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紅く纏う霧

「いらっしゃい」


 愛想のない声。

 木造建築一階建ての店内は、ワタシ達以外の客がいないせいか外見よりも広く感じる。書籍があるスペース。観賞用と記述されている水槽。カウンターの向こうは何かの厨房らしく、何かを調理している様子が見て取れる。

背中に二つのこぶがあるパンダのような動物のような異物。変な動物の置物がカウンターの上に装飾品として飾られているが、この置物はこの地方特有の名産品であるらしい。

 ユウダミ曰く、昔いた動物であるが、いろいろあって絶滅し、神様のような扱いを受けこのような姿になったらしい。要は、これはご神体である。が、今は信仰というよりも、名産品のような扱いを受けているようだ。祝い人形から名産品となったこけしと同じだろう。そう、これはこけし。少し気持ち悪いだけのこけしである。だから、比較的動物が苦手なワタシでも、置物さえ触れぬワタシだろうが、近くに座ることぐらいはできる。…できるはずだ。


「お客さん?」

「何を売っているのですか?」


 声を出す方面には動くものの気配はない。


 カウンターに存在するのは、その置物でありそれは生き物ではない。ワタシは一応の確認をしようと声をだそうとしたが、その前に声をかけたのはユウダミであった。ユウダミは、なおも珍しそうに、その置物に対して声をかけた。

 誰もいない厨房。ワタシ達だけが存在する店内の飲食スペースではなく、彼は置物に対して声をかけたのだ。


 それは、”それ”の肯定である。


 置物が音源であるという肯定である。それは、ワタシにとって余計なことである。そんな興味本位でいつもの様に絡もうとする彼に対して、ワタシは抗議の足蹴りをする。

 彼は、私の抗議に対して気づいていない。この行為が正当な理由のもと行われていることに気づいていない。ワタシがこの程度のモノでも駄目であることが彼には理解できていないからだ。そして、その返しにも疑問が残る。


 カウンターにもテーブルにもあいているスペースはない。…いや、ひとつだけ埋まっていた。入り口付近。ちょうどワタシたちが見えにくい位置に男性が一人座っている。というか、うつぶせになって寝ている。お客は一人。……席が空いているのは一目瞭然。テーブルに置いてある食器類を見れば、調理をされたものを出す店と相場が決まっていることが理解できれば、その質問の意味はないことはわかる。ワタシは、無駄な質問をしたユウダミに対して足蹴りをした。同じところを先ほどから打っているせいか、今度のユウダミの声は、少しばかり痛そうであった。だけども、哀れみは覚えない。そんなものがあるのなら、ワタシは足蹴りなどしない。


「痛い。レイ、やめてくれ」

「うるさい」

  

 ああ。この会話も不毛なものだ。

 彼は、自身の感覚器官の情報を言っているだけ。ワタシはその情報に対して、四文字も言葉を話す。鈍感な彼に、否定的な感情を伝えるために。本当に不自由である。ワタシは、死ねないことが不自由であることを改めてかみしめた。


 ワタシは会話も嫌いである。


 だが、それと動くことは関係ない。性格的な問題である。


「ここは、石の店さ」


 今更ではあるが、先ほどの質問は文学的表現において一般的ではない回答である。質問を質問で返すとは、この男の能天気さと自由っぷりを象徴しているような発言である。まあ、ワタシはそれに慣れているもので、それに対する発言は無駄なことであることを自覚しているので、口を噤むのである。足は出すけど。


「石の店?」

「お客さんは、何か欲しい石があるのかい?ここにはいい石がたくさん置いてあるよ。私は直接見せることはできないのだがね。ああ、残念でならない。私の店なのに、私の素晴らしい石を紹介できないのが情けないなぁ」

「石を売っているのですか?」

「とびきりの石を…だ。厨房に置いてあるだろ?」


 その厨房。覗いてみるとかまどに備え付けられた鍋がひっきりなしに泡を吹いている。スープ料理でも作っているのだろうか?


「鳴き石を作っているのさ」

「鳴き石とは?」

「喋る石。私のような存在だね」


 鳴き石という単語は、ユウダミも初めて聞いたらしい。

 喋る猫の次は話す石とは…。この世界は、メルヘンチックではないアリスの世界である。人の心臓を勝手に宝石に変える世界であるから、その辺は最初から理解していたわけだが、慣れたとは言いたくない自分がいてどうにも複雑である。


「とはいっても、私は少し特別な鳴き石だがね。彼らとは別物なのだ」

「どうやって作っているのですか?」

 

 ユウダミは、会話が苦手であるようだ。

 だが、ワタシは会話に入る気は毛頭ない。


「それは君。鍋から生まれるに決まっているじゃあないか」


 そちらの常識であってもこちらの常識ではない。が、深くは突っ込まない。


「鍋から作るのですか」

「彼らは鍋から生まれるのさ」

「鍋から生まれるのですか」

「そうだよ。鍋から生まれるんだ」


 鍋から生まれる気持ち悪い異物。

   

そんなもの、誰が買うのだろう。というか、先ほどからぐったりとしているあの男性は、いったい何を口にしていたのだろうか。周囲にあるのは空っぽの皿であり、なにを口にしたかはわからないが…いや、、男性の周囲に置いてあった皿は、皿底が深く、そこに水分がたまっている。少し埃がある。どうやらスープ系の料理を口にしたのだろう。だいぶ経っているけど。


「なるほど」 


 納得した様子のユウダミ。

 

「これは、口石ですか」

「そこのお客人もそういっていたなぁ。そこでぐったりしているお客人だよ。まだお代をいただいていないんだ。そこのお兄さんが許してくれるなら、店の外に投げ出してほしいよ」


 ああ。というよりもこの男性。

 ワタシはたまらず目をそらす。それを見たことがないわけではないが、慣れたというほどでもない。それよりもひどい物を見たことがあるにはあるが、私はまだ慣れていない。故に、ワタシは静視ではなく、代わりに目を閉じ息を吐いた。

 羨ましさと不慣れな光景に臓腑から湧き出る気持ち悪さが止まらない。

 ワタシの表情は変わらないが、ユウダミは私の変化に気づいたようだ。私が見ていた男性を一目見て、一言つぶやく。


「あれはだめなようだね」

「……そう」

 

 ワタシはつぶやいた。

 この人が、なにを思ってそんな奇行に走ったのか。ワタシには見当がつかない。だが、どうやらユウダミは見当がついており、事情を大体察しているらしい。


「どうやら、彼にはとても素敵なものに見えたようだ」


   

 彼は、その置物にお礼を言って店を出た。ただ椅子に座っていた男性を肩にのせ、金貨を二枚置物の隣において。口石と彼が言った石を一つ買い入れて。ワタシは本棚から気になった書籍を一枚引き抜き、像の彼に確認を取って懐にしまった。

 ワタシとユウダミは、彼のために人が一人はいるぐらいの大きな穴を掘って、そこに彼を埋めた。彼に対して、小さく頭を垂れるそれは名も知れぬ彼に対する哀悼の意というやつだ。


 ユウダミは一通り終わると、少し笑ってワタシのほうに顔を向いた。


 その日は青い空だった。

 雲がなく透き通った深い青と、ほとんど整備されていない道。寝そべる夕霧。彼に対して、そろそろ行こうと提案をするユウダミ。そんなことをしても、難癖をつかれるだけなのはユウダミも分かっているだろう。

 ワタシは、もう一度だけ小さなお墓に対して合掌をし、名も知らぬ彼に対して、一言つぶやいた。何を言ったかは秘密である。




「では、行こうか」




 彼は一言言って、夕霧の上に乗った。

 ワタシは、胸に手を当てる。

 今日も、心臓は動く。









 ワタシは、薬学師と旅をしている。

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