第6話 レプタイルズラブ(後)
登場人物
レイナ:店主。来る客拒まず去る客追わず。
常連さん:職業不詳。色々スペックが高い。
ルイス:ヒト型爬虫類の男性。数日前に悩みを相談した。
1.
世界の半分を手に入れた大帝国の首都。
メインストリートから一本逸れた路地にあるレンガ造りのビル。
一階にある喫茶店の中は狭く、広さを感じる外のテーブル席も一組だけ。
もうすぐ雨が降りそうな空模様なので、私はそのテーブルを片付けようとしていました。
――そして背後から、声をかけられたのです。
2.
「あれ、もう閉店してしまうのですか」
わずか数日前にも全く同じ台詞で話しかけられましたね……なんて頭の隅で思い出してかすかにクスリと笑った後、真面目な顔を取り繕って振り向きます。
「いえいえ、雨が降りそうなのでテーブルを片付けようとしていただけですよ」
私にかけられたのは全く同じ台詞ではありましたが、そこに立っていたのは可愛らしい少女でした。
年の頃は十代後半でしょうか、肩の少し上で切り揃えられた少しウェーブがかった茶髪で、大きく可愛らしい緑の瞳をした女の子です。
白いシャツの上に茶色い革のコルセットを巻いて、下は明るい色のロングスカートを穿いています。
つい癖で黙ってじっと観察してしまった私に、
「あの、どうかしましたか……?」
と聞いてくる少女。なんでもないですよと前置きして、
「失礼しました、可愛らしい方だったので、つい見とれてしまいました。よろしければ、中へどうぞ」
私は扉を開けて中へ誘います。彼女は中へ入って一番手前の席へ。
少し待っていてくださいね、と伝えた後に急いでテーブル席を片付けます。
「ご注文はお決まりでしょうか」
テーブルとイスを倉庫に収めて、カウンターに戻ってきた私は聞きます。
「では、コーヒーを」
「はい、すぐにお作りしますね」
いつも通り、サイフォンでさっとコーヒーを作ったら、カップに注いで彼女の目の前に置きました。
彼女は一口含むと、ポツリ、おいしいと感想を漏らします。
そうでしょう、そうでしょう。私の店の商品は全て一級品ばかり揃えていますからね。それに何より私の腕がいい。その辺の店では味わえない味ですよ。
褒めてもらえると自然と私も笑みが零れます。
奥の席に座る常連さんは私の心を読んだかのように、いつものように呆れたという目で見てきます。いいじゃないですか、たまには自画自賛しても。
さて、置物のように黙っている常連さんは放っておきましょう。私は目の前に座っている少女を見ます。
彼女もまた心配事があるのでしょう。可愛らしく整った顔は憂いのある表情に。
なにごとか、言い出しにくいことがあるのでしょう。タイミングを見計らうように、視線は私の顔とカップの中を往復しています。
私と目が合うと、少し引きつった笑顔を作ってすぐさま目を逸らしてしまいます。
これは、私から聞いてほしいということなのでしょうね。いいでしょう。
一呼吸開けて、私は切り出します。
「お嬢さん、何か心配事でもあるのですか」
彼女は驚いた表情で、
「え、どうして」
気づかないとでも思ったのでしょうか。本気で隠していたつもりなら、彼女には残念ながら演技の才能はないようですね。
そんな失礼な考えは飲み込んで続けます。
「いえ、私のお店には何故か悩みを多く抱えている人がいらっしゃるのですよ。貴方も彼らと似たような表情をしていらしたので、もしかしたらと思って」
我ながら適当な言葉がつらつらと。
「そう、ですか」
それでも納得してくれたのか少女は軽く頷いて、
「そうなんです。以前ここは悩みを解決してくれるお店だって噂を耳にして。それで……相談に」
「私はただ、話を聞くだけですよ。解決はお約束できませんが、まあ……話すだけでも楽になると言いますし、私でよければ聞きますよ」
そして彼女は話を始めます。
「私には、好きな人がいるんです」
恋の話を始めます。
話を聞くと彼女――本名リィズ・ラタスティアさんは、とある男性に恋をしていると言います。
彼女は普段、飲食業に携わっており、一年ほど前から彼女のお店にしばしばやってくる常連の男性が意中のお相手。
熱心に通い、訪れるたびに話しかけてくる彼に最初は困惑していましたが、段々と心惹かれるようになっていき、最近では彼が訪れるのを心待ちにしているらしいです。
「それで、お悩みというのは?」
単刀直入に、私は聞きました。するとリィズさんは頬を赤らめて、
「その……相手の男性から先日、告白されまして」
もじもじと、恥ずかしそうに言ったのです。
なるほど、相手の方も彼女を目当てに通っていたと……。
その時ふと、思いました。点と点が繋がるような感覚がありました。
どこかで聞いたような話だなと。そう、つい数日前に。この店で。
まさかそんな偶然があるわけないと、私は自分の直感を否定します。
「ちなみに、そのお相手の男性はどのような方なのか、教えていただいても?」
「ええ、もちろん。彼は一年ほど前、この国へ来た移民らしいです」
パチリ、パーツが嵌る音が聞こえた気がしました。
「それで、お仕事は記者をなさっていて、取材の時に私の屋台のスープを買ってくれたのが初対面でした」
パチリ……再びピースが嵌り、二つの事象を繋げる橋が完成に近づきます。
この時点でかなり確信はありましたが、私は完全な証拠を得ようと、
「さしつかえなければ、お相手の名前を聞いてみてもよろしいでしょうか」
彼女はもちろん、と言い、
「彼はルイスだと、そう名乗っていました」
私の頭の中で、二つの出来事が一つに収束しました。さらなる証拠は不要でしょう。これほど全く同じような状況は、同じ街に二つとないでしょう。
つまり彼女は数日前、私に相談をしていた男性――ルイス・ボナパルトの想い人だったのです。
ルイス――人の形をして人間社会に完全に溶け込んでいるヒト型爬虫類の一人。
宇宙人の末裔である彼が、本当の自分を受け入れてくれるか悩んでいた相手、それが今私の目の前に座っている彼女、リィズなのです。
となると、彼はちゃんと告白をしたのですね。ええ、私は信じていましたよ? 彼の決意は揺らがないと。
しかしここでひとつ、疑問が生まれます。単刀直入に彼女へ尋ねます。
「両思いだということが相手の告白でわかったのなら、どうして貴方はここへ来たのですか?」
そう、彼女の話から察するに、ルイスは正体を、レプティリアンであるということは明かしていない。つまり彼女はルイスをただの人間だと信じているはず。
それならば、恋い焦がれていた彼から告白を受けたのなら、普通はすぐにでも受け入れることでしょう。
もしすぐには返事が出来ない事情があったとしても、舞い上がる恋心は多少の問題ならば飲み込んでしまうはずです。見ないふりができるはず。
恋は人を盲目にするのだから。
それでもすぐには受け入れず、返答を保留し、悩みを解消してくれるという噂を信じてここへ来た。
それならば、そうしなければならないならば――。
彼女は相当大きな悩みを抱えていることになります。
一体何でしょうかね、親に決められた婚約者がいるとかですかね?
「どうして……ですか」
リィズの言葉に私は頷きます。
「話を聞く限りなら、告白を受け入れてハッピーエンドで終わりそうでしたので。そうできない事情が……あるのですね?」
「その通りです」
短く肯定するリィズ。
「それならば、心の準備ができたら話してみてください。貴方の悩みを。一緒にどうすればいいか、考えましょう」
私が言うとリィズは、
「ありがとうございます」
そう言って、彼女の抱える悩みを――
「その前に……あの……」
――話始めませんでした。
彼女は気まずそうな顔で、ちらりと奥に座る常連さんの方を見ると小声で、
「あまり他の人に知られたくない話なのですけれど……」
と言うので、私は笑いながら、
「ああ、あの方は無視してくださっていいですよ。インテリアだとか銅像だとか、そのようなものだと思っていただければ。別に貴方がどのような秘密を話そうとも、あの方は言いふらしたりしませんし、何があっても貴方の不利なようには動きませんから。ね?」
最後に私が聞くと、無言で頷く常連さん。両手で耳を塞ぐジェスチャーまでしてくれました。
そこまで言うなら……と渋々ながらも納得してくれたようで、今度こそ話始めてくれました。
「私の悩みは……見てもらった方が早いですね」
そう言うとリィズは両手を胸の前に掲げ……。
パァン。
大きな音が鳴りました。なんてことはないただの拍手。いえ、ここまで来ると猫だましと評するべきでしょう。
急な事だったので一瞬怯み、私の視界は真っ黒に。
わずか一瞬。されど一瞬。人間は一瞬で何でもできます。例えばカウボーイは瞬きする一瞬で腰から銃を抜いて人を撃ち殺せます。
そしてリィズはその一瞬で何が出来たのかと言えば、
「これが私の本当の姿です……」
わずか一瞬で彼女の姿は全く変わっていました。
全身の皮膚は鱗に覆われた鮮やかな緑色に、元々は大きくて可愛らしかった瞳は、さらに巨大でギョロリとした、正直言って恐怖すら感じさせるものに。
頭蓋の形は鼻や口が付きだし、口の端からは牙がちらりと……。
ああ、なんということでしょう。私は知っています、この姿をした生物を。
遥か昔、宇宙からやって来た異星人。人間に紛れ込み、一説では人間を支配しているとも言われる異形の存在。
そして数日前、恋の悩みを打ち明けた男性を知っています。
自らが人間でないことを悩み、私にアドバイスを求め、最後には告白を決意した一人の宇宙人の末裔。
人間と異形の道ならぬ恋について悩んでいた男性を、ルイスを、私は知っています。
驚くべきことに、彼の愛した女性もまた――ヒト型爬虫類だったのです。
3.
人間の姿へと戻ったリィズから、数日前にルイスから聞いたような話と似た、レプティリアンにまつわるあれこれを再び聞いた私は答えを導きました。
彼女の、そしてルイスの悩みは何とも奇妙な運命にあったようですね。
双方がお互いを人間だと思い込んでいた。だからこそ無駄に思い悩んでしまった。
初めからお互いが同類だということをわかっていたら、こうも回り道をすることもなかったでしょう。まあ、私としてはお客様が増えたので良いですが。
今回の解決法は非常に単純です。私が彼女に、ルイスも同じくレプティリアンであるということを伝えてしまえばいいのです。
いや、そもそも彼女は彼が人間でないと気付いていないのでしょうか。
「それでは、貴方の悩みは、自分が人ならざるものであるのに、人間に恋をしてしまった……ということでよろしいので?」
私が聞くと、
「はい、そうです。もし私が人間ならば迷わず告白を受け入れていたと思います」
……間違いありませんね。彼女もまた、相手の正体を見抜けていません。
それならば私はただ真実を伝えるだけです。ルイスとは、誰にも正体を漏らさないという約束をしていた気がしますが……まあ、この場合は問題ないでしょう。
「貴方の悩みは恐らく解決できると思います」
私が言うと、リィズは目を輝かせて喜びました。
「本当ですか! いったいどのようにしたら……」
「貴方も、そして彼も特別なことは何もしなくて構わないと思います」
そして私は少しの間沈黙し、彼女は次の台詞を静かに待ちます。
どこから話すべきか少し考えた後、
「実はですね、貴方に告白をした男性。ルイスのことを私は知っています」
私の言葉に、目を見開いて驚きを露わにします。
「えっ……どうして、どうして? どうしてルイスのことを……?」
驚愕で落ち着きを失う彼女とは正反対に、私はあくまで冷静に答えます。
「実は数日前、彼はこの店にやってきました。貴方と同じように悩みを相談しに」
「彼の悩み……?」
「貴方に告白をすべきかどうか迷っていました。そして……」
そしてもうひとつ、その悩みを引き起こした理由。それは――
「彼もまた、貴方と同じくレプティリアンでした」
「…………!!」
驚きのあまり声すら出せなくなるリィズ。その身体はついに震え始めていました。きっと空調のせいではないでしょう。
何も言えないままでいる彼女に私は言います。
「だから何も悩まなくて良かったんですよ。貴方たちは貴方たちの先祖と同じく、人間と交わらない道を選んでいたのです。どのような星の巡り合わせなのかはわかりませんが」
「どうして……? だって……私は一度も。そうよ……この人が嘘を言っているかも」
ぶつぶつと呟きながら、しきりに首を横に振っているリィズ。おそらく頭の中では様々な考えが浮かんで、それを次々に否定することを繰り返しているのでしょう。
さて、どうしたものでしょう。思った以上にショックが大きかったようです。
これ以上刺激を与えるのは気が引けたので、さてどうしたものか、彼女が落ち着くのを待っていると――。
静寂を破る鐘の音が鳴りました。
考えられる中で最悪のタイミングで、思い当たる限り最悪の相手が。そしてもしかしたら、一気に解決まで加速するかもしれない可能性が。
入口を開けて入ってきたのは、
「こんにちはレイナさん。今日は報告に……」
ルイスでした。私の予想通り外は雨が降ってしまったのか、肩のあたりが濡れている彼は座っているリィズを見て石になったように固まり、
「…………」
リィズもまた、固まっていました。
沈黙。誰一人動こうとしない、まるで時間が停止したかのような空間です。
「とりあえず、座ってはいかがですか」
見兼ねた私がルイスに着席を促します。ルイスはリィズからひとつ席を開けたところに座ります。
どうせなら隣に座ってあげればいいのに。という言葉を飲み込んで、ただ注文を聞きます。
コーヒーが出来るのを待てないといった感じの彼のために、ただの水をコップに注いで渡すと、彼はとりあえず落ち着くためにもゴクゴクと一気に飲んで言います。
「どうして……ここに?」
その言葉は私に説明を求めるようでもあり、意中の相手であるリィズに直接聞いているようにも感じられるものでした。
少女が答えず黙っているので私が答えます。
「貴方と同じですよ。貴方と同じように、ある悩みを抱えていたから彼女はここに来たのです」
「悩み……?」
「ええ、貴方にも関係のあるお話です。いいですか? リィズさん。言ってしまいますよ」
視線を、下を向いて黙っている彼女に向けても、ただ黙っているだけなので、
「沈黙は肯定と受け取りますよ? 自分で言わなくて、いいのですか」
「おいおい……一体何を……」
話が全くわからないというように戸惑うルイス。
私が伝えてもいいですが、自分で言った方が後悔はないのでは? という私の言葉を聞いて、顔を上げたリィズはそんな彼をしっかりと見据え、
「あのね……私、実は人間じゃないの……」
「えっ……?」
驚くルイスに畳みかけるように、真実を話しました。
「私は人間じゃなくて、ヒト型爬虫類なの」
「それは……」
チラリと私の方を見るルイス。その視線に頷くことで返答をします。
さあ、どうしますか? 言葉には出しませんが、私が聞くと彼は一度大きく首を縦に。
視線をリィズに戻した彼は、
「実は僕も……同じなんだ」
今度は反対に、リィズが驚きの表情を浮かべます。そして同じように私を見るので、ただ頷いて肯定。
「僕の本当の姿は……こうなんだ!」
ルイスが自分の顔に手を当てると、瞬時にその姿が人間ではなく、爬虫類と形容すべきものに変化しました。
それを見ていた少女は自らの両の手を一回、勢いよく合わせて音を響かせます。
すると同じように、一瞬にして人ならざる異形の姿へ変貌したのです。
「…………」
「…………」
彼らはしばらく互いをずっと見つめ合います。
どれほどの時間が流れたでしょうか。とりあえず外で降っていた雨は通り雨だったようで、すっかり止んでいました。
そして彼らは、
「ふっ……」
どちらの声か判別がつきづらい、吹き出す声が聞こえたと思ったら、
「あはははは!」
二人で盛大に笑い始めました。
そのあとは二人の世界にいるように、私や常連さんにはあまり目もくれずに、一時間も二時間も語り合っていました。
異形として生まれた自分の悩み、人間に恋をしてしまったと思い込んでいたこと、同じ人ならざる存在の二人ですから、共有できることは非常に多かったようです。
話題は尽きないまま、日が暮れ始めた頃になってルイスが、
「そうだ、聞いていなかったけど……その……告白を、受けてくれるだろうか」
照れたように聞くと、
「ええ……もちろん!」
同じく恥ずかしそうに、リィズは答えました。
4.
彼らの恋はひとまずハッピーエンドを迎えたのでした。
そしてここから先は余談。与太話。あるいはよもやま話。目ざとい私がハッピーエンドのために見て見ぬふりをしていた話。
晴れて恋人となった二人に、今日のお代はサービスにすることで、安いですがお祝いに代えて、仲良く帰って行くのを見送った直後。
再び私と、常連さんのみになった店内で私はカップを洗いながら言います。
「私もまさか、女の子の方までレプティリアンだなんて全く思ってもいませんでしたよ」
先ほどこの店宛てに届けられた夕刊に目を落としていますが、ちゃんと話は聞いているようで少しニヤリと笑う常連さん。
「彼女が本当の姿を見せた時、貴方は全く驚いていませんでしたよね。どの段階で気付いていたんですか?」
常連さんは最初から、と短く言うので、
「最初から……それは私がルイスの話をした段階で……流石にそんなわけないですね。となると先ほどリィズちゃんがやって来たときですか」
肯定。私には人間との違いは全くわからなかったのですが、きっと嘘ではなく彼女の持つ恐るべき観察眼によるものでしょう。
「ちなみに、普通に生活していて、彼らが人間でないという可能性すら思ったことがない人が違和感を抱いて、気付いたりすることはあるのでしょうか」
否定。ルイスたちの話を聞くと彼らは元々、人口が少ない田舎の出身とのことで、人の多いこの街で隠し通せるのか私は心配していましたが、杞憂だったようです。
「しかし、貴方ほどの観察眼や推理力がない限り見抜くことができないほど、完璧に人間へ偽装しているレプティリアンたちの能力は恐ろしいものがありますね」
あながち、国の中枢へ食い込んでいるという噂も全くの嘘であるとは言えないかもしれません。まあ、こうして今自由に暮らせていますし、知ったことではないというのが本音ですけれどね。
しかし私の中にはひとつの疑問がずっとありました。
幸せ絶頂の恋人たちに伝えるのは躊躇われたので言いませんでしたが。
「それほどまでに完璧な偽装能力を有している。それでも彼らは本来互いが同じ種族であると、無意識でも共鳴して引かれあい、同種同士のみで子孫を残してきているはずですよね」
ルイスとリィズ、双方の両親もそうだという話でしたし、彼らの知る限りの同胞はすべからくそうして生きてきたと言います。
「おかしいと思いませんか? そのように共鳴する機能も有しているはずなのに、今日訪れた二人ともが、お互いを人間だと誤認していたのは」
果たしてどういうことなのでしょう。
頭を絞る私を見て、クスクスと笑う常連さん。
「もしかして、それについても予想がついているんですか」
私が聞くと、頷きました。
「ちなみに、そのような機能は存在せず、彼らの祖先は偶然同じ種族だけが結ばれてきたという天文学的確率な事象が起こっていた可能性は……ないですよね。ええ、知っていましたよ」
ますます私は悩むだけです。全く答えがわかりません。
「降参です。せめてヒントだけでも教えてください」
お手上げをする私を見て、愉悦ここに極まるというような悪い笑みを浮かべた常連さんが、持っていた夕刊からとある記事を見せてきました。
「ふむ……? 外交の記事……いったいこれがどのような関係が?」
後は自分で考えろと言わんばかりに、新聞を畳んでカウンターに置いて深く座り、つい先ほど追加注文した本日五杯目のコーヒーを飲み始めてしまいました。
仕方なく私は新聞の記事を詳しく読みます。
我が国の外交についてです。貿易に関する新しい取決めが、大陸の遥か東にある国と結ばれたという内容でした。
大きく貼られた写真には握手をするこの国のお偉いさんと、相手の国の偉い人が。
いくらなんでも彼らがレプティリアンである、なんてことはないでしょうし、まったく繋がりが見えません。
「これ、本当に関係あるんですか?」
疑いながらも、様々な事を考えます。
更にしばらく頭を働かせても、中々これという答えが出てこなかったので、
「もう一つぐらい、ヒントとか……くれませんか」
仕方ないな、という様子で、ポツリと二つだけ常連さんは発しました。
――ルイスとリィズ、二人は違う種類。
それだけでした。ですが違う種類とは、どういうことでしょうか。
種類と言えば確かに彼らは人間とは違う、ヒト型爬虫類という種族ですが、あの二人はどちらも似たようなトカゲのような姿ですし――。
そこでふと、とある考えが思い浮かびました。
確かに彼らは同じくレプティリアンです。しかしながら、二人が全く同一であるとは誰も言っていません。
もしも、彼らがレプティリアンの中でも違う種類だとしたら……?
記事を再び見ます。写真には握手をする二人のお偉いさんが。握手をする、肌の色も顔のつくりも異なる二人の男性が写っています。
異なる人種の二人が。
太古の昔、最初の人類は南の大陸で誕生し、長い時間をかけて世界各地へ移動するにつれて、その土地に合わせた変化をしていきました。
肌の色、顔のつくり、骨格、体質……ありとあらゆる点で、その土地に最適化されたものとなることで人類は互いに違う民族を築きました。
同じ人類ではありますが、それぞれの人種が全く同一であると論じてしまうのはナンセンスでしょう。それぞれ得意なことも違いますし、文化も何もかも異なっているのですから。
それがもしも、レプティリアンでも共通していたら――?
同じく大昔、この惑星へ訪れたレプティリアンたちも各地へ散らばるに合わせて、最適化していったとしたならば。
ルイスは違う大陸の出身で、最近こちらへ移民としてやって来たと話していました。そしてリィズはこの街からしばらく北へ行ったところの田舎の出身だとも。
彼らが人類と爬虫類、どちらに近いのかは謎ですが、爬虫類は特にトカゲや蛇に限っても、それぞれの種類の間で人類よりも遥かに多くの多様性が広がっています。
毒を持っていたりいなかったり、昆虫食だったり草食だったり。
「先祖代々暮らしていた土地が異なる彼らが厳密には、文字通り別種ということですか」
そして種類が異なるなら、共鳴がなかったことにも説明が付きそうです。
例えば、一部の鳥は鮮やかな羽根を披露することで同種のメスに求婚をする種類がいると聞きます。
そしてその求愛行動はたとえ鳥という枠組みでは同じであっても、その辺にいる鳩やカラスには何の意味も持たない。
それが彼らでも同じだったとしたら。
ルイスの出身国にいたレプティリアンたちが無意識のうちにやっていた振る舞いがあるとして、そこに人間には読み取れない意味が含まれていたとしたら。
リィズの方でも同じです。彼女の種族、その周辺にのみ意味がある行為。
種類が違うのならば意味が伝わらないものが存在していたのなら。
それが彼らの祖先が人間と交わらなかった真実。そしてルイスとリィズがお互いを見抜けなかった理由。
同種にのみ意味がある、遺伝子に刻まれた行動。
「……私はそう考えたのですが、どうでしょう?」
私が聞くと、常連さんは肩を竦めました。
「さあね……ってどういうことですか。貴方はわかっていたのでは?」
それが一番可能性としては高いが、確かめる方法がない。そう常連さんが言うので、私はそれ以上追及しようがありませんでした。
私たちはレプティリアンではありませんし、彼らの持つ独自の文化を読み取ることはできないのだから。
「結局真実はわからずじまいですか。何とも不完全燃焼気味ですねえ……まあ、暇つぶしにはなったので良しとしましょう」
まあ、ハッピーエンドで終わった物語のアラを隅から隅まで見渡して、追及するというのは野暮というものですし。
なぜなら彼らの物語は恋の物語。
恋には盲目であるべきなのですから。
第6話END