42話 手作り弁当とタバコ
いつもの学校、いつもの昼休み。
いつもは来ない芸能科の教室がある建物に来た。教室の前を通ったことはあるけど、なじみのない場所だ。移動教室のときにも近寄ることのない校舎だった。
一応うちの高校は私服登校が許されているけれど、ほとんどが制服で登校してくる。デザインが可愛いとか言われていることが理由かもしれない。だけど、芸能科は私服の人がちらほらいた。私服を着ている人は、みんなオシャレで格好いい。制服を着ている人ですら、ルックスが栄えていて、俺と同じ制服を着ているとは思えないぐらい垢ぬけた人が多い。そして男子が少なく女子が多い。おかげで、ちょっと近寄り辛い。
その教室で、明るい金髪のツインテールがトレードマークの知り合いを見つけた。
寝ているようなので、前の席の椅子に逆向きに座ってから声をかける。
「ライライ」
教室の机でうつぶせになっている金髪ヤンキーを起こす。ビクッと体を硬直させてから、起き上がった。
「はあ? うっさい、ライライゆーな。なんでいるの」
俺の声にびっくりした雷堂は持ち前の目つきの悪さで睨んでくる。
「よびにきた。飯食わね?」
「食う」
「上行こう」
「行く」
それだけ言うと立ち上がって、座った椅子を机に戻す。
「ふぁあーっ」
大きな声であくびをした雷堂が、とぼとぼと俺の後ろをついてくる。
教室に居る芸能科の女子と視線が合う。雷堂がだれかといるのがよっぽど珍しいのか、すごく注目を集めていた。
雷堂たち七色エスケープは、ゴールデンタイムにテレビ出演するようなアイドルだしなあ。
花恋の仕事のスケジュールしか知らないけれど、今日も朝から生放送の番組に出るとか言ってた。そんな花恋を早朝からキッチンの音で起こしたくなかったと、正直なところ思う。
売れ時というのか、勢いのあるというのか、最近特に忙しそう。そんな多くの仕事をしながら年に4枚ほど新曲のシングルを出したりしているのってすげーよなあ。
そんな俺の思いは届かず、雷堂は二回目のあくびをしていた。
「それ、なに?」
俺のもっている保冷バックを指さして言って来る。
「弁当。つくってきた」
「すんすん。からあげ?」
雷堂は腰を折って俺の手のあたりの匂いを嗅ぎながら歩く。それ、うしろからだとパンツ見えるぐらいの体制だぞ。このクラス、男子もいるのに。
「匂いでわかんの? にんにくとか使ってないのに」
「わかる。おいしそうだ」
鼻をならしながら言った。さすがネコ科の雷堂だ、鼻が効く。
「いつものは?」
教室を出て、階段を昇りながら、雷堂が静かに聞いてくる。美月はどうしたのってことだと思う。
「クラスの友達に捕まったって連絡あった」
「そう」
雷堂は俺を追い越して階段を3段飛ばしで跳ねていく。屋上についた。扉は固く閉まっていて、カギがないと開かないはずだった。
屋上の扉の上には窓が取り付けられている。その窓の鍵は壊れていた。むかし、俺が壊したんだけど。
だって、屋上で昼ごはんとか憧れるじゃん。
「よしっ」
雷堂がジャンプして高い位置にある窓を殴るように手で開ける。その後、とんでもない跳躍を見せる。屋上の窓枠にぶら下がり、しなやかな動きで窓から外に出る。俺もそれにならってジャンプして窓枠を掴み上半身をねじ込んだ。手に持っている弁当だけ、先に雷堂に渡す。腕の力で体を窓の外へと引っ張りだす。空中で体を半回転させて、しっかり足から着地した。
雷堂は、俺の華麗な着地をいっさい見ていなかった。俺の渡した手作り弁当を持って日陰に歩いて行って、中身を取り出していた。しゃがんで体を小さく丸めて、弁当を広げながらツインテールを揺らしている。
「やるじゃん」
弁当を広げ終わった雷堂が、八重歯を見せて笑いながら俺に言ってくる。
「だろう?」
「ドヤ顔むかつく。こいつっ」
手首をやわらかくしならせた猫パンチ。おおげさに躱すと、二度目、三度目のパンチが雷堂から繰り出される。右の猫パンチを左手で取り押さえ、左の猫ジャブを右手で受け止めて押さえる。変な風に両手をつなぎあって、目と目が合った。お互いに歯を見せあって笑って言う。
「食べよう」
「食う!」
広げた弁当を前に、隣り合って座る。雷堂は手を合わせて「いただきます」と言った後、じっとこちらを見てくる。
「いいぞ、食べて」
「シっ、からあげ。うっま。カレー粉?」
「カレー風味。あんまり味つけると、からあげじゃなくてフライドチキンになっちゃうけど」
「いい。こっちのが、すき」
「だと思った」
「ロケ弁でときどき、から揚げ弁当でる。なんか有名な弁当屋の。それよりすき。おいひいっ」
からあげを口に一杯つめた雷堂がおいしいって言ってくれる。もう、これだけで早起きしたかいがあった。
朝に味見をして味を知ってるけれど、冷めたからあげはおいしかった。このからあげ、衣にコーンスターチを混ぜている。食感がよくなるぐらいの工夫でしかないし、食べる人に伝わらなかったら、ただの自己満足なんだけど。そういったひと手間が、雷堂のおいしいにつながったなら、それはとてもうれしいことだなと思う。
「アタシが食べるの、じっと見てる。食べない?」
「わるい、食べるよ」
「アーンしてやろうか?」
「ライライにアーンしてもらってもなー」
「うっさい、ライライゆーなっ」
ライライは箸で刺した卵焼きを俺に突き出してくる。怒りながらの行動だけど、行為は優しいものだから、なんだか不思議だ。
雷堂の箸で卵焼きを食った。
「うん、おいしいな」
「あたりまえ」
「なんだそりゃ」
いつも通りのそんな会話を続けている。大分多くつくってきた弁当が、半分ほどになったときだった。
屋上の扉の鍵がひらく。
「あ、やべ」
思わず口に出て、体が固まった。十中八九、先生の見回りだとおもう。無断で屋上に侵入して、校則を違反している身だった。
雷堂もちょっとだけ固まったけれど、気にしないことに決めたらしい。サンドイッチをほおばっていた。なんて図太いやつだ。
重い金属音を響かせて、扉がひらく。
出てきた人物と目が合って、俺は思わず片手をあげてあいさつした。
「なーにをやっとるか、不良生徒め。休憩時間まで仕事する気はない。干渉しないから、お前も見なかったことにでもしておけ」
俺のクラスの担任、九鬼先生だった。通称、鬼百合。授業中、結構厳しい言葉を使うから、生徒には恐れられている。パンツルックのスーツが似合う大人の女性。堅物のようなルックスをしているくせに、案外気さくな先生だった。
スーツのポケットに忍び込ませた加熱式タバコを隠すつもりもなく、手に持って歩いてきた。
「風下がそっちなんだ。お前らの邪魔をする気はない。天宮、アイドルの弁当とは良い身分だな?」
「アタシ、こんなの作れませんよ」
雷堂がそっけなく答えて、またサンドイッチを両手にもって食べる。
「ほう、それはすまない。英語の授業中に眠そうな顔をしていた理由はこれだな。まったく、生活リズムを乱すからだ」
「よかったら、食べます? いつも食べてるカップ麺より良いでしょ」
先生は苦虫をかみつぶしたような、心底いやそうな顔をする。
「やめてくれ、天宮。いつもカップ麺を食べてるとか、生徒に言われると辛いものがあるのだ。食堂を利用するにも生徒としゃべりながらの食事は落ち着かん。かといって休憩時間に外に食べに出ることもできん。もはや、カップ麺しかないではないか」
「いや、弁当つくってくるとか」
「私には無理だ。自分ひとり分なんて、つくっていられるものか。休憩時間なんて、なにかを食べるためじゃない、タバコを吸うためにある。よっこいせ」
九鬼先生はおっさん臭い声を出しながら、俺と雷堂の前に座った。
先生は正座をしたあと、足を崩す。長い脚をもてあましているように見えた。
箸を渡すと、九鬼先生は口にくわえて片手で割ってからサンドイッチを食べながら、からあげを掴んだ。先生の手に持たれている箸は、うすく赤い色のリップがついていた。
「味の濃いからあげがたまらんな。ビールが飲みたくなるではないか。なあ、天宮、ひとつ言ってもいいか?」
「どうぞ」
「私の人生で男の手料理を食べるのなんて、はじめてなんだ。それに気づいて、すごく戸惑う私がいる」
九鬼先生は額に手をあてて、下を向きながらわりと落ち込んでいた。雷堂はひとの話を聞かず、ひたすらに食べ続けている。
「それを聞いて戸惑う俺もいるんですけど。先生ってあれですよね。男の人に恵まれてこなかったんだなってのはわかります」
先生の残念なところはちょくちょく見るけれども、普段は厳しく授業をする美人な教師だ。ギャップがすごい。
九鬼先生は落ち込んでいた顔をあげて、なんだかちょっと唇をかみながら頷いていた。ちょっと嬉しそうだった。
「言い訳がましいが聞いてくれ。男に恵まれてこなかったわけではないんだ。良い出会いがあってもモテる友人に持っていかれ続けたんだ。決して私に言い寄ってくる男がいないわけではないはずなんだ。私が勇気を出すまでの間に友人に手を出されてるんだ」
「ほんとうに言い訳がましいな」
俺はつい、そう口にしてしまった。
「天宮、お前にはモテない女の気持ちがわからんのか? いや、モテるお前にはわからんだろうな。だらしない体の女と不愛想な女といつも一緒にいて、昼休みにはアイドルと昼飯を食うようなお前にわかってたまるか」
だらしない体の女が美月で、不愛想な女が雪姫だってことはすぐわかって、声を出して笑ってしまった。雷堂もつられて「クックック」と、こらえるように笑っていた。
「モテてる自覚こそないんだよな」
自分でつくった弁当を食べながら、そう思う。モテる男が自分でつくった弁当なんて食うかね。女の子がつくってくれた手作り弁当とか食ってみたい。ちょっと手の込んだ料理を自分好みの味付けとかでつくってくれるとうれしい気持ちになるのに。
「ケド、時雨はシスコンじゃん」
雷堂が足を崩し、あぐらをかきながらそう言った。笑いながら言う口から八重歯が見えている。意地の悪い笑い方だ。
「ちがう。花恋を知って、花恋を好きにならないわけがない」
「堂々と言い切るなばかもの。妹が相手だとしても、そこまで言い切られると格好良いとさえ思ってしまうではないか」
九鬼先生が切れ長の瞳を冷ややかにしながら俺を見つめてくる。
「時雨は昔から頑固だから。自分でこうと決めたら譲ることを知らない。ナナエスの花恋のファンであり続けるとか。あと、サボるって決めたら一学期丸ごとサボるとか」
妹がアイドルならその追っかけをするのは兄たる俺の宿命だ。七色エスケープのイベントには、いける限りすべて行くと決めている。引きこもり中に平日のサイン会や公開収録なんかに足しげく行っていたしなあ。
「サボりの境地に達したら気づいたんだよ。年間の出席日数足りてるってことに。ただ、クラスで変な雰囲気になってたから戻りづらかったってのもある」
卵焼きを「うまい」と言う九鬼先生が、咀嚼しながら笑みを浮かべる。口の中のものを飲み込んでから、口に手を当てて俺に話した。
「いいんだよ、天宮。サボりながらでも、続けられるのなら、続ければいいんだよ。サボって過ごした時間も、学校で過ごした時間も、両方お前の経験になる」
九鬼先生は優し気に微笑みながら、右手を伸ばし俺の頭に触れる。軽く頭を撫でられた。
学校をサボってた手前、先生やほかのクラスメイトなんかに負い目があるような気はしていた。いわゆるサボリ魔てきなレッテルを貼られてるんだろうな、と。けど、この先生はそんなこと一切気にしていなかった。たったそれだけで、すこし肩から力が抜けたというか、許されたような気分になる。
ただ、そんな良いことを言いながら左手はつまようじで歯の間をシーシーしているものだから、なんとも台無しで、とにかく残念だ。
「この先生、なんか先生って感じしないね」
雷堂が食べる手を止めていた。じっと九鬼先生を見つめていた。
「悪いが私は教師ではない。中途採用の1年目の教員なんて、こんなものだよ。もともと他のところで働いてからここの教壇に立っているから、前職の影響が強いのではないかな」
九鬼先生は「天宮、ありがとう。ごちそうさま」と言って箸を揃えて置いた。
「前職って、馬のジョッキーですか?」
「芸能事務所のプロデューサーとか、テレビとかCMの制作側とかにいそう」
九鬼先生は前髪を横に流しながら、言いにくそうにしていた。
「やれやれ。一応教師の卒業大学や経歴なんかはプライバシーに関わるから言わない方針らしいぞ、この学校は。自分のことなら、構わんか。大学を卒業してから、実家で遊んで暮らしていたらな、ご近所様の視線が痛くなって、適当に試験受けて就職した。一応公務員とか言われる奴だよ、キャリアのほう」
「っぶ」
「キャリア?」
思わず箸を落としかけた。
「この話はここまでだ。天宮、昼からの授業は?」
「数学、物理、あと先生の英語」
「うむ、特別にカギを渡してやろう、あとで必ず返すように。屋上はしっかり施錠して扉から帰れ。今後、またここを使いたいなら鍵を渡してやるから借りに来い」
窓から侵入したのはお見通しらしい。
ブランド物のキーケースに束ねられた鍵を渡される。家の鍵とか車の鍵とかも一緒についているぞ、これ。
「ではな」
そう言って九鬼先生はタバコを吸いにいった。俺らに煙が来ないように、遠く離れてタバコを吸っていた。
「あれ、担任?」
「そうだよ。俺のクラス担任がふたりいるんだ。九鬼先生と東条先生。東条先生はクラスの大部分の生徒受け持ってて、俺らあまり3人は九鬼先生」
俺とホストとセブン以外のクラスメイトは、東条先生を見ると背筋が伸びるし、すれ違ったときも大きな声であいさつをしている。本当に手名付けられているというか、信頼関係?ができているというか。九鬼先生も東条先生も、教師と生徒というわかりやすい関係性をしてこないから、生徒からしたらありがたい。
「妥当だとおもう。時雨たちの担任とか、ストレスで胃がこわれる」
「成績優秀な優等生に向かって、なんて言い草だ」
「素行は不良」
「屋上いっしょに来てる時点で共犯だぞ、ライライ」
クククッと雷堂は喉を鳴らして笑う。
「そうかもね。あと、ライライゆうなっ」
風が吹いて雷堂のツインテールがゆれる。左手で揺れる髪を押さえるように、手をあてていた。そんな様子を見ていると、目が合う。雷堂はそれに気が付いて目をすこし開いた後、目を細め、目じりにシワをつくりながら笑ってくる。赤い口の中に見える白い八重歯が印象的だった。




