9話-家族
ただ怖かった。
隠す必要なんてないんだろう。きっと聖は受け入れてくれる。
でもそうじゃない。
怖い。またあの時みたいに失ってしまうのが怖かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『お前は危険だ。』
『やはり失敗作だった。』
『地下牢に入れておけ』
全部全部俺の望んた事じゃない…俺のせいじゃない…!
なら…いっそ殺してくれよ……!
『お前、俺の暇つぶしに付き合え』
そんな無愛想な変わり者は、ある日突然俺に話しかけてきたのだった。
「…お前、こんなとこに来ていいのかよ」
「心配するな、今日からお前の監視を任されたから仕方なくここへ来ただけだ。」
『仕方なく』をやけに強調して言うこいつの顔は見たことがある。あの偉そうな大人達に紛れていつもつまらなさそうな顔で実験の様子を見るのだ。
「あぁ、それと、これ着けてくれる?」
と、差し出されたのは黒い帯状の首輪の様なものだった。
「親父が開発した首輪型薬品投与装置なんだけど、僕が改良した」
普段定期的にしている注射よりは痛みが軽減されている。とそいつはその首輪を俺の方に投げて寄越した。
「……また明日来る」
そう言って無愛想な白衣の少年はそのままどこかへと去っていった。
そいつは言葉通り、次の日もその次の日も俺のところへやって来ては2、3時間自分の研究について難しい単語を並べて語るのだった。
そこで俺が知ったことと言えば、こいつの名前(仁科 章)と毒の研究をしている、と言う事ぐらいだ。あとは全く理解出来なかったしこの先することも無いだろう。
研究の事を話している章は、心なしか楽しそうにも見えたがそれに呼応するように、悲しそうにも見えた。
「もしさ、外に出られるとしたらどうする?」
ある日唐突にそんな質問を投げかけられた。そんな言葉を放った章は普段では考えられないくらい、不敵な笑みを浮かべていたのだった。
「そんなこと出来るわけないだろ」
「お前、俺の事信じてないな」
ニヤリ、と笑うと部屋の四つ角に取り付けられた監視カメラを示した。
「……?」
「警備が手薄な時間帯にハッキングしておいた。今あちらさんに映し出されてるのは二日前の映像だ」
「……ハッ…キング…?」
「あぁ、お前にはまだわかんないか」
そして少々馬鹿にしたように鼻で笑った。それが俺に対してなのか、監視カメラの向こう側に向けられたものなのかはわからなかった。
「さて、と。」
ガチャガチャと檻に取り付けられた頑丈な鍵を取り外し、章は俺にこちらへ来るよう促した。
「何するつもりだよ………まさか…!」
「…そのまさか」
再び不敵な笑みを浮かべると、俺の腕を掴み、走り出した。
地下を飛び出し、長い長い廊下を抜け、警備の目を掻い潜りながら屋敷を抜け出すことに成功した。
そうして俺達は警備の手薄な日を見つけては屋敷を抜け出し、よく外へ遊びに行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……」
気が付くと俺は畳の上で寝てしまっていた様だった。
「……聖…?」
読んでみたが気配はない。まだ帰っていないらしい。…出かけてから2時間は経っている。いつもなら1時間ほどで帰ってくるのに。
その時、嫌な予感が俺の頭の中をよぎった。
「…!!!」
俺は立ち上がり、玄関を飛び出した。
…が。
「どうしたの楽」
玄関の前にはいつも通りの聖の姿があった。
「い、いや…なんでも」
「そう。」
少し、風が冷たい気がした。
「ねぇ、楽、僕に黙ってることあるよね」
「…なんだよ急に、別に黙ってることなんかねぇよ」
汗をかく季節でもないのにだらだらと冷ややかな汗が背筋を伝っていくのがわかった。
「楽は優しいから」
「…」
「僕を危険な目に合わせたくなくて何も言わないんでしょ?」
「……」
俺は目を合わせることができないまま、下を向いていた。…嫌われたかな。
パァン!!!!!
「……っ…!!!!!?」
左頬に激痛が走った。熱い。
「何も知らないで守られてるより、全部知った上で一緒に戦いたい。」
「な…」
いつになく熱を帯びた真剣な眼差しだった。
「戦わせてよ。家族なんだから」