気遣いいただいてありがとうございます。でも、皆様をお連れすると話してしまいましたから」
「そうですか……わかりました。では、星までお送りしましょう」
「ありがとうございます、ロイ様」
『ロイさまぁ』シュールがマネするので「王女、ロイでいいですよ」
「でも」
「そう呼んでください」
「……わかりました」
しかし、王女の「ロイ様」は直らなかった。
『ロイさまぁ』
「シュール。怒るぞ」
『王女には怒らないのに?』
「怒らないんじゃなくて、怒れないの」
『なんで?』
「王女という立場にいるから」
『フウン、身分か』
「そうだよ。で、なに?」
『その王女だけど、私のこと覚えてるかな、と思って』
「アーッ!」
『さっき喋ったとき、私の声が聞こえてないようだったから、人間に戻ったら聞こえないんだと思ったけど、覚えてたらヤバいでしょう? どうしようか? こっちから聞いて、忘れてたのに思い出した、なんて言われたらバカみたいだし』
「こっちから言わないほうがいい」
『でも、王女が他の人に話したら、その人が聞いてくるかもしれないよ』
「可能性としてあり得るな。そうなったら、その時考えるしかないか。王女がどう出るか、その時の状況で対応するしかないだろう」
『忘れててくれてれば一番いいんだけど』
「そうだな。一応、マーティとアニスに話しておこう




