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毒の紅

 清潔感の欠片も無いおじいさんが、ワタシに対して何かを差し出してきた。

 それは何やら瓶に詰められた何からしく、どうやら何かのくすりのようなものである事は理解した。だが、布切れだけのテントで、そのような怪しモノを売るご老人には誠に申し訳ないが、ワタシはそのようなものに興味がなく、また、どのような薬であるかわからぬ現在の状況だけでは、購入する動機にはなりえない。ワタシは、その老人に対して一礼してそそくさと中心に向かった。


 少し振り返ってみると、老人は小さな少女にそれを売っていた。その少女は、確か本屋で見かけた客だったようだ。


 ワタシは構わずに、奥に進むことにした。

 ワタシは、こういう町を好まない。


 奥に進むにつれて、様相は大きく変貌する。ワタシは十何段目の階段を降りようと足を下した。

 ずいぶんと人の足を支えていたのだろう。その階段はいたるところが損傷しており、摩耗しており、寂れており、土がかかり足跡があった。先ほどまでの階段とは違い、多少長く降りる必要がありそうだ。


「その先は立ち入り禁止だ」


 足を下したところ、横から声をかけられた。

 ワタシは声のある方に顔を向けると、どうやら小さな小屋。壁が二つしかない小さく簡素なそこに居座る老人から声をかけられたらしい。さほど気にしていなかったが、どうやら近くにそのような看板があったようである。老人は、どうやら注意書きが書いてあったらしい階段を指した。少し遠めにあったそれは、ワタシの視力でギリギリ見える程度であったが、…確かに、その老人の言う通りの注意書きがなされていた。


「あんた。この町の人間じゃあないね。……迷子か?」


 まあ、そう見られるだろうことは一切承知済みだ。

 ワタシは幼くみられるのだ。これは、一般的総意からのご意見である。

 ……とてもいやである。


 ワタシは、言葉に出すことが面倒なもので、言葉に出さぬ方を選んだ。

 つまり、ワタシは迷子である。ワタシは小さく首を縦に振る。


「なら、早く今来た道を戻ることだ」

「ここは何?」

 

 高そうなキセルをふかしていた。

 ところどころに居座っていた浮浪者とは違い、何か彼には違うものを感じた。……洋装であり……雰囲気であり。そんな彼は小さな椅子に座っていて、椅子に体を預けていた。リラックスをしているというより、何かを見ているようにずっと穴のほうを眺めている。彼の手元には古びた釣竿が穴に垂れ下がっていた。

 まるで、何かを釣ろうかとしているように。


「ここから下を見てみな」


 彼はこちらに来て下を見るように催促する。

 言われたように覗いてみると、そこは大きな大穴だけが続いていた。底は見えない。ただただ闇と、何かを叩く音だけが聞こえた。それはどうやら固い物を打っているらしい。…私は、闇の中に、何か立ち上るものを発見した。それは黄色の雲のようなもので、それは、不規則的な動きで地上に向かって上がっていった。雲のような煙は、途切れぬようである。


「あの煙が見えたか?」

 

 ワタシは、うなずいた。


「あれは、毒だ」


 この町を彩る匂いの原因が、ごみだけではなくあの煙も原因なのなら、ワタシは見事に毒を吸っていたわけだ。……あゝなるほど。夕霧がここに来なかったのはそれのせいか。あの猫は、私が普通でないことを理解して、何も言わなかったのだ。やはり腹黒だ。

 ワタシは一人納得し、ひどい匂いをごまかそうともう一度ため息をついた。それを彼は、息が苦しそうに思えたのか、何か透明な液体が入っているらしいガラス瓶をワタシに渡した。透明なガラス瓶の中身の正体は不明であるが、先ほどの浮浪者よりは信用が置けそうである。彼はそれをワタシに渡して、こういった。”これは、煙の毒を浄化できる水なのだ”と。……前言撤回。いやに冗談のように笑う彼のそれは、ジョークであることが分かる。


「ただの水だ。そんな顔をするな」

 

 ワタシはそんな顔をしていない。

 ただひとえぐらい単に腹立たしいという顔である。


「あの煙は紅くないからな。紅い煙なる前に上に行きなさい」


 彼は、陽気にそのようなことを言う。


 彼の腕には包帯が巻かれており、右腕の先が見えない。それでも彼は意気揚々と話している。ワタシは彼の真意がよくわからない。彼は相変わらずに釣りにいそしみ、私がいらないというと、そうかと一言言った。ワタシは彼にガラス瓶を返す。彼はそれを素直に受け取る。そして、その中に入っているであろう水に口をつけた。


「お前はこの町の住人になるために来たわけではないんだろう?」


 そういう認識で間違いない。故に肯定を示した。

 

「なら、ここの食事を口にしないことだ。彼らのように、ここの住人になってしまうからね。誰と来たかは知らないが、早く君の連れと帰った方がいい」


 そういえば、ワタシが迷子であるという設定であった。これもまた腹立たしいことだろう。一般的にそう言えるのなら、間違いでないといえるようなので、ワタシはこれを腹立たしいと枠組みした。特に意味のない事である。

 故に、ワタシはいつもの様に、独り言のあいさつを交わして、今まで下ってきた階段を上ることにした。それは大変長い道のりだそうで、上まで登りきるならば、通常以上の呼吸をするだろう。町の匂いはその固有とともに堪能できるはずだ。……まったくもって喜ばしくないことだ。心拍数が上がるのも、筋肉を動かすのも喜ばしくないことであるが、これは私が決めたことであり、たとえユウダミのせいだとしても、半分は私のせいだ。


 ワタシは息を大きく吸った。

 ワタシは死ねないからである。






 ワタシは、階段を上り、動く。

    

       

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