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人魚の冷えた恋  作者: 東屋千草
人魚の冷えた恋
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スカビオサは何を思うのか




体が重い。内臓をすべて鉛に変えられてしまったのかと思うほど、重くて、瞼を持ち上げることすら億劫だった。

ラウレンスは、わずかに目を開き、眩しさに辟易して、すぐに目を閉じた。

左手を動かそうとすれば、重くて持ち上がりそうにない。何とか、引きずって、刺された左の腹を確かめる。

包帯の感覚と、皮膚の鋭い痛み、内臓がうごめく鈍い痛みに同時に襲われた。

自分はディアナに刺されたのだ。そのことを思い出して、一つ深い息を吐き出す。

ディアナは、無事に逃げただろうか。

考えてから、どちらでもいいと思った。正しくは、どちらでも、仕方がないと思った。ディアナを逃がしたのは、確かに愛情のためだと思ったが、今はその感情が何だったのか分からない。

ずいぶん前に名前を与えたはずのその感情は、今は迷子になって、霧の中をさまよっている。

もう一度、重たい瞼を持ち上げる。以前、けがをした時と同じように、自分の体に欠損がないか確かめていく。

両目、鼻、口、両耳、聴力、視力、両足、胴体、左手、そして右手、すべて揃っていた。そして右手の感覚を思い出すと、自分よりも小さな手を力いっぱい握っていることに気づいた。

わずかに体を動かすと、ベッドに伏して眠っていた手の持ち主が動く。


「……ラウレンス様?」


ぼやけた視界の中で、青に近い灰色の不思議な瞳と目が合った。


「ラウレンス様!お目覚めになられたのね!」


良かった、良かった

そう何度も言い聞かせるように呟いたエーディットは、微笑んだけれど、いつもの判で押したような微笑とは少し違った。ほんの少しだけ悲しいとか、寂しいとか、そんな感情が混ざった微笑は、どうしてか、ラウレンスの心のどこかを揺さぶる。

ラウレンスが、体を持ち上げようとすれば、エーディットは両手で、それを助けた。ヘッドボードに体を寄りかからせて、エーディットは、一瞬、ラウレンスと繋いでいた手を見つめる。

繋いでいたことを悟らせないように、静かに、そして素早く、エーディットは手を離した。

名残を惜しむわけでもなく、一瞬で離された手の感覚は、支えを失ったかのように不安定になった。自分の手と世界の境界線があいまいになるような、そんな感覚だ。


「……ホフマン先生を、お呼びいたしますね。」


ラウレンスに背を向けて、出ていこうとするエーディットを引き留めようと伸ばした手は、無意識に止まった。






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