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人魚の冷えた恋  作者: 東屋千草
人魚の冷えた恋
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アンモビウムは霧の中



エーディットは、ハッとして飛び起きた。

夢を見ていた気がした。何も見えない霧の中、息苦しくて、胸を締め付けられるような夢だった。まとわりつく湿気の冷たさは、冬の海に似ていた。

隣にラウレンスの姿はない。

飛び起きたエーディットの気配に気づいたのか、心ばかりのノックとともに、フランカが部屋に入ってきた。


「奥様、お着替えをなさいますか?旦那様からは、昨夜は無理をさせた。よく休めと言付かっております。」


無理をさせた

よく休め


その言葉の意味が分からないほど愚かではない。

エーディットがこの家で唯一、自分の価値を作り出せるものは後継だ。

ラウレンスは、その価値すら、昨夜、エーディットに与えなかった。それは、ラウレンスのやさしさだと思っていた。エーディットを気遣うものだと。

だが、何もなかったことをラウレンスは、表面上あったことにしようとしている。使用人が気づかないはずがないのに、エーディットを表面上は夫人として迎え入れさせようとしている。

真実は違うにもかかわらず。

その言付けは、エーディットを絶望させるには、十分だった。


「お義母さま、遅くなってしまって申し訳ございません。」

「かまわないのよ。ラウレンスからも、今日はゆっくりさせて欲しいと聞いていますから。まったく、あの子ときたら、新妻を放置して仕事に行くなんて。」


着替えたドレスは、妻らしく慎ましいものだ。派手な服装を好まないエーディットには有難いものだったが、あまり似合う色ではなかった。

ゆっくりさせろ

ここでも、同じ言葉がつぶやかれる。義母の表情は、それが真実であると疑わないものだった。


「私と夫も、今日中に本邸に戻るつもりよ。ここは、あなたが女主人として仕切りなさい。でも、無理は禁物よ。あなたの一番の仕事は、それではないのだから。」

「はい、お義母さま。」


ここの使用人は、みな、ラウレンスの味方ということだ。義母に真実を告げるよりも、ラウレンスの嘘を守っている。

どちらが、エーディットにとって安全なのだろうか。


「あの、お義母さまもご存じの通り、我が家は貴族ですが、剣に優れてはおりません。それに、男兄弟もおりません。ですから、騎士の伝統や行事、妻のすべきことが分かっておりません。どうか、ご教授いただけませんでしょうか。」

「……そうね。」


義母は、すこし微笑んで、扇子で口元を隠した。美しくて妖艶で、エーディットは、恐ろしさを感じた。


「でも、それは、形だけでいいわ。ファンデルには、必要のないことですから。」


エーディットは、少しの間、瞬きをして義母を見つめた。その瞳の形も、虹彩の色もラウレンスによく似ている。それだけじゃない、瞳の中の何かが似ている。

観察する瞳。

監視する瞳。

そうだ。義母とラウレンスの瞳はよく似ている。どちらも、エーディットを監視するものだ。

どうしてだろう。

望まれて嫁に来たはずだ。なのに、エーディットは監視されている。

信用できないから。

何者だか、わからないから。

そのどちらも真実で、そのどちらも違う気がする。

エーディットは、先が見えない霧の中に、ランプを持たずに立っている気がした。それは、霧の中でもがいた夢と同じで、息苦しくて身動きの取れないものだった。






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