51話 DJタイム、雪姫と遅刻
予選が終わりDJタイムになる。
アニソンがフロアに響き、会場のスクリーンにはアニメの映像が流れる。
ダンサーもお客さんもみんなで踊って、知ってる曲に盛り上がり、声を出している。踊っていなくても、アニメ好きのひとたちが飲み物片手に交流したり、曲に合わせて体を揺らしていたりしていた。
その一角、歌が流れるたびに限界を超えて叫び、コールを入れられる曲が流れたら、コールを入れるガチ集団のなかに、俺はいた。
「「「「ああああああッ、よっしゃいくぞーー」」」」
「「「「うおおおおぉっ、まだいかないっ」」」」
黄色い服、青い服、ピンクの服。その三色で揃った俺らはナナエスファンだった。
ジャンル的にアウェイかと思いきや、この手のイベントに参加するほどの追っかけたちはスキルが高い。集まれば厄介オタクにジョブチェンジできる有能さをもっていた。
そんな中で、コールするときはコールして、周りのファンと交流するときは交流したり、かかるアニソンでナナエスの振りを踊ったりしながら過ごしていた。
花恋の恰好をしているせいで、すごい話しかけられる。アイドルになった気分だ。
いまは、鉄虎さんとすのこさんと話しながら休憩している。
「隊長殿、ダンスバトルに参加してくれてありがとうでござる。おかげでライチ殿に名前をよんでもらう事ができた。悔いはなく死ねそうでござる」
「鉄虎、さっきから、そればっかり」
「うれしくて昇天しそうでござる」
「そう言ってくれるなら、よかったです。正直いきなり言われて、ノリだけで出場してましたから」
「ところで、ライチ殿とは面識があるでござるか?」
「あいつ、同じ高校で同じ学年なんですよ。中学もいっしょで」
「うらやま死でござるぞ隊長」
「切腹もの」
「ちなみにあの、コスプレの似合う美しいお方とは?」
コスプレした人同士が楽しそうにインカメで写真を撮ったりしながら、楽しんでいるエリアで、美月がひと際楽しそうに話をしている。ふしぎと周りに人が集まるんだよな。
「あれは友達です。ちなみに同じ高校」
「拙者、高校と大学はエスカレーターの私学でござる。不祥事で大学退学になるともう一度高校いけるでござるぞセンパイ?」
「ぶっ。鉄虎さん、マジすか」
すのこさんが笑いを堪え切れていなかった。
「いや、さすがにそれは」
目が笑ってなくて、冗談として流しきれなかった。
「ここが拙者の天下分け目でござる」
「大学中退して高校入るとか体力ついていかなさそう。鉄虎さん、おっさん扱いされる」
「ライチ殿と同じ空気が吸えるのであれば構わぬ」
「たぶん仕事あると学校来ないんで、そんな会えませんよ」
「危うくキャンパス内で自分でつくった白い粉を売るところでござったぞ」
「鉄虎塩? まずそう」
「拙者、理系でござる。もうちょっと良い白い粉作れるでござる」
「たとえば?」
「炭酸アンモニウム」
「臭そう」
鉄虎さんとすのこさんの掛け合いに笑っていると、俺の携帯電話がバイブレーションしていた。
「すみません。友達ついたみたいなんで」
「行ってくるでござるよ」
「てらー」
音楽が流れているホールを走って抜けて、防音の扉をふたつ通ったところで電話にでる。
電話の相手は雪姫だった。用事を済ませてから到着するって言ってたから、会場についたんだろう。チケットは俺が預かっているから、その呼び出しだと思う。
「ついたー。なあ、なあ雑音。あたしをほめろ」
「どうしたんだよ」
「うーん、うーん。泣いてる女の子を連れてきた」
女児の手を引いている雪姫の姿を想像する。似合わねえ。
「いますぐ警察へいけ」
「ちがう、ちがう。駅のほうでオロオロして困ってたのを見つけて、目的地いっしょみたいだったから、連れてきたら感謝で泣かれてるんだよ。いいことしたろー」
「雪姫にしてはやるじゃん」
「だろ、だろー。あたしもびっくりだ。雑音、はやく、はやくー」
「いま走ってる。ちょいまって」
人をかき分けながらホールの入り口へ小走りで向かう。
建物を出たらすぐに雪姫を見つけた。
背の高いモデルみたいな女が、黒い革ジャンを羽織るように着こなしながら立っていた。立ち姿ですら目立つやつだ。そのとなりに、澄み切った空の色みたいな髪の色をしている女の子がいた。あれ、あれって……。
「おー、おー、雑音。妹ちゃんのコスプレ似合うね」
「あれ、驚かないんだ」
「さっき美月から、雑音が躍ってる動画来たからね。電車のなかで笑わせてもらったよ」
「っちぇ、驚くとおもったのに。俺、かわいい?」
「ははッ、かわいい、かわいい。妹ちゃんの次にかわいい。でも、踊ってる時は恰好よかったよ」
「満足だ」
雪姫のとなりの女の子はぎゅっと雪姫の腕に抱き着いて、離れようとしなかった。下を向きながら、雪姫にくっついている。
雪姫はちょっと困ったように、ずっとこんな感じなんだと伝えてきた。
俺は、その髪色と、このくっつき方を知っていた。
「氷室さん? 俺です、花恋の兄です」
そう言うと目の前の人はバッと頭を上げて、俺の隣にぴったり立つ。服の袖をひっぱりながら、いっしょに並んだ。氷室さん、人見知りだって聞いてるから、知らない人と一緒で怖かったんだろう。まして、雪姫だし。
「あまっ、あまみやくん。まっすぐね、歩いてたの、地図をみながら。知らない場所で、迷って、さみしくて困った時に、このひとが手を繋いでくれて、あたたかかったのよ。ありがとう」
ちょっと会話のテンポが独特だけど、ゆっくり聞いてあげれば伝えたいことはバッチリわかる。
「雪姫にありがとうだって」
「どうも、どうも。人見知りさんの声、小さかったけどぜんぶ聞こえるよ。何回もありがとうってささやくように言ってたの伝わってる。緊張させちゃって、ごめんごめん」
「はわぁーっ。うぅ、ぐすん」
「あれ、あれ。また、泣いちゃった」
「そば屋さんから、でてきたときはね。怖い人だと思って、ごめんなさい」
「雪姫?」
「あーっ、あーっ、なんのことだろー」
黒いレザーの帽子を押さえながら、上を向いて知らないふりをする。
その細いお腹をつつきながら言った。
「この中、なに入れてきたんだよ」
「ははっ、やめっ。もーっ、おいなりさんときつねうどんだよ。おいしいんだ、駅前のとこ」
駅前のそば屋って、立ち食いそばじゃねーか。さっと食ってから来たんだな、こいつ。
「雑音、雑音、みてみて。髪いま一番きれいだよ。ほれ、ほれ」
「すっげ光ってる。光ってるとか、天使かよ」
「はははーっ、これが美容院の成果だー」
雪姫が軽快に後ろを向いてポーズを取る。腰に手を当てて足を軽くクロスして体を捻る。脚線美にヒップライン、背中にかかる長い髪をぜんぶ見せつけるようなポーズ。挑発的な目を流して見てくる。
「雪姫も、どこで切り取っても絵になるよな」
「だろーっ。ってことで、妹ちゃんの楽屋見舞いいこうよ。ケーキ買って来たんだ、ケーキ。ひとり2個までなー」
俺にデカい箱を渡して来たと思ったら、空いた腕で俺と肩を組んで押してくる。
「きれいなひと」
ささやくような小さい声で、氷室さんがつぶやいていた。雪姫はにやりともせず、涼しげに声を流す。




