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人魚の冷えた恋  作者: 東屋千草
人魚の冷えた恋
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希望とマリーゴールドの香り




「誓います。」


簡素な教会での誓いの言葉は思いのほか、響いた。ステンドグラスのない質素な教会は、最近、力を持ち始めたプロテンシー派の教会だ。カソリエケとプロテンシーは、同じ神を信じるのに、二つに分かれた意味があるのだろうか。

ぼんやりとそんなことを考えていたエーディットは、夫となった人の誓いの言葉を聞き逃してしまった。

たとえ、言っていようが言っていまいが、あまり関係はない。

エーディットの誓いが、流れ作業のように、夫のそれも同じだと思ったからだ。

死がふたりを分かつまで。

その誓いになんの意味があるのだろうか。死がなくとも、ふたりは分かたれているのに。

エーディットは結婚を機に、ユトレヒト州から、王都であるホラント州に移った。領地とは少し違う風のにおいがする。

先の侵略戦争で、決して明るいとは言えないリピーヴァ王国の状況を考えて、婚礼は教会での宣誓と、陛下からの告知だけで済ませることになっていた。

披露宴も、付随する社交もない、簡素な式だ。

それは、エーディットにとって、有難くもあり、恐ろしくもあった。社交界が嫌いなエーディットにとっては望ましいが、自分の価値を見出せないエーディットにとっては、簡素な式は、価値のないことの表われのようで恐ろしかったのだ。


「エーディット様、」


シルクの夜着は、ほのかにユリの香りがした。どこかで嗅いだことのある華やかな香りは、少しだけエーディットの頭を痛くする。

呼びかけてきたのは、ファンデルの家で、エーディットに仕えることになったフランカだ。

夫婦の寝室と言われて案内された場所は暗く、フランカの表情は、はっきりとしない。


「フランカ、下がっていい。あとは、二人で過ごすから。」


呼びかけたフランカの後ろに影が見えた。その影は、低くて、体の芯を揺さぶられるようだった。きっと、恋愛小説なら、これを甘い声と呼ぶのだろうけど。

その声が、誓いの言葉を、奏でるところを想像して、すぐにやめた。


「エーディット嬢。いや、エーディット。」

「はい、ファンデル卿。いいえ、ラウレンス様。」


エーディットが言葉遊びをすると、ラウレンスはちいさく笑った。

真似かい?

そう言って笑う姿を見ると、この人と、夫婦になって幸せになれるのではないかと期待してしまいそうになる。

髪の濃い色も、鼻梁の影も、長い睫毛も、それを否定するけれど、ほんの少しだけ夢を見たがるのだ。

緊張からか、それとも疲れからか、喉はカラカラで、水が欲しくてたまらなくなる。

この人と、どんなに苦しくとも、どんなに悲しくとも二人で乗り越え、嬉しいことを、美しきものを二人で見て笑いあう。

そんなこと出来るのだろうか。分かたれて、隔たれている自分たちに。


「そんなに緊張しないでよ。」


間延びした言葉に、エーディットは顔を上げた。へらりと笑ったラウレンスは、金色の髪と青い瞳だった。リピーヴァ王国に多いその色は、見慣れたものなのに、とてもきれいだった。エーディットの赤い髪とも、青に近いがどことなくくすんだ灰色とも違う、美しさがあった。

無意識にエーディットの体は固くなる。


「今日はさ、疲れたでしょう?だから、無理しなくていいよ。よくよく休んどかなきゃ、ね?」


そういって、ラウレンスは、エーディットにベッドに横になるように指示してランプを吹き消した。

拍子抜けしたエーディットは、静かに隣を見た。背を向けて眠るラウレンスは、鍛えられていて大きくて、とても遠く感じる。

善き人、なのだろうか。

善き人、そんな風に予感するのに、どうして、これほどに遠く感じるのだろうか。

エーディットは、その背中からしばらく視線を逸らすことができなかった。






失うことは、とても、怖いから

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