北陽王、挙兵す。
丹王朝期の小蓮教文屯派の開祖、行円について、説け。
陳粋華の答案。
行円、疫県人也。幼時育武人、反而、、
<東夷訳>
行円とは、疫県の人なり。幼き頃は武人として育つも、、
羅梅鳳の答案。
行円、是将真武人也。各々史書記嘘実八百也。
<東夷訳>
行円、これ、まさに真の武人なり。各々《おのおの》の史書で記されていることこれ、嘘八百なり。
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<真壮飯店>の一件からすれば、かなり穏やかな日々を陳粋華は送っていた。
しかし、恐るべきは、陳粋華の師匠、劉甫大老の情報網で、事の次第を概ね知っている様子だった。
劉甫は、長い白い眉毛で開いているのか、閉じているのか、わからない細い目のまま、言った。
「小成よ、その方と、斬兎娘とやらの二人で天京最大の”課挙崩れ”<裂志団>を壊滅させたらしいではないか?」
「えええっ、ザントニャン??ですかぁ?」
『羅梅鳳ってザントニャンって呼ばれてんの?』
「この陳粋華、委細合点が参りませぬが」
「<真壮飯店>で、死んだ、”課挙崩れ”は、陳氏が殺したことになっておるようだぞ」
「えっ!」
「難解な十六股文で相手に尋ね、その難解さゆえ相手を悶死させたとか、、」
「モンシ!?、そんなこと出来るわけがありません」
「じゃが、みなは、そう思っておるようじゃぞ」
『くそ、、、ちょっとかわいそうに思っていたが、あの男女の羅梅鳳のヤツめ、、、あいつが、、人をあんな、ばっさばっさ殺さなければ、、、、』
陳粋華が気がつくと、劉甫は目の前に居て、いつものポンポンと頭を撫でるというか、軽く叩く。
「師匠、どうか、この純朴に純粋な私めの悪い噂をお力添えの上取り消してくださりませ」
「出来ぬな」
『えっ、無理なの?マジで困るヤツじゃん』
「小成よ、人の噂も七十五日、気にするでない。天子に仕える士大婦人が”課挙崩れ”の一人を殺すことなど、我、安んぞ、得べけんや」
最後の汎語は表現が古すぎて、課挙登第の陳粋華でも反語なのか、噂が嘘なので、意図的に反語になっているのか、単純に否定形なのか、そうであってほしいという、希望を表す助動詞”べき”の連用形なのか、わからなかった。
「そろそろ、昼ではないか」
「ハイ、御師匠様」
昼食は炭や焼石を搭載した、給食車が牛に引かれた牛車が数十台、賄食房からぎっしぎっしとやってくる。朝寝坊して朝食を取れなかったときは、この牛の歩みがいらつくほど遅く感じられる。
もちろん、二人分の昼食を取りに行くのは、陳粋華の仕事。
そして劉甫は、ここ司史所の二階にビルドインベッドのような、寝台を作り、ここで暮らしている。正確には、天京の内宮<青禁城>に夜間籠もるのは、禁じられている。
しかし、劉甫の人徳なのか、暁朝の安寧五年に皇帝の幻獣とともに殿試まで受けて登第したのだ。もう恐らく先輩にあたる官吏は存在しないはずである。
はたまた、これらは、全て劉甫の嘘か、、、。
そして劉甫自身はそうでもないのに、この寝台だけがまた、恐ろしく臭い。
説明するまでもないが、昼食を摂ったあと、劉甫こと、劉伯文はここで、たっぷり午睡をとる。
司史所務めとは、賄いとは無縁なれど、恐ろしく楽な仕事を賜っているように思えてならない。
ただ、陳粋華の寝所は当たり前だが、ここにはない。
師匠の粥を啜る音が聞こえる。それと箸とお皿のあたるカチャカチャという音。
陳粋華は、自分の粥の入ったお椀に、自分の分量のおかずをダバダバと摂ると、司史所を出かけた。
「これ、小成や、はしたない」
師匠に咎められた。
陳粋華はしばらく、考えた後に師匠に言った。
「御師範様、臣、陳粋華は、いつになったら、史を記すことが許されるのでしょうか?」
これが、目下の陳粋華の最大の悩みである。
言いつけられるのは、掃除と雑巾がけか、なにか取ってこい、買ってこいの雑務とその用事だけ。よくて、硯の墨摺りと、筆洗いと、竹簡木簡に掘る、微細刀の刃を砥げれば、まだよいものの、砥石の方の砥だ。
人とは恐ろしいもので、最近では、砥石の目利きまで出来るようになってきたし、石の目まで、わかるようになってきた。それに注意留意して砥石をより鋭く刃を傷めぬように研げるように石の目まで気をつけている。
このままでは、本職の砥石砥の職人になってしまいそうだ。
竹簡に記す前段階の雑布に記すことすら、許されたことがない。
ただ、本当の青史を記すのは、この同じ左礼房でも、礼部本館でこの司史所ですらない。
この司史所は、資料の下調べ、正史、青史の下書きを記すところなのだ。
だから、逆に資料や無駄な記録に埋もれて作業していると言ってもよい。
「小成よ、陳氏は、”成り”は小さいが、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、じゃな。ほほほほっほ」
劉甫は、箸を持ったまま、小成の頭をポンポンと撫で叩く。
「師匠、御言葉ではありますが、臣、陳粋華の問いの答えになっておりませぬ」
「燕雀を怒らしたか、臣、劉甫は。うん、質問に質問で問うは、無礼なことは、知っておるが、臣、陳氏に敢えて問はん!。史《しorふみ》を記すことをなんと心得る?」
「それ、只、記すと曰はん!!」
陳粋華の答えは大きかった。
「なんじゃ、それは、己の希望と質問の程度が高い割に答えになっとらん、この未熟者め」
『なんと、答えれば、いいやら、、大袈裟な、たかが、正史の下書きじゃないか、、』
そのとき、喫緊を知らせる早馬の馬蹄音が房と房の間の大路から聞こえてきた。。
早馬は青禁城の各々の房を縦横無尽に走る大路を南大門から北の丞相や天子様の居る、排天房へ向けて、駆けていく。
早い馬蹄の音は、陳粋華や劉甫たちが居る左礼房にどんどん迫ってくる。
劉甫は、粥の最後の一啜りを味わっていた。
が、陳粋華は、椀を卓に置くや居ても立っても居られず司史所を飛び出て、左礼房の門へ駆け出した。
礼部の本堂からも、幾人かの官吏が駆け出ていた。
陳粋華が本当に務めたかったのはこの、本堂の方である。
それと、丁度、<喫緊>を表す大きな赤い母衣をつけた騎乗者の乗った早馬が目の前を駆け抜けるのが、同時だった。
騎乗者は、各駅伝所で交代してきたにも拘らず、砂まみれに泥まみれ。
鼻まで覆う赤い布をしている。
馬の腹は相当を蹴りを入れたらしく、ミミズ腫れの上、血が滲んでいた。
馬は汗をかき、目をむき、馬の口は泡を吹く寸前だ。
早馬の騎乗者は、叫び続けていた。
「北陽王、謀反。北陽王、謀反。北陽王、棄明にて謀反の旗上げぇっ!!。北陽王、挙兵。北陽王、謀反。」
『なんとぉ、、、、、(*_*)、、、、。』
気がつくと、横には師匠の劉甫が爪楊枝で歯間をしー、しー、やりながら、腰をとんとんしながらすぐ隣に立っていた。
「歳をとると、歯の間に挟かって、いかんわい」
「師匠、、」
「聴こえとるわい」
「でも、棄明は天京から遠いですね」
「だから、余計に厄介じゃないのかな?、、さて、ここで我が弟子、陳粋華にいざ、尋ねん」
「御師範、なんなりと」
「今の状況を史書に記すとして、いかに記す」
「いとど、簡単なりや」
「おお、小成や。さて、いかに?」
「はっ、北陽王、棄明にて謀反。マルっと」
「マルか?」
「はっ、段落を変え次の竹簡に写っても良いかと」
「北陽王が、天下を取った場合でも、謀反になるのかな?」
『えっ、、、、、(´・ω・`)、、、うん??どうなんの?』