58話 ダンスと賞とご褒美と
イベントは続き、勝った俺と雷堂にも次のバトルがあった。
結果は負けた。また、俺のせいで。
ダンス中、腕を痛めるという失態を犯し、それでもダンスを続けようとして雷堂に蹴り飛ばされた。おかげで、俺の分まで雷堂が踊ってくれた。ただ、相手のダンサーが上手くて、ふたりで踊る振り付けのヴァリエーションが豊富で、戦い慣れていた。ひとりでは勝てないって言われたみたいで、悔しかった。
急遽、ほまれさんが来てくれて、応急処置をしてくれた。ひとりで伸ばせなかった腕を伸ばしてくれて湿布を張ってくれる。おかげで今では痛みがあるけど動かせるようになった。
情けなさで打ちひしがれるのもつかの間で、すぐに踊っている人を応援するようになる。
決勝戦は、すごかった。
踊ったからわかる。疲れてへとへとのはずなのに、そこから力を振り絞って大技を決める。決勝にかかる今期のアニメの曲を予想して息ぴったりのダンスを見せるとか、積み重ねと努力と、このイベントにかける熱意を見せつけられた。
決勝で、勝った人の腕が挙げられた瞬間、わけもわからず声を出して駆け出していた。
決勝が終わって、映画のエンディングロールのような気分で、帰りそうになっていると、みんなに止められる。ジャッジの人がイベントの感想を話すらしい。ってことは花恋が話す。正座して、待機した。
ジャッジのダンサーたちが、それぞれマイクを持って感想を言っている。みんな、明るい表情で楽しそう。口々にダンサーも個性派だけど、お客さんをほめていた。こんなノってくれるイベントは他にはない、と。アニソンでのダンスは技術以上に一体感が求められて、ダンスの価値観が崩れそうになったらしい。ジャッジのひとは、必ず、楽しかったと言ったあと、個人賞を渡していた。
ジャッジが好きなダンサーに賞を贈るみたいだ。優勝以外にも、こんな賞があるのっていいな。
花恋から、賞をもらえたら嬉しい。
そう思っていると、花恋の番だった。マイクを持った花恋は立ち上がって、うーんと背伸びをしてから言う。
「イベント、もう終わっちゃうんだって思うとすーっごく、さみしいです。じつは私、このイベント参加したことあるんです。第3回目のときかな。ちなみに、覚えてくれてるひと、いますか?」
「「はーいっ」」
大勢が手を挙げた。もちろん、俺も。MCや花恋の横のツーブロックのジャッジの人も、観客の人もみんな声を上げて手を振っている。
「うれしいな。あのときもそうだったんですけど、ダンサーじゃない一般のお客さんのね、エネルギーがすごいんです。皆、盛り上がるときは盛り上がって、みーんな笑ってくれて、みんな、楽しんでくれてるんです。でね、でね。個人賞、ダンスを見てくれたみんなにあげちゃダメ?って聞いたら、ダメーって言われて」
ブーイングがなる。花恋が目をバッテンにして「あのひと、あのひと」ってMCを指さす。ブーイングをくらった主催者でもあるMCは必死に言い訳をしていた。
「じゃあ、別の人って言ったらまさかの被りで、ちょっと喧嘩して、結局また変えることになったんですよ。じゃあ、もう好きなひとにあげちゃうからねーって。控室でジャッジのみんなとワーワーやったって言う裏話」
てへっ。笑って見せる花恋は、となりのツーブロックのお兄さん、略してツーブロさんを手で押していた。ツーブロさん、苦笑いを隠せないでいた。ほかのジャッジは身内ネタに笑っている。みんな仲がいいみたいで笑いがうつりそうになる。
「と、いうことで個人賞ーーっ。ライチちゃーんっ」
「やると思ったケド。あーっ、もう、いっつも振り回して」
雷堂が頭を抱えながら立ち上がり、花恋のところへ行く。プラカードの賞状を受け取った雷堂がほほをかきながら視線を泳がす。
「レペゼン、七色エスケープ」
MCが叫ぶと、わぁっとお客さんが拍手してくれる。花恋と雷堂は慣れたように手を振っていた。ふたりで肩を組んで、氷室さんを指さして手を振る。氷室さんは嬉しそうに手を叩きながら首を振っていた。
「あとあと、お知らせが2点。ごめんなさい、ファンの人たち向けのPR入ります。ライチちゃん、もうちょっと、いてよーっ。ひとつめーっ、次回のライブ告知ーっ」
いきり立つのは俺と同志。公式でも発表されるだろうけど、こういうところでリークできるのがちょっと嬉しい。
ライブ情報をきっちり押さえる。箱が2000人ぐらいだから、またすぐ埋まりそう。段々チケットが取れなくて、花恋に土下座することが増えてくるんだよな。
「もうひとつはねー、ライチちゃんっ」
マイクを渡された雷堂が話す。
「話す気、なかったんだけど。今度、新曲出す。アタシのソロ曲。うーんと、今日アタシのことちょっとでもいいなって思ってくれたひと。動画サイトにアップされるから、見て」
たどたどしくも、しっかりと雷堂が話す。
「まいったな。しゃべるの、苦手。けど、そうも言ってられない。曲だけじゃなくてミュージック・ビデオのほうも見てほしい。ずっとそれの準備してて、2キロやせた。曲名は、モンスター。期待しててよ。今日、みんなと仲良くなれた気がする。みんなが聞いてくれたら、うれしいかも」
はにかみながら雷堂が笑って、マイクを花恋に投げ返し、帰ってくる。
何事もなかったように帰ってきて、一息つくと「うーーっ」とうなり始めた。「よし、よし。じょうず、じょうず」氷室さんが顔を真っ赤にする雷堂をなだめていた。
「長くなってごめんなさいーっ。七色エスケープ、天宮 花恋でしたーっ。あとあと、予定が合えば、このイベント参戦しちゃうからーっ。よろしくねーっ」
最後までお客さんを沸き上がらせて、花恋は椅子に座る。となりのひとにマイクを渡した。嫌そうに立ち上がるツーブロさん。花恋は、にぱっと笑っていた。
「えーっ、ダンサーのアイです。天宮さんと不仲なアイです」
ジャッジの間で笑いが起こる。花恋と喧嘩したの、この人かよ。今日、何度も目が合ったジャッジのお兄さんだった。
「第3回アニストのとき、天宮さんと当たったんですよ。当時、僕も大きな大会で勝ってて脂がのった状態だったのか、ピリピリしてて、まあ煽ったりしたんですよ。けど、まあ華麗にかわされて余裕見せつけられたんです。この人、絶対、世界に出てくるだろうなってわかった。けどね、けどですよ。相方、へたくそなんですよ。そりゃもう、かわいそうなぐらい下手くそ。なんで天宮さんと組んでダンスしてんだって思うぐらい下手くそでイライラして、当たり散らかしたんですよ」
ツーブロさんは目を閉じる。
「その日、知ったんですけど、それ、はじめてダンスしたそうなんです。そしたら俺、なんてことしたんだろうって。ダンスの楽しさも知らずに、ダンスバトルの怖さだけ知っちゃったんだろうなって。後悔してた。もうずっと後悔してて、いつか会えたら謝ろうって思ってた時にジャッジで、また、このイベントに呼ばれたんです。ワークショップとかしてても、ダンスの楽しさ教えるわけじゃないですか。ずっとここに刺さってるんですよ」
ハートを指さして、ツーブロさんが痛みを訴えた。
「けどさぁ! そいつ、いるんですよ。しかもさぁ! ダンス、続けてるんですよ。俺が下手くそだってバカにしたダンスにさ、俺は今日、この手を挙げたんですよ。こんな、うれしいことって、ありますか。まず、一言言わせてください。最高だよ、アニストーーッ」
感動的な再会と、心からの言葉にちょっとうるっと来そうになった。
「だから、僕はこの人に賞をあげたい。今日、みんなを巻き込んだ台風の目。ストロングスタイルのブレイカー。僕が認めるB-boy、あなたも今日から花恋推し」
自分の名前を忘れていて、なんでいきなり花恋のことよんだのかと思った。
あれ、なんか急に俺、呼ばれたぞ。
「なんであんたが感動してるのよ。あなたのことじゃない、全部」
「やっぱり、やっぱり雑音だ。はははーっ、あのひと、雑音のことを、ずっと意識してたからあやしいと思ってたんだよ」
「ああ、あの煽ってきたお兄さんか。ヒゲはやしてないから、わかんなかったわ」
「ククッ、いけよ時雨。おめでとう」
「おめでとう、あまみやくん。個人賞よ、すごいひとから」
俺は立ち上がりツーブロさんのところへ行く。
なにかくれるのかと思ったら、いきなり抱きしめられる。
「すまなかった。ありがとう。ダンス、続けてくれて。どんな理由でも、君が今日ここに立っていることが、僕は嬉しいです」
なんでなのかは、わからない。そんな言葉が嬉しくて、身に染みた。
「個人賞、受け取ってください」
individual award 個人賞と書かれたプラカードを、貰った。
ツーブロさんはよく見ると、花恋と同じTシャツを着ている。花恋と同じ大会で、成績を収めた、すごいひとなのかもしれない。
「ダンス、2回目なんです。練習では、どれだけやっても、手ごたえを得ることがなかった。バトルに出て、ようやく踊る目的がわかった。ダンスは見せて、見せた人を喜ばせて、また見たいって思われてこそなのかもって。それを掴んで、こうやって形として賞をもらえるのは嬉しい。ダンスバトルはどこかアイドルみたいに、お客さんを魅了し合うゲームのよう。ツーブロさんは、戦う相手を間違えてたんじゃないかな」
ジャッジの席に座り、一番近いお客さんとして見ていた花恋が、心底愉快そうに笑った。
「そこに相手が絡むと、ストーリーが生まれて、お互いに変化が起こるんだよ。まだまだダンスバトルは深いよ。いつか、君と戦いたい。ありがとう。僕はこの先、感謝と尊敬を忘れずに戦える気がするよ」
「ありがとうございました」
短い会話を交わして、もう一度だけハグをした後、俺は自分の座っていたところに帰る。
「個人賞とったぞ。あとでみんなで写真撮ろう」
そういうと、みんなオッケーしてくれた。
こうして、俺のイベント参加は終わった。
終わった後が本番というか、会場内にいた人たちがそのままストレートに帰路につくわけじゃない。ダンサー同士が褒め合い称え合ったり、二次会行こうって誘いをみんなにしてたりしている。
花恋と雷堂と氷室さんは楽屋へ帰ったけれど、俺は今日知り合ったひとに声をかけられていた。ただ、誰もが俺にてきとーにあいさつした後、後ろの人たちはだれ?って聞いてくる。美月と雪姫に近づきたい人も多かった。
鉄虎さんとすのこさんは、声をかけるために待っててくれた。すこしだけ話して、続きはSNSでと別れた。
「ごめん、遅れた。雪姫は?」
「すこしだけ、外してるわ。ねっ、優勝できなかったわね」
私服に着替えた美月がそう言ってくる。
優勝したらデートしてくれる約束してたのに。
「言ってくれるなよ」
湿布の張られている腕を上げながらいう。
美月は腕を後ろでくんで、すこし体を揺らしながら、赤い唇をつばで濡らしてから言った。
「しぐれ、今日格好良かったし、個人賞も取ってるでしょう。ご褒美デート、してあげよっか?」
「する。ご褒美デートする。してもらう」
「よし、よしっ」
ほっとしたように美月が笑ったときに、雪姫が近づいてくる。
「わるい、わるい。トイレいってた。帰ろっか。あれれ、なにかいいことあった?」
不思議そうにする雪姫に「ちょっとだけ」と答えて、俺たちは帰った。




