旅立ち
「では、いってくる。城をたのむな!」
魔王さまはにかっと破顔した。城中の者が正面玄関まで押し寄せて足の踏み場もないほどだ。
魔王さまは相変わらず漆黒のゴシックコートに漆黒のパンツスタイルだ。腰元に下げた魔剣がきらりと光る。
「おい、待て」
勇者はツッコんだ。
「その格好でいくつもりか」
勇者のサファイアブルーの瞳には心配の色が混じる。
その姿はどこからどうみても魔王にしか見えないのだ。
「ああ、そうだぞ」
魔王さまは細かいことは気にしなかった。
「まて、せめてこれを羽織れ」
勇者は腰元の無限収納から大判のストールを取り出して魔王さまに手渡そうとした。魔王然としたゴシックコート姿を少しでも隠せという気遣いからだった。
しかし、魔王さまの手がストールに触れる前に宰相サーシャの鮮やかな三連切りで、ストールは細切れになり花吹雪のように宙を舞った。片膝をついてうやうやしく宰相サーシャはどこからともなく取り出した最高級絹素材のシルバーのマントを捧げたのだ。
「魔王さま、これをどうぞ」
「おお、すまないのう」
もうこのような臣下の奇行にも慣れっこな魔王さまはくるりと上から羽織り、銀の留め金を留めた。一瞬で魔王然とした威厳ある立ち姿から一国の王子のような麗しい風貌に早変わりだ。横にいる本物の王子(勇者)よりも王子らしかった。
肩上で切りそろえられた前下がりの漆黒の髪に、魅惑的な赤い瞳、整った甘い顔だちに城中の配下はほうと息を呑む。サーシャも片膝をついたまま肩を震わせた。
尊い……!
魔王さまの背後には光の花が舞っているかのようだった。実際に舞っていたのは勇者の持ってきたストールの切れ端なのだが。
勇者は顔を背けた。魔王さまがあまりに目に毒すぎて動悸がしてきたのだ。
口元に手を覆いはくはくした。呪いの衝動を必死に抑えた。
「では、いくか」
魔王様はにかっと笑った。
魔王城の入り口では多くの配下が卒倒していた。
魔王さまは特に気にもとめなかった。
それが魔王さまの日常だったのだ!