女王の花、ロベリア
「フランカ?」
「……お茶にいたしましょう、奥様。」
あれから、2週間、エーディットは欠かさず図書室にいた。この家は、ラウレンスを中心に回っているが、エーディットを仲間はずれにするわけではない。
その証拠に、エーディットが使い始めてから、図書室の埃は取り払われて、椅子や机、ソファも新調された。
本を日焼けさせないように引かれたカーテンも、埃が払われて、暗い部屋にともされた灯りの数は増えた。
2週間、エーディットが図書室にいるのは、理由を探しているから、だけではなかった。
「フランカ、ありがとう。」
フランカは、ずっと、この2週間、エーディットのそばに居る。最初は、監視のためだと思ったけれど、フランカなりの気遣いなのだと気づいた。
フランカが茶器を置くと、わずかに音が鳴る。きっと、フランカは元からの侍女ではない。それでも、努力して、ここにいてくれるのだと思うと、嬉しかった。
ノックの音に、フランカが振り返ると同時に、扉があいた。
「奥様に、お茶菓子を。」
「誰も、入れるなと言っておいたはずだけど、ドロテア。」
フランカは、声を低く、そう告げた。
「あら、そうだったかしら?奥様、どうぞ、お茶菓子を。」
「……ありがとう、ドロテア。でも、気分じゃないの。下げてちょうだい。」
優雅な動き、流れる所作だったドロテアは一瞬、止まって、美しく微笑んだ。
それは、残念です。
そう言いながら、ドロテアは、纏めた髪からこぼれている後れ毛を中指で上げた。
エーディットは、紅茶を口に含む。紅茶の香りは、先ほどより、ずっと薄く感じた。
「ドロテア、下がっていいわ。フランカがいてくれるから。」
「でも、奥様、」
「下がっていい。そう奥様が言ったの。聞こえなかった?」
フランカは、小さな声で言ったが、図書室ではよく響く。
美しい青の瞳が怯えたふりをしたが、それが嘘であることは、良く知っている。ドロテアが、また後れ毛を気にする所作をした。その首に、赤い鬱血があることを、見せつけるようだ。
それが、目に入っても、エーディットは揺さぶられたりしない。そんな無駄なことは、会ったその日にやめた。
美しい顔が誇らしげに歪む様を見ても、何も感じない。
――――いいように、取り計らってやって
そう言っていたラウレンスの表情を、エーディットは思い出せない。
「でも、奥様の食欲がないと伺ったので。食べやすいものをシェフにわざわざ用意してもらったんです。」
わざわざという言葉を強調して使った。ドロテアの顔はとても美しいのに、歪んでいる。
「そう……それならば、少し。」
居座るつもりなのだろう。ドロテアは、エーディットの横を陣取って、茶菓子を皿に付け分けた。
「……仕事には、慣れましたか?」
「ええ。とても、皆、良くしてくれますから。」
一口、ゴーダワッフルを口にしたが、香りのせいで味がよく分からない。
「本当に、ラウ様にはいつもよくして頂いています。」
香りの強さに眩暈がして、エーディットは、ゴーダワッフルを皿に戻した。
ラウレンス様は、親切な方ですから。
そう言おうと思って、やめた。自分でも滑稽だと思ったからだ。せめてと思って、ゆっくり、完璧に、自分が女王だと思ってほほ笑んだ。
「やっぱり、気分じゃないわ。下げて頂戴。」
私は、女王。
だから、わがままも言う。
妻としてここにいる。だから、誰が何といっても、ここの女王は、エーディットだ。
だから、ラウレンスが寝室を抜け出して、甘い香りを纏わせても、ここの女王はエーディットだ。
そう思わなければ、何かが壊れてしまうと思った。
それが、ラウレンスとの関係なのか、自分の心なのかは分からなかった。




