血が這う
私は、釣り糸を垂らしていた。
目の前には湖があって、そこから発せられる蒸気が周囲の動物たちの住処を奪っている。草木のないこの湖は、この周辺では疫病の扱いを受けているらしい。それはそうだろう。何せ、これらはまさに病だ。何せ…。
私の体を立ち上っていた”これこそ”その病である。
私がこの病になったのは、数か月前。
血の匂いがするこの蒸気は、私の肌を荒らし、腐らせる厄介なものである。私は一回の行商人であるが、このように未知の病になってしまった今。奇妙な煙を発している私から物を買うなどというもの好きはいない。故に私はあきらめ、私と同じ奇病になっている湖まで来たのだ。私が迷惑をかけずに死ねるように、私は死ぬまでこうして暇をつぶしていた。
しかし、人間というのは簡単に死ねないらしい。
この湖で三日と過ごしているが、一向に死ぬ様子はない。腹が減った。私は空で死ぬのも病で死ぬのも一緒だと思い、食事をとっていないが、ふと袋にある残りのパンが欲しくなった。私は空腹に寄る死をあきらめ、潔く病で死ぬことにした。
私は、釣竿を元に戻した。
「さっきから何をやっているんだ?」
その時、何かが話をかけてきた。
彼は、私の足元にいた。
「小石がしゃべるとは」
「石が言葉を交わして何が悪い。……まあ、先ほどまでは、そこら辺の者どもと変わらぬものだったがな」
どうやら私と会話をしているものは、目の前の小さな小石であったらしい。その石は紅く透き通った宝石のような石であったが、先ほどまでこのような輝く石はなかったはずだ。そのような目立つ石が転がっていたのならすぐに気づく故に。
「何。釣りというものを試しているのだ」
私は視線を前に戻し、また竿を振った。
私の後ろには大きな岩石があり、私の背を支えるには十分であり、私はそれに従い体を休め、釣りをして暇をつぶそうとした。彼は私の釣りに興味を抱いたのか、その釣りの概念について話を聞きたいと言っていた。なので私は、釣りというのはという話を。釣りについての話をした。
私は行商人であり、話をするというのは久しぶりであった。
会話というのは、単なる商売の道具である。売買上しかたのないものである。しかし、私と彼がしていたそれは売買上の致し方がないものではなく、それは。
私は彼に許可をとり、懐に入れた。
彼は私の話した街を見てみたいらしい。宝石に目があるかはわからないが、彼はどうやら見えるらしく、私が見たものを見ることに興奮冷めあがらないようである。
私はそれを楽しみ、また、彼との会話を楽しみ。
死ぬのを少し諦めた次第だ。
あと少しだけ。
……そばにいるのだ。