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人魚の冷えた恋  作者: 東屋千草
人魚の冷えた恋
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ユリの秘密




「いってらっしゃいませ」


エーディットは、玄関でラウレンスを見送る。ラウレンスもそれに微笑んで、行ってくる、そう答える。

いつもそうだ。使用人たちは、仲睦まじい新婚のやり取りを見て、何を思うのだろうか。

真実を伴っていないことを知っていても、それでも、懸命に続けられる夫婦の会話に何を思うのだろうか。


「あ、そうだ。今日は、帰り仕事で、すごい遅くなると思うから、先に寝ていて。」


いつもとは違う返事にエーディットは、玄関の大理石の柄を意味もなく見ていた視線を、ラウレンスに向けた。

ラウレンスは必ず、仕事で遅くなることを使用人に言付ける。結婚して1月以上たって、一度として、直接エーディットに告げたことはなかった。

今までと、今日とで、何が違うのだろうか。


「はい、かしこまりました。お気をつけくださいませ。」


嫌な胸騒ぎがした。

それが、夫の無事を案じるものなのか、それとも、自分の身を案じているものなのか、分からなかった。

ラウレンスが振り向かずに出ていく。振り向いて欲しかった訳ではない。

でも、なぜか、きっと自分はこれから失望させられるのだろうと思った。


「奥様、どういたしましょう?」

「そうね、ブラムには纏まったお金を渡してあげて。お父様がお怪我をなさったならば入用だろうし、多めに。あと、ファンデル家のお医者様をお連れして。」

「そこまで、なさるのですか。」


ブラムは下働きだ。まだ幼いのに、家のためにファンデル家で簡単な遣いなどをしている。父親は大工だったが、屋根から落ちて足の骨を折ったらしい。

ファンデル家を取り仕切ることは、エーディットの仕事だ。

騎士の妻としての仕事は、義母に必要ないと言われた。子を産むという妻としての仕事は、ラウレンスに取り上げられている。

他の役割を求められていないエーディットにとっては、唯一の仕事だった。

うまく家を回すことに、エーディットは固執している。それが、今のところ、エーディットがこの家で自分の身の安全を確保するためにできる唯一のことでもある。


「フランカ、私には、」


呼びかけてから、エーディットは思いとどまる。

何を言おうとしているのだろうか。

私には、これだけだから。

そんなことを言って何になるのだろうか。


「……奥様?」


この結婚が白い結婚であることを、フランカは知っている。

結婚する前に、友人のお茶会で、白い結婚の意味を知った。少し年上の人に嫁いだ友人は、まだ少女と呼べる年齢だったけど、白い結婚を貫く約束だと言っていた。

お互いに恋愛は自由で、だけど、お互いを相手にすることは絶対にない。

その結婚は、白い結婚という名に似つかわしくない、どろどろとおぞましい色をしていると感じた。

エーディットの結婚はどうだろうか。白い結婚というよりは、無色だ。

なんの色も、なんの香りもしない結婚。

家同士の結びつきでも、血を繋げるためのものでもなく、いったい、どうして為されたのか分からない結婚。

ただ、エーディットを監視する瞳がいくつもあって、その瞳にエーディットが


震えるだけの結婚。


「なんの意味があるの」


誰でもいいから、教えてほしい。

エーディットは、そう思った。そして、それを誰も教えてくれないのだろうと思った。





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