日記
今日から夢にまでみた1人暮らしが始まる。新生活の始まりに心を踊らせながら上京してきた俺にとって東京は驚くことの連続であった。何より人が多い。俺の住んでいた熊本とは違い夜はいつも明るいし、色々な所で行列ができている。初めての連続で疲れたから今日は早く帰ってゆっくり休むことにした。金がなかったため俺の新居はボロアパートであったが俺にとっては十分であった。実は最初からこの部屋に入ると違和感を感じていたが俺にはいわゆる霊感というものは全くと言って良いほどなく、幽霊などの類は1度も見たこともないし、感じたこともない。元より目で見たもの以外は信用しない性格だから全く心配もしていない。今日はとりあえずこの部屋を探索しようと思う。この家は1DKで
古い家なので畳が貼ってある。いわゆる床下収納というものがあり、大家曰く10年前からこの部屋は空き部屋になっていてかなり荒れていたため自分で片付けるのなら家賃は安くしてやると言われたから喜んで入居した。そんな環境なので何か面白いことはないかと天井裏などを探索したが何も見つからなかった。そして遂に床下収納を調べてしまったのだ。床下収納の中からは1冊の日記帳らしいノートが出てきた。それはいたって普通のノートだったが同じ部屋で過ごしていた前の住人の事が気になり、とうとうこれを開いてしまった。好奇心は猫をも殺すと言うが俺は好奇心を抑えられない性格だから少し躊躇はしながらもその前の住人の営みが記録されているであろう1冊の日記帳の表紙をめくった。
〜1日目〜
今日から新生活がスタートだ!こんなボロい部屋でも初めての1人暮らしだから俺にとっては正に城のようなものだ。今日から1人暮らしを全力で楽しむことにしよう。しかし、この部屋からはなぜか違和感がする。おそらく初めて都会に来たから緊張してるんだろう。じきに慣れてくるだろうから特に気にせずバイトに行って生活費を稼がないとな!
…この人も俺と同じ境遇だったようだ。何かシンパシーを感じるな。そういえばこの人もあの違和感を感じていたらしい。緊張と言っていたからおそらく俺も同じなんだろう。気持ち悪い謎も解けたしスッキリした気持ちで明日を迎える事ができそうだ。と思いつつ次のページをめくった
〜2日目〜
あの違和感の正体は緊張ではなかった。よく目を凝らしてみると部屋の隅の目立たないところにまるで空気のように薄い存在感で佇んでいた。最初は恐怖を感じていたがあいつは特にこちらに干渉してくるわけでもないし気にしなければいないのと同じだろう。違和感の正体がはっきり判明してよかった。
…大家からは特にそんな話は聞いていなかったがあの違和感はそういうことだったのか。霊感のない俺にはどうでもいい話だし、第一俺はどこを見てもこの人の言っている「あいつ」というものは見えない。本当に霊感ないんだなと苦笑いをした。まぁ、これで大学で友達に話す良い話題が見つかったなと思いつつ次のページをめくった
〜3日目〜
やはりあいつは全く動く気配はない。前は見るたびに少し今すぐ動き出して俺に襲いかかってくるのではないかとも考えてしまうほど不気味だったが今となっては完全に慣れてしまっている。あいつは何なのだろうか… 今のところ分かっているところはあいつはいつも少し笑っている。そして、髪の長い男でまるで落ち武者のように髪が乱れているのだ。しかし、俺にはあいつが落ち武者ではないと分かる。なぜならあいつは首が異常に伸びているからだ。首吊り自殺をした人間は首が伸びると聞くからおそらくあいつはこの部屋で首吊り自殺をした人間なんだろう。あの大家め、事故物件を押し付けやがったな…
…俺はこの部屋にいるのが恐ろしくなっていた。冷や汗が止まらない。鳥肌が立ってまるで頭がすぐに逃げろと警鐘を鳴らしているようだった。しかし、ここで退いてしまってはこの積もりに積もった好奇心をどこにぶつければいいのか。と自分を鼓舞して次のページに手をかけようとしたその時指が震えて感覚がなくなり、まるで自分の手ではないのではないかという錯覚を与えられるほどの恐怖を感じていたことに気付いた。それと同時にここが引き返せる最後のチャンスであると直感的に悟った。だがここで退いてしまうと自分の好奇心が収まらない。俺はとうとう覚悟を決めて更にページをめくった。
〜4日目〜
あいつはやばい。いつの間にかあいつが顔を上げていた。あいつの顔を見てるだけで体の自由がなくなってしまうほどの恐怖を感じている。あいつの顔は悪意に満ちている。笑っているように見えたのは口が裂けて口角が上がっているだけだった。そしてあいつの目はいつだって俺を見ていて時折虫を見つけた子供のように無邪気だが残酷な目をして笑うんだ。俺はあいつに殺されてしまうのだと確信を持った。もしこの部屋に入居しようとしているやつがいれば今すぐ逃げろ。俺はもう手遅れになってしまったがお前はまだ間に合うはずだ。もしあいつの姿が見えていないのであれば安全だ。もし見てしまったとしてもおそらくあいつの顔さえ見なければ大丈夫だろう。
…これはやばい事が起こっているという直感という曖昧なものは俺の中で確信に変わった。しかし、まだ周りを見渡してもまだ何も見えない。それに姿が見えたとしてもまだ顔を見せるまでには余裕があるはずだ。日記の主が言うには「あいつ」の顔さえ見なければ良いようなのでまだ余裕がある。そんなことより先を読まなければ。これから日記の主はどうなってしまったのか、「あいつ」はどう動いたのか、俺の好奇心はもう止まることを知らない。震える指をまた無理に動かし次のページに行こうとしたが先ほどはかろうじて動いたのだが腕が動かない。恐怖が増して更に開きにくくなっているようだった。しかし、俺はもう好奇心に取り憑かれてしまっている。なぜ引き返すことができるのだろうか。と自分を説得した。5分ほど経ってからようやく少し動くようになっていた。俺は好奇心に身を任せ、最後のページをめくった。
〜5日目〜
あいつは少しずつ俺に近づいてきている。どうやら俺は助からないらしい。家の外に出れば安全だと思い出てみたがダメだった。残り短い俺の人生の中でできることはもう俺みたいなやつが2度と出ないようにせめてこの日記で警告することしかできない。あいつの距離からしておそらくあと1時間で追いつかれてしまう。もう体力も限界だ。もしこの日記が大家に処分されてしまうと後のやつに残すことができなくなるため、台所の下にある収納に隠しておくことにする。さっきも言ったが早く逃げろ。
…これで最後か。まだ「あいつ」は見えないがこいつの言う通り早く逃げた方がいいらしい。その証拠にどんどん恐怖で体の自由が失われていくことが分かる。あれ?これで最後だと思ってたが1ページ裏表紙にくっついているぞ。これはなんだ…閉じられたページに何か書けるわけないから白紙に決まっているがどうしても気になる。俺にはまだ「あいつ」は見えないからとりあえずこの閉じられたページを開いてみよう。
俺はそのページが破れてしまわないように慎重に剥がしていった。
見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな
見ているぞ
とそこには血のように真っ赤な文字で書かれていた。
なんだこれは…一刻も早く逃げなくてはいけない。急いで部屋から逃げなければ
「みーつけた」
と振り返った時に目の前にあった口が裂け、まるで新しいおもちゃを買って貰った子供のような無邪気な目をしたやつが目の前にいた。それから俺は2度と恐怖を感じることはなかった。