34-1 緊急事態へ
王宮沿いに裏庭を西へ走っていくと「待て」ロイを止める。「このままでは、どこへ逃げても追ってくる」振り返ると、赤く染まるロイの右脚から流れ落ちる血が、点々と地面に道標を作っていた。
「僕の血が、行く方向を教えてるのか」
マーティは自分のシャツの袖を破るとロイの脚をしばり直し「出血が多い。この状態で走り続けると倒れるぞ」
「逃げなければ捕まってしまう。何とか持たせるよ」
数分後。
「ネズミは見付かったか?」月明りに照らされた護衛隊、指揮官の顔が暗闇に浮かぶ。
「血の跡がここで途切れてます」屈んで地面を見ていた隊員が報告すると「ここで止血したか」しゃがんで血を触り「垂れて間もないな。ということは、そう遠くへは行ってないはず。この近辺を徹底的に調べろ!」
「ハッ!」隊員が四方に散らばる。
一方ロイとマーティは、王宮の裏手にある使用人が出入りするドアから、もぬけの殻となった王宮内へ入っていた。
まだモウモウと発煙筒の煙が立ち込めている。
「ロイ、頑張れ」グッタリしてきた彼に肩を貸しながら、イノンドたち宇宙管理局の部隊が来るまで、王宮内に隠れていようと通路を歩いていた。
しかし、脚に力が入らなくなってきたロイが途中で膝をつく。
「大丈夫か?」座り込むロイの額から脂汗が出ているのを見て「マズいな。熱が出てきてる。 参ったな。これ以上動かせないぞ」
『マーティ、どうしよう』焦りだすシュール。
剣はペンダントヘッドの大きさに戻って、ロイの首からぶら下がっている。
「一旦この部屋へ入ろう」近くにあるドアを開け、ロイを担いで中に入る。
『ここ、誰かの部屋みたいだよ』
「使用人の部屋のようだな」
カーテンが引いてあるので、真っ暗ではないがかなり暗い。
その部屋を歩いていると『マーティ止まって。誰かいる』
「誰なんだ?」
『わからない。脚しか見えないけど、動かないよ。死んでるのかな』
「どこにいる?」
『ベッド脇の床に倒れてる』
マーティはロイをソファに寝かせ、ライターを点けてベッドのほうへ歩いていくと、奥の壁とベッドの間に中年の男が一人、うつ伏せになって倒れているのを見付け、傍へ行って様子を見る。
『死んでるの?』
「いや。生きてるが脈が弱い。たぶん、外で煙を吸い、この部屋に逃げ込んできたんだろう」
『誰なの?』
「わからない」ソファからクッションを持ってくると、仰向けにして枕代わりに置く。
男の服装を確認すると『ずいぶん古ぼけた服を着てるね。こんな人が王宮で働いてるとは思えないけど』
「庭師かもしれないな」
『じゃあ、ここはこの人の部屋なの?』
「いや、この部屋の住人は女性だ。女性用の香水の香りがする」
『そういえば』
「とにかく、ロイもこの男も動かせない。何とかしてイノンドに連絡を取らないと、二人とも手遅れになるぞ」マーティはどうするか考え、部屋の中を見回すと、大きなクローゼットの扉を開ける。
『何するの?』
「この位の広さなら、二人入れる」
『ロイをこの中に入れるの!』
「念のためだ。もし部屋に踏み込まれたら、なす術がない」
『王宮の中には入ってこないよ』
「確率がゼロでないかぎり、最悪の事態を想定して動くのが鉄則だ」
掛かっている服を真ん中に寄せて端にクッションを敷き詰めると、その上にロイを座らせ「聞こえるか?」声を掛けると、かすかに頷くので「イノンドたちを連れてくるから、ここにいてくれ」剣が付いているチェーンを外すと自分の首に掛け、ベッド横の床で寝ている男を連れてきてロイと反対の端に毛布を敷くと座らせ、扉を閉める。




