陳粋華、羅梅鳳と歓談す。
炎王の乱における、長壁以南で炎王に従属した移民族をすべて挙げよ。
陳粋華の答案。
北狐。打完。公亡孫。番々隷。会恕姦。侍族。越戎。恥汗。
羅梅鳳の答案。
北狐。侯亡遜。駄完。某々隷。北夷。奴固族。回回愚。契計。
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早馬のせいで、丞相の許適を始め、廷臣の上層部は大忙しとなったようだが、それに反比例し、陳粋華や劉甫は暇になった。
単純に上から、仕事が降りてこないから、打ち止めとなっているわけである。
もともと本の虫である劉甫はしばらく暇な時しか手を出せない資料を竹簡をジャラジャラいわせながら丹念に読んでいたが、そのまま、ビルドインの寝台に入って眠ってしまった。
恐らく、房や局から大変なお達しがあるので、陳粋華は司史所を開けるわけにはいかない。
それは、礼部の本堂も同じである。
いや、礼部の本堂こそ顕著である。
夕方に近くなると、官吏は内宮の青禁城の外の宿舎か上級官吏は大邸宅に帰宅するものだが、馬に乗って返ったり、牛車にのったりして帰るものも、まばらである。
なんとなく、秋王朝の危機であることもそこらあたりから、やんわりと感じられる。
ただ、如何せん、汎華大陸は広く。北陽王が飛ばされている僻地、棄明は遠い、まさに、幾万里か、幾千里である。
暇な、陳粋華は、ブラブラ、青禁城を高い塀で囲われた各大路を散策していた。
任官式でもそうだったが、陳粋華自身も他の女性に洩れず、地図や位置関係には疎い。
一つ角を曲がっただけで、ぐるっと回ってしまったような気に成ってしまう。
気がついたら、武官が訓練や演習を行う、率先房の入り口に来てしまっていた。
沈みそうな夕日が、あっちだから、夕日を背にして、左礼房に戻らねば、と思っていると、背中から嫌な奴に声をかけられた。
「いやぁ、ご同輩」
羅梅鳳である。
広い玉砂利の演習場で一人、”れいき”を掛けて、玉砂利をならしている。
暮れそうな夕日の中、長い影を陳粋華のほうに伸ばして、小さく立っている姿は寂寥感が半端ではない。
さすがに、もう<真壮飯店>の一件以来、ご同輩かもしれない、と陳粋華も思い、率先房の入り口で足を止めてしまった。
いつもの長剣の鞘でなく、”れいき”をガラガラいわせてやってきた。
「これは<真壮飯店>の件の罰ですか?」
と陳粋華。
「そんなところだ。上役と相変わらず上手くいっていなくてなぁ。このざまだ。しかし、平武官の同輩とは上手くいってて大分手伝ってくれて助かった」
そう言われると、同輩としては、手伝わざるを得ない。
しかし、率先房の演習場は広い。排天房の屋外とほとんど同じ広さがありそうだ。
慣らす”れいき”を取りに行くだけで、半刻はかかりそうだ。
陳粋華はしゃがみ込み、大きな石なんかを、ぽーんと明後日の方向に投げ飛ばした。
しかし、ソッコー怒られた。
「きゃっバカ、大路の方に投げちゃ駄目だって、砂があの赤名石の石畳の溝に入っているだけで、武官は天金外城一周なんだから」
「きゃっ、だって、今、女性みたいな変な声でましたね、」
陳粋華、一人クスクス。しかし、根が正直で真面目な、陳粋華はすぐに大路まで走って取りに行って拾った。
そして、こぶし大の石を持って戻ってきた。
「どうすれば、いいんでしょうか?」
羅梅鳳は陳粋華からひょいと奪い取ると、演習場の真ん中にぽーんと投げた。
「あれでは誰かが、怪我しますよ。慣らしたことにならない気がしますが」
「見つからなければ、いいんだな。次の番の奴がまた、どこかにぽーんだ」
「テキトーなんですね」
「然り、テキトーだ」
「でも、さっき、変な声がでましたね。女性みたいな甲高い声が、やっぱ女なんですね」
羅梅鳳、今まで陳粋華に見せたことのない、なんとも言えない微妙な表情。
しかしその羅梅鳳の顔にはいくつも傷跡があった。左目の上は腫れ、右の下唇は切れていた。
あの鬼のような、嵐鬼を一捻りで殺した羅梅鳳の顔に傷をつけるとは、課挙登第の武官には、相当なやつがいるもんだなぁ、と陳粋華は、つい驚いた顔をしてしまった。
がさつな羅梅鳳なら、見過ごすかな、っと思ったが、気位は、相当高いらしい。
「初めての女性武官だろ、同輩はいいけど、一年上とか、先輩の男の武官の連中とか女にだけは、負けてなるものかと、結構、汚い手段を使うんだな、、。俺がいた坂州の江襄の街と同じだな」
基本、この女ずーっと戦ってきた人生らしい。やたら喧嘩慣れしてるのは、<真壮飯店>でも口回しやなんかでなんとなくわかった。
「大変ですね」小さい声で、陳粋華。
「そっちはどうなんだ?」
「いきなりの閑職で、暇で死にそうです」
『閉まった、このやばい女に本音を言ってしまった、、、、(^_^;)』
「そうか」
羅梅鳳が、身の丈の倍はありそうな”れいき”を片足の甲でバランスをとって、立てて片足になって両手を広げヒラヒラ。
やっぱり、この女只者ではない。
羅梅鳳が言った。
「そうだ、ほらさ、<真壮飯店>さぁ、てっきり出禁になると思ったらさ、この前近く通ったらさ、あそこの女将がやってきてさ、金子くれたぞ、あそこ、烈士団の入り浸りの場所になってたらしくてさ、困ってたらしんだよ。で、俺らで、、」
『俺ら!?・ω・?』
陳粋華は、絡まれて麦酒がこぼれないようにしてただけだ。
「俺らでさ、壊滅させちゃったらしいんだなぁ、烈士団をほら、課挙って年に一回だろ、しばらくしないと貯まらないらしんだな、”課挙崩れ”の面子が。あっ、今、取ってこようか?」
「それは、賄賂になるのではないでしょうか、羅公殿」
「便宜をはかったわけではないだろう?」
二人殺して、便宜という概念と釣り合うのか、陳粋華にはわからなかった。
そうしたら、今度は、羅梅鳳は上を向くや額に戈ほどあろうかという大きなれいきを載せ、片足でヒラヒラバランスを取り出した。こいつは、猿か!?。
「この演習場は広そうなので、また今度ということでは、如何でしょう、羅公殿?。それに近く通っただけではないでしょう?」
「まぁな、俺さ、酒強いのかな、あそこの羊乳酒ぐらいじゃないと、酔わないんだよね」
『しかも、こいつは、早くも酒の依存症だ、、、(゜o゜)』
この女、この歳で、地元の小渓村の楊閑さんといっしょじゃないか。
しかし、どうにか、賄賂は避けられた。
こんなことで醜聞にまみれ出世の路が断たれては、立身出世に関わる。
この半分殺し屋みたいな武官の女は慣らせといわれてる広場に岩を投げたり、都で二人殺したり、覇道でもいいが、陳粋華は、官吏としての王道を歩まねばならないい。
そして礼部で無事出世して、天子様の儀礼をちゃんと史書にのっとった形で完璧で再現し、称賛され、出世するのだ。
”向天鼻”でも、チビクロでも黒豆でも構わない、仕事を官吏としてきちんとやりさえすれば、、。
「なに、黙ってんの?おまえ」と羅梅鳳。
「将来の官吏としての王道の立身出世と栄達を夢見、ひとりごちておりました」
「はぁ?」
「変ですか?」
「まぁ、武官からみたらね、、。武官ってさぁ、殺すのも死ぬのも仕事だから」
『えーっ、、、、(・_・)』
「それにさ、戦争始まっちゃっただろう」
「だって、棄明ですよ、多分、六千里は、、、離れてて」
「臣、羅梅鳳は、武官なるぞ」
『えーっ、、、、(・_・)の二乗、、、。』