9-1 海の精の休息地
また銀世界の中を走る。
「こんな所、一人で走ったらすぐに方向がわからなくなって、遭難するよ」後部座席で外を見ているロイに「同感だ。なんの目印もないのに、よく方向がわかるな」助手席のマーティがアニスを見ると「生まれて、から、ここ、住んでる。毎日、同じ景色、見てる。感覚的、地形、覚える」
『アニスはすごいね。私も絶対迷子になるよ』感心するシュールに「こういうのを住めば都と言うんだ。どんな所でも、長年住んでたら、そこがその人にとって住みやすい場所だということだ」マーティが説明するが『ふうん』今ひとつわかっていないようだ。
「他の所、景色、変わる?」
「景色が変わるというより、こんなだだっ広い場所は殆どないよ」
「白一色という場所もない」
『私が棲んでたところにも、こんな場所はなかったよ』
「想像、できない」
「この星から出たら、たくさん見られるよ」
それから一時間ほど走ると、左側に海が見えてきた。
「本当に、ここら辺の海は凍ってないんだな」海を見るマーティ。「それほど大規模に、マグマが地表近くまで出てきてるってことか」
『大地は雪と氷で覆われてるのに、海は波打ってるなんて不思議』呟くシュール。
「確かにね。すごい光景だな」
その海は、傾いた日の光を反射してキラキラと輝いている。
しばらくの間、海沿いを走っていると「ハロルド山脈、見えてきた」と言われ、前を向くと、今まで何もなかった前方に山が見えてきた。
『すごい! 山型をした大きなアイスクリームみたい!』
「アイスクリーム?」マーティが聞き返すと「先週見た料理番組の対決のお題が新作アイスクリームで、優勝チームが山型のアイスのデコレーションを作ったんだよ」ロイが説明する。
『おいしそう!』
「……あの山は食べられないぞ」
「話を戻すけど、アニス、あの山の麓が目的地?」
「少し奥、入ったところ」
「まだ掛かりそうだな」
それからまた、コーヒーを飲みながらの座談会になった。
ハロルド山脈の麓までくると、奥へ続く一本道へ入る。
今度は山がずっと先まで続いていた。
「すごいな。一転して氷の山の中か」見上げるマーティ。
「道、大丈夫?」途中から何本も別れ道があるので、ロイが心配になると「ここ、何回も、来てる。大丈夫」淡々と答える。
目的地へは二十分遅れの午後四時二十分に着いた。
ジープは山に挟まれた小さな入江で停まり、前方の海では引き潮が始まっている。
「ここ、海の精、休息地」と説明するが、何の変哲もない浜辺。
「見たところ、特に変わった場所ではないが」マーティが見回すと「これから、わかる」アニスがジープから降りるので二人も外へ出ると、底冷えがする寒さだった。
「ジッとしてられない!」ロイが足をバタつかせると「これ、ブーツ、入れる」バッグから小さな袋を出して二人に渡す。
「何これ?」手に取ると「懐炉。早く、入れる。足、凍傷、なる」と言われ、慌ててジープに飛び込むとブーツの中に入れる。
先に入れ終わったマーティが、面白いように海水が引いていく波打ち際に立ち、波と遊びはじめたので「足元、滑る、気を付ける」と言われ、手を上げて答える。
懐炉を入れ終わったロイがマーティのところへ行き「これだけの引き潮だと、反対側はどうなってるんだろうな」
「大洪水になってるんじゃないか」
『誰かが海の水を飲んでるみたい』初めて見る引き潮に興味をもつシュール。
「もしそうだとしたら、どんな人物が飲んでるんだろうな」ロイが話に乗ると『巨人だよ。大きなコップですくって、ゴクゴク飲むの』
「そんな大男がいたら、飲み干しちゃうだろう?」
『そうなる前に、巨人が重くなって星が壊れちゃうね』楽しそうに笑う。
「そろそろ、岩、出てくる」いつの間にか隣に来ていたアニスが「ほら、あそこ」指をさす海から、夕日を背にした幾つもの岩が頭を出してきていた。
佇んで見ていると、潮が引くにつれて無数の岩が姿を現す。
『ロイ、寒くない?』防寒具の内ポケットに入っているシュールが心配すると「そろそろ限界」足をバタつかせ「懐炉を入れても限界があるか」
「もう少し、掛かる。車の中、待つ」アニスが踵を返してジープへ歩いていくので、ロイたちも後を追う。




