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PHASE.5

 一目見てすぐに分かった。

 芸能人らしくニット帽とマスクで変装していたが、もはやトレードマークになったボブカットは隠しようがない。ほぼほぼ見間違えないぞ。なぜなら毎日、テレビに出てるから。実物にもさんざ会ってるから。


「えッ!えええッ、え!こ、この子、もしかしてタレントの秋山すずかですかッ!?」


 依田ちゃんは悲鳴のような声を上げる。そうだ、そう言えば初対面だった。そう、こいつこそ秋山すずかこと、六園涼花(りくえんすずか)である。


 人気芸能人を捕まえてわざわざ、こいつ呼ばわりするのは、涼花が実は九王沢さんの親戚であり、かつて、北茨城の温泉で厄介な目に遭わされているからである。


 それがどうしてこんなところに!?これ、ただの偶然じゃない。もしかしたら、もしかするぞ。い、いや、ひょっとして…?


「なんですかいきなり!?」

 迷惑そうに身をこごめる涼花に、僕は最も気になることを尋ねてみた。

「も、も、もしかして!九王沢さんが来たのは、お前のうちか!?」

「そうですけど!何か悪いことでもあります!?」

 と言いつつ、さっさと309のインターホンを押す涼花。

「あら、お帰り涼花…」

 すると中から出たのは、これまた聞き覚えがある声。この小生意気な女優の美人マネージャー、児玉佐奈恵(こだまさなえ)さんなのであった。


 脚の力が一気に抜けた。浮気じゃなかった。違って良かった。とんだ誤解だったのだ。やっぱり、九王沢さんがそんなことするはずないのだ。


「なんだ、お嬢様お一人じゃなかったんですね」


 児玉さんは、なんの屈託もなく、僕たちを迎え入れてくれる。わーなんて広くて明るい暖かな室内。地獄から天国へ、を象徴するとはこのことである。


「あの…ちなみにここ、誰の家なんですか?もしかして、涼花の?」

 と、僕は、涼花を見た。涼花はそれには答えず、何やら僕を恨みがましそうな目でみてくる。何か答えるのかと思いきや、ぷいっとそっぽ向いた。相変わらず、かわいくねえな。代わりに児玉さんが明晰に答えてくれる。


「いえ、ここは、涼花とわたしの会社のオフィス兼仮眠所ですよ。ついこの間、引っ越してきたんです」

「え!」


 と言われて振り返ると、壁のホワイトボードに、ロゴ付きの社名がプリントしてある。『すずはなエンターテイメント』。つまりここは、秋山すずかの個人事務所が持っている部屋なんじゃないか。


「以前、お話ししたかと思いますけど、涼花は、大手事務所とこの所属事務所が業務提携している形で仕事しているんです。ま、この事務所、実際は、タレントは涼花一人ですし、わたしがマネージャーを務めるためにこのような形にしているわけですが」


 あ、そう言えばなんかそれらしい話は、聞いたことがあった。詳しくはシリーズ『九王沢さんにまだ誰も突っ込めない』参照である。


「つい、昨日まで、雑居ビルの貸しオフィスを使ってたんですよ。でも、出入りするのは女性ばかりですし、防犯上の問題があるから、このマンションに越したんです。涼花やわたしが自宅に戻れないとき、ここでお泊りも出来ますしね」


 そうか、そう言うことだったのか。九王沢さんがスーパーで紙のコップだの、お皿だの、急場しのぎの食器を調達していたわけと言うのは。涼花たちはこのマンションに越してきたばかりだから、細かな家具がまだ揃っていなかったから、なのである。


「じゃあ、九王沢さんは引っ越しのお手伝いをしていたってことですか…?」

 依田ちゃんが尋ねると、児玉さんはなぜか、ちょっと微妙な顔をした。

「いや、まあそうだと言えば、そうなんですけど、どうも、お嬢様個人の事情があるみたいで…」


 と、僕たちの視線は部屋の奥へ向く。するとアイランドキッチンのすその辺りから、人見知りの家猫のようにこそこそ這い出してきたのは。まさしく当の九王沢さんである。


「え、そんなとこに隠れてたの…?」

 突然の僕たちの訪問にびっくりしたんだろうけど、この超反応はおかしすぎる。今にも泣きそうな顔をしていた。

「先週、急に連絡があったんですよ。どこでもいいから泊まる場所を探しているそうで。とりあえずわたしのマンションか涼花の実家に…と思ったんですけど、どうも様子がおかしくて」

 児玉さんも困惑しているようだった。だって、あの九王沢さんが宿無しなんて。しかも先週から。そんなに困ってるなら、どうしてまず彼氏の僕に相談してくれなかったんだ。

「九王沢さん、それなら僕のところへ来れば良かったのに。事情は分からないけど、よく泊まりに来てくれてるんだから、僕のとこならいつまででも大丈夫だよ?」

 と、僕が言ったが、九王沢さんはふるふると、かぶりを振るばかりである。

「そうだよ、九王沢さん。だったら、あたしの部屋に来たら良かったのに。先輩の汚部屋じゃ、ゆっくり寛げないでしょ?」

「そんな、二人とも…迷惑になりますから…」

 消え入りそうな声で九王沢さんは、言う。いや、ますます心配である。本当にこれ、いったいどうしちゃったんだ?

「そんなこと言ったって、二人とも、もう遅いですよーだ。お嬢様はっ、今日からここにわたしと住むんですから!」

 九王沢さんに詰め寄る僕と依田ちゃんの間に、ずいっと涼花が割り込んでくる。さっきまでむすくれてそっぽ向いてた癖に。まるで九王沢さんをかばうように、両腕を広げて僕たちの前に立ちはだかったのだ。

「すっ、涼花…このっ、なんだよいきなり!おまっ、関係ないだろ!?急に話入ってくんな!お前の仕事場の話なんか、どうでもいいんだからなっ!?」

「仕事場じゃないですよーだ!ここっ!わたしとお嬢様の!プライベートハウスですからっ!関係ない人は出てって下さいッ!」

「涼花ッ、お前言ってること無茶苦茶だぞ!?そもそも、関係ないのお前だろうが!?」

 もみ合いになりそうな僕たちに、依田ちゃんと児玉さんまで加わって大騒ぎだ。

「落ち着いてください先輩ッ、相手芸能人ですよ!?それにここ、人んちじゃないですか!?」

「涼花もいい加減にしないさい!ここはあんたの家じゃなくて、会社なんだからね!」


「もうっ、やめてくださいっ!!」


 耐え切れなくなったように、九王沢さんが大きな声を出したのは、そのときだった。僕たちは一斉に、静まり返った。


「全部、わたしのせいです。…わたしがしっかりしていないから、すうちゃんや児玉さん、果ては、那智さんや依田さんにもご迷惑を掛けることに。…本当に申し訳ないです。わたしが、皆さんに秘密にしていたからですよね。ごめんなさい…」


 話しながら九王沢さんは、ぼろぼろ涙をこぼしていた。いや、だがこれ、元はと言えば、ただの自宅の話である。それがどうしてこんなところまで転がって行ってしまったのか、どうしても僕には分からなかったが、ここへ来て九王沢さんの号泣は反則だ。


 確かにここまでで分かった事実のみで言うと、親戚の涼花の会社のマンションに、まるで潜伏するように暮らしている、と言うのは、ただごとじゃない事情があってのことだとは思うけど、そもそもこれ、そんなに深刻な話だったんだろうか。


 ここで声には出さないが、今こそ地の文で僕に力いっぱい言わせてほしい。


 どうしてこうなった!?


「これから、本当のことをすべてお話しします」


 すると、まるで本格ミステリの犯人のように、九王沢さんはついにその重い口を開いたのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 九王沢さん、このような対策していたとは…! すずはなエンターテイメント。可愛い事務所名ですね!(^^)! 本格ミステリの犯人のように、って!  那智さんじゃないですけど、「自宅」だけでなぜ…
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