劉甫、酔ひて乱れる。
この汎華大陸における、の最初の一文を示せ。
陳粋華の答案
天、幾枠も広く、境無し。地、幾枠も広く、是又限りなし。
羅梅鳳の答案
先ず、最初に一在り、そして二在り、、やうやう而して、や
がて、十在り、而して続くは、百に千に万に億。斯くして斯くの如く人は交わり増えにけり。
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それから、また幾日かは、平穏だった。北陽王謀反の旗揚げとは言え、陳粋華が言ったとうり、棄明とは、蛮族を封じ込めている北の長壁から一番手前にある都市なのだ。辺境の最果てといってもよい。
首都の天京まで、幾万里、幾千里。
陳粋華と劉甫の司史所はいつもの、大量の資料と文章整理に追われていた。
ここ数日は、軍務関係が多い。
しかし、概ねが雑布に書かれた文字でしかない。この天京では乱など、存在しないことと同じであった。
しかし、ある日の午後、劉甫、から言伝をいい就かった。
で、礼部の本堂から戻ったら、異変が置きていた。
いや、あの<真壮飯店>の一件以来、陳粋華だけが、わかる異変だった。
『酒臭い、、、!!(・・;)』
師匠の劉甫は、他の所で酒を飲んでいるのかもしれないが、こんな仕事場で飲んでいたことなど、今まで一度もなかった。酒を隠していたとも思えない。
いつもの、崩れてきそうな、積み上げられた竹簡や木簡でいっぱいの棚を掛け分けて、奥にいる、劉甫のところまで、いくと、、。
文具四宝がおいてあるはずの卓には、硯はなく、筆はなく、雑布もない。
卓のど真ん中に酒瓶がでーんと鎮座していた。
陳粋華が言い遣って司史所を離れて、そんなに経っていない。
そんなに飲めていないはずである。
にもかかわらず、卓の奥では、無風にもかかわらず柳の葉のように揺れる、劉甫が居た。
顔も目も真っ赤だ。そして、当然酒臭い。
どうやら、師匠の劉伯文はかなり酒には弱いらしい。
どうやら、ちょっとした大事らしい。
「師匠、如何なされました?」
「おお、我が愛弟子ではないか、、、、」
「酒の力を借りねば、告げられぬことでもありましたか?」
それを聞くや、劉甫は目に涙をいっぱいにため、卓につっ伏して、どわぁあああああああんと泣き出した。
気の回る陳粋華は、<真壮飯店>のときの同じく、一瞬で酒瓶を師匠が倒さぬように、さっと酒瓶を手元に引いた。
酒瓶はめちゃめちゃ重い。まだ、全然飲めていないではないか。
「小成や、その方に、こんなものが参っておるぞ」
「はっ御師匠、何でしょう?」
「辞令じゃ」
「おおっ」
『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!。とうとう、立身出世!。\(^o^)/』
「師匠、どうか私めに、お渡しを、私の辞令にございまする」
「そうじゃった」
太い、竹簡が一本。微細刀で彫った溝に朱色が流し込まれている。
辞令と二文字、その後、臣、陳粋華に命ず、、音便化して、”す”は、”ず”と。
『なにに成るんだ、私は、、・ω・』
臨時兵部右筆。リンジヘーブユーヒツ、と読むんじゃないか。
「師匠、やりました。この陳粋華めは、臨時兵部右筆に推挙されました。これも、重ね重ね、師匠の真っとありがたきご指導があったからでこそでありまする。はい」
「愚か者!」
陳粋華は、どこに、持っていたのか劉甫の汎服の袂を留める手甲に挟んであった小筆で額をぴしっと叩かれた。
『師匠の初暴力!!(・・;)』
「その方、死ぬるぞ」
劉甫、の万里を見通すような細い目。
木簡をよく読むと、北伐軍上将軍、李鐸付き、とある。
『ちょ、ちょっと私、戦争に征くの、、、、(;O;)』
「北伐、随行記録員みたいなもんじゃな」
急に劉甫、の酔い冷めたみたいだ。
「よいか、この汎華文明は二千年もあいだ只々記すことのみで、栄えてきたのじゃ、表意文字という今一つ会話にはむかぬ言葉であることも、記すという一点にのみ特化した言葉と言えよう。その方も、文字を持たぬ蛮族共がいかに相成っておるか知っていよう」
「ハイ、情報が、知識が世代を超えて完全には伝承できてはおりませぬ」
「然り!!」
劉甫の言葉は強かった。
「記す、ということで、記すということのみだけで、この汎民族は富、栄発展してきたことは、授教の教え、穴子様の教え他ならぬことはその方も、存じていよう」
「はい。私めも師匠も、それよりか、この課挙に登第した武官文官、みな
尊い穴子様の弟子なのです」
「素晴らしい。我らが汎民族は最初の王朝、春王朝から文治主義をとっておることは存じていよう」
「何に置いても、文なのです」
「然り。偉い!。よって、例え、書が書ける武官とは言え、文官が随行しその軍事行動の一挙徒手を記すことになっておる」
「知っています」
「それに、そのほう。陳粋華。が選ばれたのじゃ」
「嫌です」
ドテっ。
劉甫は大きく、よろけ、卓の上に体側をついた。
しかし、文具四宝ならびに、酒瓶は陳粋華が持っていたのでなかった。
「これほど、明白な理由は、ありません。死にたくありません。私、陳粋華は、立身出世し礼部を経て天子様とお近づきになり、ゆくゆくは士大婦、女性初の丞相にあいなろうや、と思っております。戦など、あのちょっとおかしな羅梅鳳が如きにやらせておけばいいのです」
ゴタっ。
劉甫の姿が座卓から消えたが、一瞬でもとに戻った。
「小成や、兵部を纏め、都督(外務大臣と防衛大臣を兼ねたような役職)となる道もあるとは、思わんのか?」
都督といえば、先の都督、百戦無敗といわれた、あだ名だが、美姜朗こと、姜?《きょうかく》が陳粋華にも思い起こされたが、一瞬で、陳粋華は否定した。
「嫌です」
劉甫は、もう二の句が告げられなかった。
「師匠、この辞令、武官ならいざ知らず、断れないのでしょうか?」
「残念ながら、断れる」
また、風もないのに、劉甫が柳の葉のように揺れだした。
『残念ながら、、、!?』
師匠は私を殺したいのか?。
「秋王朝の文官は辞令を一度きり断れる。しかし、それで、出世はパーじゃ」
『パー、、、(;O;)って』
「わしのように、こんな司史所での永遠の務めとあひなろふ」
それは、死ぬのよりもっと嫌かもしれない。おばさんになって、いや、ババアになって、若手の才色兼備のピチピチした士大婦が、礼部本堂にキャッキャ言いキャピキャピしながら、入っていくのを自身は老けながら毎年眺めつづけるのは、かなり辛そうだ。
私は、この安寧五年だっけ、先の易姓革命の王朝の元号で登第したじじいとともに、この小屋で、同じように、、、、。
『それは、ちょっと嫌だ、、、(;O;)、、、、、』
劉甫は、いつにもまして、目が細い。何を見ているのかすらわからない。
陳粋華、ここに、進退窮まれり、、。
長い間があった。午後だったが、もう日は赤く暮れようとしている。
「陳氏や、わしが、酒の力を借りたのはなぁ、お前にこの辛い辞令を渡さんがためではない。わしは、おまえに、北伐軍に従軍してほしいのじゃ」
『やっぱり!!、このじじぃ、私を戦場に送り込む気なのだ (TдT)。』
「陳粋華よ、よく聞け、史書を携わるもので、同時代で戦を経験出来るものなど、そうそうおるものではない。ましては、従軍し軍記を記せるものなど、二千年の汎民族の歴史の中でも数こそ限られていよう。それに、このわし劉甫もバカではない。お前が無事に帰ってこられるよう手筈を整えた。よく聞け、まずは、下書き代わりの雑布に竹簡、木簡を満載した屋根付きの牛車を改造した、ロバ車じゃ、座って、戦場に出られるなんぞ、王侯貴族ぞ。そこに寝泊まりすれば、よい。そしてそこには、護衛としての御者もつく。もう手筈は整えておる」
『護衛、、、・ω・』
護衛、なんという、魅力的な響き。一日、十二刻中、屈強なイケメンがそばで守ってくれるのだ。
『キャー、、、、、、、、、、、、\(^o^)/、。』
「護衛って、羅梅鳳ではないですよね?」
「もちろん、違う。慶旦六年登第の武官じゃ、今は、左遷され、西大門の周りの掃除番をしておるが、、、」
『ケイタン!?』
慶旦、また聞いたことのない元号が出てきたぞ、、。ひょっとして、慶旦帝と関係あるのか??。
「待たせたな、この小成がなかなか、うんと言わんもんだから、これ、夏侯禄入って来なされ」
「お初に御目見いたしまする。これなるは、夏侯禄と申すもの、、、」
そこには、劉甫より年嵩の老人が入ってきた。
『これまた、おじいちゃん、、、、、。私、年配の方には悪いけど、登第してからどんだけおじいちゃんと縁があんのよ、、、_| ̄|○』
「慶旦とは、飢饉があったため変えた安寧の前の前の年号にあたる」
と劉甫。
聞きたくない。
これなら、小渓村に残っていたほうが良かったかも、、。
しかし、夏侯禄老は、風雨にさらせれているせいか、劉甫より、色が黒くしわも多いが、腰も曲がっておらず、もと武官というだけあって、年の割には壮健そうだ。
「これで、どうじゃ、陳粋華よ、上将軍の右筆として、北伐軍に加わってはくれぬか?わしも、そなたが記したものを編纂してみたいのじゃ」
『えー功績、横取りじゃん』
「どうか、陳粋華よ』
劉甫が、座卓より歩み出て、陳粋華の目の前に来ると、拝跪し土下座である。
そして、陳粋華に対し五排十五跪である。
なぜか、夏侯禄も一緒に行っている。
陳粋華は、師匠と夏侯禄の手を取った。
「お手をお上げ下さい。我が師匠に、御老体。この陳粋華。慎み喜んで、その任をお引き受けいたしましょう。この陳粋華、この任のためには、犬馬の労を厭はぬことをここに、お誓い申し上げ奉りまする」
そう言うと、陳粋華が五排十五跪を劉甫と夏侯禄に対して行った。