第7話 異文化交流第一歩
登場人物
レイナ:店主。素の頭が悪いわけではないが、基本的に脊髄で動いている。頭脳派を騙る肉体派。
常連さん:常連の筆頭。思考力は超高速、その知識は深淵より深い。体力があまりないのが欠点。
1.
世界の半分を手に入れた大帝国の、蒸気と歯車の音が響く首都。
繁華街の裏道にあるレンガ造りのビル。
一階にある店内には5席しかない自称おしゃれなカフェ。
そこは私の店であり、私の城であり私の領地です。
お店にはこの街の住人だけではなく、時には遠方からのお客様もやってきます。
例えばそう、この星の裏側からも――――。
2.
その日、私は珍しく謝罪していました。
常連さんからは傍若無人だの享楽的だの唯我独尊だの……散々な評価をされている私ではありますが、自分の店のことならば真摯な対応というものをします。
私が謝っているのは、私のミスのせいで声を荒げ、我を忘れるほど怒り狂い、今にも暴れ出してしまいそうな山を思わせるほど筋骨隆々な恐ろしき大男。
……などではなく、可愛らしい異国の少女でした。
着物と呼ばれる、振り回して攻撃が出来そうなほど長く垂れ下がった袖が特徴的な、前で布を重ねて帯で固定する、この街では中々見ることがない東の果ての民族衣装。
その上にお腹のあたりで結んで履いているスカート……いえ、よく見たらズボン状になっている布を纏っています。後で知ったのですが、袴と呼ばれているそうです。
上半身は淡いピンクの花柄の布で、身体の半分以上を覆っている長いズボンは対照的に深い紺色でした。
艶のある長い黒髪を後ろで一つに結び、黒い瞳を持つ少女は――今にも泣いてしまいそうな顔をした少女は謝る私に、
「いえ……そんな、私の方こそ無理を言って……」
彼女の方が申し訳なさそうに戸惑っていました。
事の発端は少し前、この店へ訪れた彼女――ミオと名乗った少女の注文です。
「きんつば……ですか?」
聞いたことがないその言葉を、私は頭の上に疑問符を浮かべながら復唱しました。
飲食物なのは間違いないのでしょうが、残念ながら異国の言語に疎い私では、四音のその言葉から具体的な姿を推測することはできません。
こんな時に常連さんがいてくれたら、あの方は非常に広くて深い知識を持っていますし、きんつばなる存在がどのようなものなのか、製法ごと教えてくれそうなものなのですが。残念ながら今日は不在です。
仕方がないので正直に、
「すみません、そのような品はこの店では扱っていないですね……」
そう言うと彼女は凄く落ち込んだ様子になり、
「そうですか……」
しょんぼりと言いました。
庇護欲を掻き立てられるような、小動物に似た雰囲気を纏う彼女が落ち込んでしまうのを見ると、物凄い罪悪感を……。
これ以上彼女を、そして店内の雰囲気を暗くしないように、できるだけ明るく聞きました。
「きんつば……でしたか? それは一体どのような品物なのか、よろしければ教えていただけませんか」
その言葉に彼女は一度頷いて、
「私の国の伝統的なお菓子で、固めた餡子を、水で溶いた小麦粉をつけて焼いたものです」
再び謎の言葉、あんこ……ですか。随分とこの辺りの国とは異なった食文化をお持ちのようです。
聞けば小豆と呼ばれる豆を砂糖で煮詰めたものらしいです。
それに小麦粉の生地を付けて焼くとなると……ロールケーキのようなものでしょうか? と私は考えてみましたが、肝心の餡子の味がわからないのでコメントできません。
私の店はメニューに載せている数こそ少ないですが、食材はそれなりに用意しているので注文に応じて出来るものなら何でも作ることはできます。
しかしながら、流石に東の果ての島国に伝わる伝統的な物までは揃えていません。
ベイクドビーンズ用の大豆ならあるんですけれどね。小豆なるものはないので大豆で似せようとしても彼女が求めている味は決して出せないでしょう。
「ここにもなかったか……」
注意していないと聞こえないほどの小声で、ミオは呟きました。
その言葉から、いくつも店を回って探しているのでしょう。そうまでして求めるお菓子とは、それほどまでに美味しいのか、はたまた――。
「こんなことを言うのは酷だとは思いますが、私はこの辺りの飲食店は殆ど訪れたことはあります。しかしながら、貴方の国の料理を扱うお店は見たことがありません」
残酷な現実ではありますが、かといって存在しないことを知っているのにこれ以上無駄足を踏ませるのもそれはそれで酷い話です。
彼女の国と我が国が交流を始めたのはわずか数十年前であり、留学や視察を筆頭に、多くの人がこの国を訪れていますが、彼らの国の文化がこの街で広まるのはもう少し時間がかかりそうです。
私が言ったこの街の現実を知って、ミオはとても残念な顔をして、
「そう……ですか……」
消えそうな声でそう言うと、帰り支度を始めてしまいました。
ああ、やめて。そんな顔を見せないで。泣きそうな顔なんてしないでください。
罪悪感が膨れ上がっていきます。私はか弱い少女をいじめて楽しむような変態なんかではありません。
可愛い女の子には笑顔で居て欲しいです。誰だってそうでしょう?
だから半分ぐらい無意識に、あるいは衝動的に、
「待ってください!」
呼びとめていました。頭を下げて、
「この店にきんつばがないのは事実です。申し訳ありません」
そして時間は追いついて――。
「いえ……そんな、私の方こそ無理を言って……」
申し訳なさそうにそう言うミオ。
「そんなことはありません、全て私が悪いのです」
ええ、周辺の店にないからといって、置いていなくていいという理由にはなりません。
むしろ、他にないのなら、私こそが提供しなければならないのです。
それが出来ないというのならば……それは私の怠慢以外の何物でもないのです。
「だから、一日……一日待ってもらえませんか」
「一日……?」
「ええ、明日もう一度この店にやって来てもらえませんか。大丈夫ですか?」
「私は構いませんけれど……でも……」
求めるものはないのでしょう? と言いたげな顔をする彼女。
その通りです。この店にきんつばはありません。ですが簡単なお話、ないのならば、
「明日までに、私がきんつばをお作りします。絶対に作ってみせます。それでもよろしければ、また明日ここへやって来てくれませんか」
ないのならば作ればいい。材料がないなら探せばいい。作り方を知らないならば教えてもらえばいい。
泣きそうな少女をただで帰すわけにはいきません。この店を悲しい記憶の場所として覚えてもらうなんて、私が自分を許せなくなります。
私の熱意が伝わったのか、
「そこまで言うなら……わかりました。また……来ますね」
泣きそうな顔がほんの少し笑顔を取り戻し、そしてそのまま帰って行きました。
「…………」
私一人になった店内で、数分の間ただ静かに色々考えて、
「……よし!」
一言、気合を入れると私もまた、店の外へ向かいました。
ドアを開けて外へ出ると、ちょうど常連さんがやってきました。
「生憎ですが、今日はもう閉店です。さあ、帰った帰った……いや、貴方には手伝ってもらいます。先に裏へ行ってください」
はあ? という表情で、反論か何か言いたげでしたが、私が有無を言わさない雰囲気だったのを感じ取ってくれたのか、渋々と裏のガレージへ向かってくれました。
私も急いで通りに出しているテーブル席を片付け、店内の灯りを消して入口に鍵をかけるとガレージへ向かいます。
3.
次の日。きっかり二十四時間後、ミオは現れました。
ブーツの音を鳴らして歩き、昨日と同じ席へ座りました。まだ信じられないという様子で、どこか落ち着きがありません。
それもそうでしょう。昨日は求めている物がこの街のどこでも手に入らないと言い放った張本人が、手の平を返したように用意できると言ったのですから。
「今日はお越しいただきありがとうございます」
最初に私が言いました。そして、返答を待たずに、本題へ入ります。
「こちらが、きんつばでございます」
背筋を伸ばして座る彼女の前に、和菓子を載せた皿を置きました。
白い磁器製の皿とは対照的に、黒に近い濃い茶色の直方体。それが透けて見えるほど、薄くて白い生地で包まれているのは粒あんと呼ばれる小豆を煮詰めて固めた物。
東の彼方、こことは何もかも違う、遠い異国で好まれているというお菓子。きんつばを彼女の目の前に置きました。
皿の上に佇む塊を見て、ミオは目を見開いて、
「これ……本当に……?」
「ええ、レシピ通りに作ってはいるので、ぜひ食べてみてください」
「……いただきます」
フォークを手に取り、少量切り崩したら口へ……果たして味の評価は。
「おいしい!」
その言葉に、心の中でガッツポーズを作りました。ええ、とても嬉しいですとも。
「でも、この辺りでは手に入らないのでしょう? どうしてわずか一日で……? それにこのお茶も……」
皿の上のきんつばと、カップに注いだ緑色のお茶を見比べて尋ねる彼女の問いを聞いて、私は振り返ります。この二十四時間の出来事を。
昨日、お店を閉めてまず私と常連さんは街へ繰り出しました。
もちろん私のバイクで、です。何せ早いですからね。荷物があまり載せられないのが少々問題点ですが、お菓子一食分の材料ぐらいならばリュックサックに収まります。
私たちは最初に比較的近くにある、ミオの国の出身者に向けて、そして異国情緒あふれる民族衣装に興味がある金持ちに向けて、着物を輸入販売している店に急ぎました。
バイクを走らせ到着すると、店長さんに頼み込んで輸入ルートや他に輸入品を扱う店を知っている限り教えてもらいました。
そして教えてもらった中で、近い順に他の店に行くと再び同じ質問を。
目標物には中々たどり着けませんでした。
かつてに比べると文明も技術も発達しているこの時代。惑星の裏側にあるような国からでも、飛行船を利用すれば二週間ほどで品物を届けることができます。
何か月もかかる海路に比べると、二週間という早さで届く空路の開拓は、非常に革新的なものでした。
しかしながら飛行船には飛行船で独自の問題がありました。
船に比べると、構造上大量に貨物を載せることはできませんし、必然的に一度の旅で運べる量は少なくなり、その分料金も高くなってしまいます。
着物のように、多少高くても一度買ってしまえば問題ない衣服や民芸品などはいざ知らず、消耗品である食品は残念ながら主にコスト面から飛行船での貿易には向いていないので、個人の営む店舗で扱うには難しいという問題がありました。
気づけば日はとっくに暮れ、蒸気まみれの中心街から遠く離れた、バイクで何十分もかかる地区へとやって来ていました。
見る景色の全てがレンガや金属のパイプで閉じられている中心街が嘘のように、この時代に、そして大帝国の首都の一地区でありながら緑に溢れた、田舎のような風情を感じる場所でした。
教えてもらった店も少なくなっていましたが、一軒一軒巡り、既にその日の営業を終えていたら常連さんと二人がかりで叩き起こし、夜襲のごとく押し入って情報を貰います。
何度繰り返したかわかりませんが、日付がギリギリ変わりそうな時間に、ようやく目的の物を手に入れることが出来ました。
かなり離れたその地区から大急ぎで自分の店へ戻ってくるとそのまま、私は常連さんにレシピを教えてもらいながら、お菓子を作り始めたのです。
慣れない異国の調理法、手に入れられた材料の量は少なく、ぶっつけ本番でやるしかない状況、神経を研ぎ澄まし、ひとつの工程それぞれに全霊を注ぐこと数時間。
結局、日が昇り始めた頃にようやく完成へこぎつけることが出来ました。
ほぼ無理矢理付き合わされた常連さんは完成と同時に意識を失ったので店の倉庫に投げています。
午前の営業は臨時休業として私もまた、数時間ですが仮眠をとって今この瞬間に備えました。
ただ一人の少女に故郷の味を届ける瞬間に。
まあ、私がどのように食材を調達したのか、さらに詳しく話せば冒険譚として売り出せるほど分厚くなりそうなほどエピソードが満載でしたが、それはそれ。
自分の苦労を、店員の苦労を、お客様に聞かせるわけにはいきません。
どのような事情が裏にあろうとも、それを外から見えるようにしていては気になってしまって楽しめるものも楽しめなくなってしまうでしょう。
お客様にはただ美味しいコーヒーや料理を何の心配もなく、自由に楽しんで欲しい。
だから私はおどけたように答えるのです。
「私にできないことはないんですよ。不可能を可能にする女と呼んでください」
「でも……」
まだ何か言いたげだった彼女を制して、
「まあまあ、いいじゃないですか細かいことは。それよりもお茶も飲んでみてください。貴方の国のお茶は緑色なのですね。抽出してみて驚きましたよ」
「ええ、緑茶と言うの……こちらも、いただきます」
私も作っている最中何度か味見をしましたが、このお茶もまた独特な味でした。
常連さん曰く、緑茶の葉は私たちが普段飲んでいる紅茶と同じ種類で、加工法が異なるだけである。
同じ素材でありながら紅茶に比べると遥かに強い苦みで、濃い緑の塊が口の中を殴りつけるかのような、香りではなく味と表現したくなる強い風味を持っていました。
惑星の反対に位置してお茶の製法と味は異なっていながら、材料は共通だなんて少し世界の神秘を感じてしまいます。
そしてお茶を飲んでミオは、
「ああ……とても、落ち着く味です……故郷で飲んだあの味です」
目を細めて微笑んでいました。そのまましばし無言でお菓子とお茶を、一口一口噛みしめるように、ゆっくりと時間をかけて食べました。
「お口に合いましたか?」
食べ終わった彼女に、聞いてみました。緑茶は抽出するだけでしたが、きんつばの方は殆ど手探りで作ったので、おそらく彼女が母国で食べていた本物に比べるのもおこがましいほど拙い出来だったと思います。
それでも彼女は言ってくれました。
「とても……とても美味しかったです」
目に涙を浮かべながら。
急に涙を流し始めたので、もしかして無理をしているのか、本当は泣くほど不味かったのではないかと思い、
「ああ、そんな無理はしなくていいですよ?」
「無理?」
「ええ、泣くほど辛かったのなら……」
「泣く……?」
そこで彼女は右手で自分の頬に触れました。泣いていると自覚したせいか、涙の勢いが増して、止まりません。
「あれ……どうして? 本当にお菓子は美味しかったんですよ。でも……どうして私、泣いてるんでしょう」
「それは……」
どうしてでしょうか。私が何も言えないでいると、
「だってようやく、ようやく食べられたんですよ。ずっと願っていて、ようやく叶って悲しいなんてないはずなのに……」
求めたものを手に入れたのに流れてしまう。もしかしたらその涙は、
「安心した……ですかね」
私はとても小さな声で呟きました。声はミオに届くことはなく、彼女はあれ? あれ? と止まらない涙を手の甲で拭いています。
遠い、遠い東の国。
飛行船や船の発達で昔よりは時間的距離が格段に近くなったとはいえ、この星の真反対に位置しているということは変わりません。
物理的にも、文化的にも、大きな隔たりがあるというのが事実です。
そんな場所から、少女と呼ぶべき年齢でありながら遥々やって来た少女。
どうして移って来たのか、家庭の事情か個人的な事情か、あるいは別の要因か。いずれにしても、うら若き乙女にとって慣れない異国での生活というのは大変なものです。
頭では問題がないと思っていても、知らず知らずのうちにストレスは溜まり続けて彼女を蝕んでいく。
昨日やって来たときに呟いていた「ここにも」求めるものがなかったという言葉から、しばらく街中を探し回っていたことがわかります。
それほどまでに強く求めていたのはなぜなのか。
きっと、慣れない生活の中で無意識の内に故郷での思い出を求めていたのでしょう。生まれ育った、慣れ親しんだ、そこにいるだけで安心する故郷を。
遠い異国、大変なことは数多く、しかし癒しは手に入れ難い。
そんな生活でようやく触れることができた故郷の味に癒され、張り詰めていた緊張は解きほぐされ、溜まっていた物が溢れ出る。とめどなく。
彼女の助けに、私がなれたことに喜びを感じます。
「好きなだけ泣いて良いんですよ。どうせこの店は滅多に客が来ないですし」
「うん……うん……」
カウンターの向こうへ歩いていき、彼女の横へ。そして彼女の頭を胸に抱き寄せて、
「いつでもここへ来てくださいね。今日用意したものは常に用意するようにしますし、言ってくれれば何であろうと揃えて見せますから」
「ありがとう……ございます」
しばらくの間、泣き声だけが店内に流れていました。
4.
「貴方も知っているとは思いますが、あれ以来東洋の料理もいくつか提供するようになったんですけれどね?」
後日、いつものように常連さんに語りかけます。
私の話は聞き流して、いつものように新聞だけを見ながら、時折コーヒーを飲んでいます。
ちなみに、今飲んでいるコーヒーは、あの日の材料調達のために丸一日連れ回したお詫びとして、いつもより数ランク上の豆をふるまうと約束した高級品です。
「まあ、私でも作れてなおかつ営業に支障が出ない簡単なものに限っていますが」
それでも繊細な料理が多くて大変です。
この国の料理は芋を蒸したり揚げただけだったり、味を薄めに作って出来た後に個人が好きなようにドバドバと調味料をかけた雑なものも多いです。
材料を切って投入したら終わりの一工程で後は出来るのを待つだけのこの国に比べ、彼の国の料理はスープ1つとってもお湯の沸き具合に合わせて材料を出したり入れたり、やることが多くて大変です。
ですがその手間暇をかけた分、完成したら材料が互いに絡み合う複雑な味が内在し、実に面白いとも感じます。
「正直未だ知名度の低い異国の料理ですし、注文は少ないのですけれど、実際に食べたらリピート率も高くて好評ですよ」
作れるようになった料理も増えていますが、その材料のストックで倉庫が圧迫され始めているのでいい加減妥協点を見つけなければならないというのが最近の悩みです。
「話は変わりますが」
と、前置きを置いて話題を例の少女、ミオのことに。
色々ありましたが、時折この店を訪れては故郷のお菓子とお茶を楽しみ、昔は故郷でどんな暮らしをしていたかを話してくれていたりします。
常連さんもその場に居合わせたり、居なかったり。
「それで昨日も彼女は来ていたのですが。凄い物を見たんですよ」
昨日の夕方は珍しく、表のテーブル席で二十歳前後の男性四人が座っていました。それぞれコーヒーや紅茶を飲んで。
「突然私を呼んでですね、なんて言ったと思います? そう……いちゃもんをつけてきたんですよ」
始めの内は真面目に聞いていましたが、だんだんとただ叫び散らしてストレスを発散させたいだけだとわかるほどに支離滅裂な内容になって来たので、
「さあ、いよいよ私が殴るのが早いか、向こうが先に殴るかという状況になったとき、店の中からミオちゃんが出てきたんですよ」
その展開は予想外だったのか、ほう? と新聞から顔を上げてこちらを向く常連さん。
私も驚きましたよ。どうしても最初に会った時、故郷が恋しくて泣いていたイメージが強かったですから。
「私が、危ないから中に居てくださいと言ったのですが、そのまま四人組の前に立ちはだかったんですよ」
それを見て、獲物が増えたと言わんばかりに、四人は彼女の方に寄って、
「『こいつがどうなってもいいんだったら店長さん、それなりの誠意を』なんてニヤニヤと笑いながら、ミオちゃんの肩に手を載せようとしたんですよ」
流石に彼女に危害を加えさせるわけにはいかないので、私が拳を四人組の内の一人にお見舞いしようとした瞬間。
「その肩に手を置こうとしていた人が倒れたんですよ」
またまた冗談を……と信じていない常連さんも無理はありません。
私も、そして倒れた仲間を見た残りの三人も、誰もが状況を理解できませんでした。何が起きたのか、理解していたのはただ一人、ミオだけでした。
そしてその少女が、初対面ではあれほどまでに泣きそうになっていた少女が、とても冷徹で鋭い声で言ったのです。
「レイナさんに手を上げる者は私が許さない。これ以上やるのなら、私も容赦はしないから……それでもいいなら、かかってこい」
何をふざけたことを……という雰囲気が男性たちの間に広がりました。そして同時に何か危険を感じたのか、その中の一人が急に彼女へ殴り掛かりました。
それを合図にするかのように、更にもう一人がミオの方へ。残りの一人は私の方へ殴りかかってきました。
「ええ、そうですよ。返り討ちにしました。そうじゃなかったら今ここにはいませんよ」
無謀にも私へ挑んできた男性には、固く握られた彼の右手を、少し身を回してかわし、そのまま鼻っ面に当たるように左のグーをお見舞い。
痛みが走る鼻を庇うように手で覆い、少し後ろに下がった彼を追撃するように、脇腹へ三日月のような弧を描く回し蹴りで左のつま先を。
その回し蹴りの勢いのまま私は半回転、そこで左脚を軸足に変え、回転の勢いは維持したまま今度は右足で円を描くように、自らの脇腹に視線を取られている男性の死角を突くように、固いブーツの踵を叩き込みました。
頭部への鋭い一撃に、流石に意識を失ってその場に崩れる男性。
男性が倒れたのを認めて、急いで私がミオの方を向くと、私がこの動きをしたほんの数秒の間に、一人を倒した間に、
「なんと彼女は二人とも倒していたんですよ。しかも傷一つなく、衣服の乱れもなしに」
その情報に、流石に驚きの表情を浮かべる常連さん。嘘だと疑われますが、私は嘘をつきませんよ。何の得もないですし。
料理もそうですが、極東には私の知らないことがたくさんあるようです。
二人……いえ、正確には三人の男性を少女が倒すなんて、ちょっとした新聞沙汰ではありますけれど、そんな所業をこともなげに成し遂げた。その秘密とは、
「ミオちゃんが何か言いかけていたんですよね。アンミツ? が何とかって。きっとあの国の言葉だと思うんですけれど、知っています?」
常連さんは一瞬目を見開いて、その後ニヤリと口角を上げました。
「アンミツはあの国のお菓子? アンミツは……って、何か含みがありそうな言い方ですね。もしかして私、聞き間違えていたんでしょうか。ねえ、教えてくださいよー」
常連さんは、ねえねえ、と目の前で騒ぐ私を馬鹿にするように、愉悦ここに極まれりと言った実に腹が立つ表情で私を一瞥すると、私との間に壁を作るかのようにわざとらしくバサッと新聞を広げてしまいました。
――さてさて、結局アンミツとはなんなのか、教えてもらうことはできず、何やら秘め事があるようではありますが。
「このどら焼きも美味しいです!」
「ええ、そうでしょう。何せ料理の実力も私は完璧なのですから。レシピと材料さえあれば何でも作って差し上げますよ」
「本当に、レイナさんに出会えてよかったです」
なんて、眩しいほどの笑顔を浮かべることができるようになった遠い異国からの少女が一人。
初めての来店のときが嘘のように明るく振る舞う彼女は、他の常連の片とも仲良くしていて、最近は彼女目当てでやって来る人もいるぐらいです。
ええ、正直に言うのは照れてしまいますけれど、彼女はもう、私のお店の大切な――それはもうかけがえのない存在ですよ。
第7話END