19 奈落からの復活
「マーティ、まだ着かないのか?」
どのくらい経つだろう。蛇行する氷の階段を延々と上っている。
「かなり下まで落とされたからな。あとどの位あるのか見当つかない」
ひたすら上を目指して上がっていく。
『もうダメ。足が上がらない』シュールが音を上げるので「そういえば、剣の中に戻れるんだろう? 無理して歩くことないよ」
『ヤダァ。ずっと剣の中にいたから、出られるときは外にいたい』
『だったら私の背に乗りなさい』後から上がってくるコストマリーが声を掛けてくるので『いいの?』見上げると『大丈夫よ。さあ』
「悪いな、コストマリー」シュールを抱き上げて彼女の背に乗せると『落ちないように後ろから見てて』と言われ、彼女を先に行かせると、再び上りはじめる。
「そろそろ俺も足が重くなってきた」息が上がってくるマーティ。
「さすがに喉が渇いてきたな」額の汗を拭くロイが「コストマリー、大丈夫か?」後ろから声を掛けると『私は大丈夫よ』元気な声が返ってくる。
「あの爺さんもこの階段を使ってるのか? だとしたらすごい健脚だな」感心するマーティ。
「この階段は、氷漬けになった者に対しての、罰として用意されたものじゃないか?」
「だろうな。動きづらいコートを着てるうえに、滑りやすく長く続く氷の階段、気がめいる罰だ」
「何のためにこんな罰を用意したのか、理由を聞きたいな」
「ぜひ聞かせてほしい。仕返しする準備をしないといけないからな」
「ハハハ! 同感!」
そんな話をしていると、前方にドアらしきものが見えてきた。
「ようやく目的の扉が見えてきたぞ」
「やっとか」
先に着いたマーティは氷の扉の前に立ち、息を整えて取っ手を回すと、入った先は二メートルくらいの縦幅で、横に十メートルくらいある長方形の氷の部屋の真ん中あたりだった。
「部屋というより通路だな」
あとからコストマリーとロイが入ってくると「ここは部屋なのか?」左右を見るロイが「どっちに行く?」と聞くと「そうだな。二人いるから、両方に行くってのはどうだ?」
「いいね」同意すると「様子を見て安全だったら呼ぶから、コストマリーはシュールとここで待っててくれ」
『わかったわ』ロイは左に、マーティは右へ歩きだす。
「膝がガクガクしてるな」足を引き摺るように歩くロイ。「さすがに、あの階段上りはきつかった」
「足の指が痛いな。マメができたか?」右足の小指に違和感があるマーティ。「まったく、なんであんなに階段を上らなきゃならないんだ」文句を言いつつ突き当り近くまでいくと、左に通路が続いていることに気付く。
「なんだ。やっぱり通路なのか」
「誰?」
突然、曲がった先の通路から女性の声が聞こえてきた。
「そこにいるのは誰だ!」ポケットから小型の銃を取りだすと「その声、マーティ?」
「アニスなのか?」聞き返すと通路から彼女が顔を出し「無事、よかった」マーティの顔を見てホッとする。
「無事じゃない。足が痛くて泣きそうだ」苦虫を噛みつぶしたような顔をして「この先はどこなんだ?」と聞くと「あの部屋。私、動いて、ない」
「動いてない?」通路を曲がると、そこは、ロイとマーティが氷漬けにされて落とされた、玉座に座りカルブンクルスを持つシレーニの像があるあの部屋だった。
彼らは、玉座の後ろの壁裏にある空間に出たのだ。
「アニス、無事だったんだ。良かった」ロイが玉座を挟んだ反対側から声を掛けてくる。隣には、シュールを乗せたコストマリーが立っていた。
「こういう仕掛けだったとはね」玉座の右側の階段下に立つロイ。
「とりあえず、元に戻ってきたわけだ」左側に立つマーティ。
「ちょっと休まないか。膝がガクガクしてるんだ」ロイが足踏みすると「俺も、マメができたみたいで足が痛い」マーティが玉座の横の階段に腰を下ろすと「絆創膏、ある」とアニス。
「それは助かる」
「シュール、大丈夫か?」コストマリーの背から降ろすと、疲れすぎているのかその場にしゃがみ込むので抱き上げ、階段に腰掛けさせると隣に腰を下ろす。
『なんか飲みたい』
「そうだな。喉が渇いたな」
「私、紅茶、持って、きた」背負っているナップサックから保温ポット取りだすので「さすがアニス。シュール、紅茶があるぞ」声を掛け「アニス。マーティも飲むと思うから、先に渡してくれ。その後、ポットをこっちに滑らせてくれないか?」
「滑らす?」
「玉座の正面には、要注意の水龍がいるから通れないし、玉座の後ろを迂回してそっちに行くには距離がありすぎるから、ポットを滑らせてこっちに寄越してほしいんだ」
「わかった」マーティにカップを渡すと、ポットを反対側にいるロイに向かって滑らす。
氷の床なのでスムーズに滑り、ロイは受け取るとカップに紅茶を入れてシュールに渡すと、自分の分とコストマリーの分を入れる。
「カップが小さくて飲みづらいだろう。悪いな、コストマリー」
『大丈夫よ。ありがとう』
ロイは一口飲むと「今まで飲んだ紅茶の中で一番うまいよ」
『ロイ、お代わりしていい?』シュールが空のカップを差しだす。




