その六「前途多難」
話は終わった、いつでも活動は出来る。
とはいえ解散した後から直ぐ行動していたので多少の希望はもっていた。
きっと何人かは実験道具として使われるより人間として生活してみたいだろう。気まぐれのような何かでこっちに来てくれるだろうと思っていたのだが。
「だーれーもーいーなーいー。」
ぐでっと昨日お姉ちゃんといた部屋を勝手に使いベッドに伏せる。
鍵も掛かっていなかったし特に咎められもしなかったので大丈夫だろう、たぶん。
ベッドの柔らかさはカプセルと違った心地良さがある、それにお姉ちゃんの匂いがほんのりと香り安心感もある。
……、決して僕は匂いフェチなどではない。
問題はそこじゃなき。
昨日どれだけかわからないがけっこうな数の同輩たちに声を掛けた。
いや、その時点で気付くべきだったんだ。
彼らには確かに自我が芽生えた。
しかも急速に、大人たちが思っているよりも自己はしっかりしているはずなのだ。
のだが、やっぱり彼らにはこの事態は色々と早すぎる。
「なにかを決めることが恐いんだろうなー。」
ポツリと呟く。
いくら自己があろうと自分で何かを決めたことがない。
その差は大きいだろう。
特に今回は自分の命を捨てるかどうかという話だ。
これまでと変わらないとはいえ、自分を持ってしまった以上命が惜しくなるのは当たり前だ。
きっと、自己のないままなら死ぬことなど恐れはしなかっただろう。
Z区へ送り飛ばされ死ぬくらいなら心を殺してこれまでのように実験道具として扱われる方が良いとすら考えてしまっている。
それではこれまでと変わらない。
そんなのはイヤだと思いながら決断出来る人間は少ないだろう。
辛くとも死なないなら慣れている方が楽なのには間違いない。
残業して終電帰りするのだって毎日のようにしていれば麻痺してしまうものだ。
僕だって今回の事が無ければそちら側だったかも知れないんだ。
文句はない。
「無いけどさー。あ゛ー、もうどうしようかなー。」
まだ全員に声を掛けたわけではない。
とはいえそれでも何人着いて来てくれるだろうか。
それに大人たちは気付いていないとでも思っているのか、主に僕と同型である個体狙っていくつか攫っている。
咎めた所でまともに取り合ってくれないだろう。
彼らが二言返事で着いてきてくれる保証もない。
お姉ちゃんはあの後から姿を見せていない。
寝るためにカプセルの中へ戻ったときにそこの端末から探知してみたがマザーにもどってなにかしているくらいしかわからなかったが彼女は彼女で僕たちのために尽力してくれていると信じたい。
「…、良し、もう一回行ってこよ。」
数少ない唯一の味方である人が今もずっとなにか僕たちのためにしてくれているんだろうと考えるとこんな所で突っ伏してる暇は無いんじゃないか。
少なくともなにもせずにいるなんて出来ない。
折れかけた心を奮い起こして部屋を後にする。
まだ声を掛けていない人を中心に誘ってみることにしよう。
きっと何人かはこちらの方に着いてくれる事を信じて走り出した。
「ジャジャーンッ!困っているJ君のために俺、参上!!」
ふふん、大事な大事な家族が困っている所に颯爽と駆けつける私。
これでJ君も惚れ直す、いやもっと甘えてくれるに違いない!
──この部屋にはだれもいない。──
「さぁ、J君恥ずかしがってないでお姉ちゃんに抱きついておいで!!」
J君の居所は常にマークしているのだ。
さっきまでこの部屋で駄々を捏ねている姿を見てはマザーの領域に一区画作ってスクショに納めて満足できるはずがあろうか。いや、ない!
──しかし、この部屋にはだれもいない。──
「出ていらっしゃい!!お姉ちゃんの胸に飛び込んで存分に甘えて、──」
「だれもいない部屋でなにをしているのだ、お前は。」
ちょうどいいタイミングでブシュゥ、と扉が開きクロードが訪れる。
見つめ合う二人。
静寂が訪れる。
まるで蛇に睨まれたカエルのようなA-00。
そして時は、動き出さなかった…。