53話 楽屋に集合
美月を連れて、慣れ親しんだ楽屋に入る。ノックをしてから控えめにドアを開ける。
中を確認した俺はゆっくりドアを閉じた。
「なんでよ。雪姫も待ってるんでしょ、入るわよ」
美月がドアを開けると、さっき見たうそみたいな光景があらわれる。
ソファーの上であぐらをかく雷堂と、その横で長い脚を組みながら肩を寄せ合って笑っている雪姫だ。
「なにがあったの、これ」
「雑音、ちょっと、ちょっと。ケーキ選んで。雑音がなんのケーキ食べるか当ててるんだ」
「当てたらケーキ食える。ほら、選べ」
「お前らさっきちょっと威嚇しあってなかった?」
「んー、んー。なんのこと?」
「わかんない」
ふたりはお互いに見つめ合って肩をすくめて見せる。
「まあいいや。ケーキ選ぶわ」
俺は雷堂を詰めさせ、真ん中に座る。となりの雪姫は詰めなくても余裕で座れるぐらいのスペースしか使っていない。足が長いから当たるけど。
なぜか目の前にはケーキが10個ぐらい並んでいた。もうすでにいくつか食われている。いや、いくつ買って来たんだよ。
「みつき・・・・・・みつきぃ」
氷室さんが美月を見て目を輝かせながら、名前をよんでいた。
「あら、氷雨じゃない。なんだか会うのは久しぶりね。ちょっと前までは毎日顔を合わせてたのに」
「ぐすっ。転校して、だいじょうぶ? こまって、ない?」
「わたしは大丈夫よ。しぐれや雪姫がよくしてくれてるもの」
「そうなのね。よかったぁ。でも、さみしいわ」
氷室さんが美月にぴったりと寄り添う。氷室さんが下から美月を見上げながら話し、美月が優し気に見つめながら頷く。なんだか素敵な関係だった。
「素敵じゃん」
「エリス女学院で同じクラスだったって、前言ってた。困ってるときいつも手を引っ張ってくれるって」
「ふーん、ふーん。美月らしいや」
「あの手の繋ぎ方を恋人つなぎにしたらもっと素敵なのに」
ぼそりを俺は言った。絶対に聞き漏らさないやつがいた。
「おー、おー。雑音、わかるー。やってみる?」
雪姫が指を広げながら手を出してくる。俺が手を合わせようとすると、横からひょいっと手が伸びて来て。
「ほら、これでいいだろ?」
「いやー、いやー、アイドルと手を繋いじゃった。はははーっ」
「なんか俺が思ってたのと違う。雷堂がそのつなぎ方してもさ、プロレスじゃん」
後頭部に雷堂の肘が飛んできて、雪姫が長い脚をばたばたして笑うせいで俺にぶつかってくる。美月がそっくりって言ってた意味がちょっとわかった。こいつら、女らしさのかけらも無いんだ。そう思うと、俺の座ってるほうが女子高の日常のよう。テーブル挟んで向こう、美月と氷室さんがいるのが、お嬢様学校って感じのいかんともしがたい壁がある。
「ケーキもらうぞ」
「どうぞ、どうぞ」
もらったケーキはフルーツの乗ったタルト。プラスチックの小さめのスプーンでケーキの上で転がり落ちそうなブドウを拾ってほうばる。うめえ。
「えーっ、えーっ。イチゴのババロアケーキじゃないの。もっと乙女チックなの食べると思ったのに」
「よし、時雨ナイス。それいくと思った」
雷堂が機嫌良さそうにわらっている。
「それじゃ一口くれ」
「なんで当てたら俺からひとくちもっていくんだよ、ルールおかしいだろ。まあいいけど。フルーツなにたべるよ」
「メロン」
「だめ。オレンジなら妥協ライン」
「柑橘系すっぱいんだよな。いちご」
「くうーっ、しょうがねえ。はい、あーん」
「んん、うまい」
雷堂に餌付けする姿を雪姫が見ていた。
「いいなー、いいなー」
「オレンジでよいか?」
「うん、うんっ」
「ほら、あーん」
「ははっ、ははっ。なんだか、てれるー。おいしい」
「結局ケーキ食いたいだけじゃねーか」
ふたりが口をつけたスプーン。意識してしまう。けど、なんだか意識してるのを悟られるのもしゃくなので、平然を装ってカットされたメロンをスプーンで食べようとする。案の定だ。俺は口に運ぶまでにメロンを落とした。すばやい動きで雷堂がメロンをかっさらう。そのまま自分の口にいれやがった。
「ガッデム。俺のメロン・・・・・・」
「落とした時雨がわるい」
「はははっ、間接キスなんて意識するからだよ」
「やめろ。言うな、スプーンなめるぞ」
「いやだ、それはいやだ。生理的に嫌。スプーン貸しなよ、食べさせてあげる」
雪姫にスプーンを渡す。
「なに食べたい?」
「ブルーベリーとタルト」
「よし、よし。ほら、雑音あーん。お口あけて」
「あーん」
口の中にスプーンが入れられ、口を閉じる。見事にスプーンが口から引き抜かれて俺は空振り、雪姫はケーキを自分で食べていた。
「なんでだよっ」
「つい、ついね。ごめん、ごめん」
ほほについたクリームを舌で舐めながら雪姫が口でだけ謝ってくる。
「おい、こらスプーン返せ」
「やーだよ。まだ、からかい足りないんだ」
「無理やりとってやる」
「わっ、わー、強引。やれやれ、強引な男は嫌われるぞ、雑音」
俺は雪姫の手首をつかんでスプーンを奪い取ろうとする。雪姫は逃げるようにソファにもたれた。その上に覆いかぶさってスプーンを奪い返す。これで落ち着いてケーキを食える。
「とったぜ」
「いけ。時雨、そのまま押し倒せ」
「雷堂、なんの実況やってんだ」
「そうだよ、トラ。雑音に襲われるとか、飼い犬に手を噛まれるみたいで恰好わるいじゃないか」
「だれが飼い犬だ、こら」
「ほう、ほう。躾けてやろうか」
「じれったいな。いくならいけよ」
雪姫を押し倒すような恰好。雷堂が横でにやにやしてみてくる。満更でもないように雪姫も楽しんでいるように見えた。
「はは、ははは。雑音、残念だったね」
「なにが?」
そう言うと雪姫は意地悪に笑って、棒読みでいった。
「ヤダー、ヤダー。雑音に、おそわれるー」
美月と雷堂の笑い声が聞こえた。なんでだろうと不思議に思っていたら、その意味がすぐにわかった。
「ふぅん。お兄ちゃんは私の楽屋で雪姫さんを襲っちゃうんだね。 さっさとなおれー」
いつの間にか、俺のすぐそばに来ていた最愛の妹の声がする。一番まずいシーンを見られてしまった。
「ハ、ハイッ」
起立し、直立不動の構えをとった。
「あはは。お兄ちゃんは、なにしてたのかなー?」
花恋スマイル。仏のように張り付いた笑みをしていた。これはオコだ。怒った花恋の笑顔だ。口が笑っているのに目が笑っていない。
「見りゃわかるだろ、花恋。ピアニストと乳繰り合ってたんだよ」
雷堂が余計なことを言ってくる。
「お兄ちゃん?」
「ハイ」
「まず雪姫さんに謝ろっか?」
「大変申し訳ございませんでしたっ」
「うん、うん。しょうがないなあ、雑音は。ほかのひとには気を付けるんだゾ」
こんなにも雪姫を憎たらしいと思ったのははじめてだ。今度ピアノを弾いてる最中に食べ物の話、ずっとしてやるからな。
「わぁ、なんだかね、言いたいこといっぱいあるんだけどね。なにから言っていいかわかんなくなっちゃったよー。みんな来てくれてうれしいなあ」
花恋が美月と氷室さんのところへ行っている間、フルーツをほとんど食べられたフルーツタルト改め生クリームタルトを食べる。スプーンが間接キッスになるとか、これっぽっちしか意識してないんだから。
「俺は悪くねえ」
ケーキを平らげた俺は言った。花恋が美月と写真撮ってるの、うらやましくないんだからな。そう思いながら俺が美月をにらんでいると「なにバカなことやってるのよ」って感じの冷ややかな目線をいただいた。




