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ひとめぼれ


魔王専用ふかふかの豪奢な赤い一人掛けソファから立ち上がった瞬間だった




「魔王さま、歩かないでください!」


 


 目にも涼しい銀の髪に、藍色の切れ長の瞳をもった宰相の高位デーモンのサーシャが魔王ルージュのすらりと長い足元に跪きその進路をさえぎったのだ。


「なんだ? 我を痔にでもするつもりか?」


 魔王ルージュは流れる漆黒のショートヘアに血のようなルビーレッドのつり目をしている。その目はくりりと丸くなった。


 宰相サーシャがその白い手袋をはめた手をパンパンとたたくと、すっと自立型ゴーレムが赤ワインの入ったグラスののったトレイを持ってやってくる。サーシャの服は黒の燕尾服だ。


 そのグラスをとって宰相サーシャはうやうやしく魔王ルージュに差し出した。まるで一本の薔薇を差し出すかのような動きだ。


「どうぞ、これを」


 魔王ルージュが喉が渇いたのだろうことを察知して宰相サーシャは先手をとった。


「いや、昼間っからワインは呑まぬ」


 魔王ルージュが片手で遮ると、宰相サーシャの反対側から水の入ったグラスをもったミノタウロスがすっとやってきた。


「魔王さま、どうぞ」


ミノタウロスの息は切れており、顔は真っ赤だった。手もぷるぷるしている。


「おお! すまないな」


 魔王ルージュがにこりと笑い、一気に水を飲みほした。ぷは、と声がもれる。

 宰相サーシャはそんな妖艶な唇に心震わせ地面に手をついた。できることならば私が水を差し出したかった! ミノタウロスは歓喜に打ちひしがれている。魔王さまが俺の汲んできた水を飲みほして体液にしてくれた!


「うまかった! かたじけない」





 満面の笑みで空のグラスを返す、この姫君こそ、魔王城の次期当主ルージュ・レリウーリアだ。


 彼女の漆黒の髪は夜空のように見るのをひきつけ、血のような赤い瞳と赤い唇は妖艶に艶めき、見る者の心をつかむ。


 彼女の切りそろえられた髪は肩先までの前下がりのショートヘアだ。というのもあまりの色香に魔王城の者がたびたび魅了されて仕事にならなかったのだ。


 彼女は銀のぼたんのついた漆黒のコートを身にまとい足の曲線美がわかるほどぴたりとした漆黒のズボンと、揃いの漆黒のブーツを履いている。


 一見すると少年のようでもあるその姿でも損なわれない色香はさすがは魔王さまである。


「ん、ではトイレに」


 魔王さまの言葉にすっとミノタウロスが四つん這いになってその背を向けた。


「のらんぞ?」


 魔王さまの言葉にミノタウロスはシュンとする。その状態のまま打ちひしがれた。




 そのとき、空を切ってオオガラスが飛んでやってきた。


「なんだ?」


「シンニュウシャ、アリ、シンニュウシャ!」


 オオガラスは三つ目をカッと見開いて鳴いた後、ゆるりと空中でアクロバット飛行をした。くるくると難度の高い空中旋回を三回ほどくりかえし、十分にアピールしてから、いそいそと魔王さまの肩にとまる。


 魔王さまの肩の上でうれしそうに目を細めて羽づくろいをしている。どうやらほかのヤタガラスを牽制したようだった。


「しんにゅうしゃ? なんだそれは?」


 魔王ルージュは腕を組み、首を傾げた。それもそのはず、今まで魔王さまの耳に入るまえにすべて殲滅されていたのだ。歴代の勇者もすべて。おかげでこの城は難攻不落の地獄の城だと勇者界隈ではおそれられていた。


 宰相サーシャは床にはいつくばった。


「申し訳ございません! 今すぐにしとめてまいります!」


 魔王さまの喉をうるおすのに夢中になって不埒なものの侵入をゆるしてしまった!と宰相サーシャはうちひしがれた。


「よいよい。まあ、たまには来客もいいものだ」


 魔王さまは宰相サーシャが床となかよくしているうちにとトイレにいこうとした。オオガラスはそれでも離れまいと魔王さまの肩にひっついている。


 バンッ


大扉があいて、小さな白い影がとんできた。



「にゃー! シャー!」



 スコティッシュフォールド(猫)だ。垂れたみみとくりくりの丸い瞳をもつ猫だった。サバトラと呼ばれるその銀の縞模様が愛らしい。


 猫はそのまま一直線にかけていき、床に四つん這いになっているミノタウロスと、はいつくばっている宰相サーシャの間をすり抜けて魔王ルージュの胸に飛び込んだ。


「おお、かわいいのう!」


 魔王ルージュは両手で猫を持ち上げた。猫は両手でひっかこうともがいているがリーチがとどかない。


いやつめ」

 

 魔王さまがもちあげつつも親指で首のしたを擦ると、スコティッシュフォールドのしっぽがびくりと震え、緩やかに振れた。目が細められ、小さく喉をごろごろ鳴らせている。


 肩の上のオオガラスは震えた。猫に生まれればよかった!と羽をふるわせている。


 魔王さまは猫を胸に抱きかかえ、しっぽの付け根をトントンとさすった。スコティッシュフォールドは溶けたもちのようになった。


ぼふん



 突如猫の姿が消え、床の上には金髪、青瞳の王子様が、青の騎士服を着た状態でしりもちをついていた。その顔は真っ赤になっている。


「ふむ、呪われておるな」


 魔王さまはあごもとに手をついてしげしげと見つめた。

 王子は真っ赤な顔のままぶんと横を向く。その口ははくはくしている。

 

 「す、すきだ! 結婚してくれ!」


 

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