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1話-警察と探偵


 辺りは(かす)かに鉄の臭いがしていた。

 大きな赤い月が洋館を照らしている。


 赤く、赤く、不気味な程に。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「あの事件から6年も経ったんですね」


「チッ、早ぇもんだな」



 とある事務室の傍らで、先輩と後輩の仲である酒匂俊二(さかわしゅんじ)百鬼八雲(なきりやくも)は6年前に起こった事件について話していた。


 彼らは『秘密警察』という特殊部隊に所属している、職員の中でもあの事件をよく知る者達だ。


 秘密警察とは『ギフト』という能力を使用した犯罪のみを取り締まる特殊国家保安部隊。

 ギフトのユーザーであるというのも秘密警察において採用条件の一つである。



 酒匂はデスクトップに映し出された目まぐるしい程の情報を素早くスクロールしながら読み上げる。



「その場にいた関係者は全員斬殺、そのうち猫屋敷(ねこやしき) (ぜん)とその息子が消息不明……っと」


「首謀者がその消息不明の2人の可能性はあるんですか?」


「いや、それは無い。そもそも猫屋敷はフェードギフトの研究も行っていたらしいからな」



 『ギフト』とは人間に元々ある潜在能力のことで、ほとんどの人は自身の『ギフト』の存在に気付いていない。

 意識して使用できるようになることを『発現』といい、そのタイミングには個人差がある。



「今回の件ももしかしたら手がかりになるかも知れん。行くぞ」



 残った缶コーヒーを飲み干し、酒匂と百鬼はオフィスを後にした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 今回の現場は町外れにある廃工場だった。

 しばらく使われていなかったせいか、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。



「お前はそっち側を頼む」


「はい。……うっ…」



 あまりのホコリ臭さに百鬼(なきり)は表情を歪めた。

 そんな彼のことを気にする様子もなく淡々と現場を調べていた酒匂(さかわ)が、工場内のある一角を指さして百鬼を近くへ呼んだ。



「見ろ、ここの辺りに引っ掻いたみてぇな跡がある」



 彼が示した壁や放置された機械には無数の大き傷があった。

 ハサミやナイフなどで付くようなものではなく、明らかにギフトを使用した痕跡が残っている。



「特定しようにも手掛かりが少なすぎるな」



 酒匂はしばらく傷跡を見つめ(うな)ったあと、手持ちの端末で写真を専門の班へと送信した。結局わからなかったのだろう。



「ここ最近ニュースとかでよく見る切り裂き魔の仕業でしょうか」


「さぁな。」



 切り裂き魔とは、最近巷を騒がす文字通り『切り裂き事件』のことだ。

 そのほとんどがビルや車などが無残に切り裂かれる、というものだった。



「人こそ切らないものの、あらゆる物を八つ裂きにする、通称…」



 ジャック・ザ・リッパー。と百鬼が口にしようとしたとき、突風が吹き抜けた。


 思わぬ風に目を瞑ってしまう。

 風がおさまり、目を開けると先程まで誰もいなかったはずの入口に1人の女性が(たたず)んでいた。



「俊二くんこんなとこで何しとるん〜?」



 声を聞いた途端、酒匂の表情に少し苛立ちが滲み出た。


 しかし彼女は酒匂の反応は全く気にしていない様子だ。

 優しく微笑んでいるその女性は、柔らかそうな栗色の髪を後ろで束ね、クリーム色のワンピースに松の葉の緑のような濃く暗い緑色のカーディガンを羽織っていた。



「はぁ、一応聞いておくが…お前がやったんじゃねぇだろうな」


「嫌やわぁ、ウチがそんな事するわけあらへんやん?」



 女性はそんな皮肉のこもった言葉を気にすることなくニコニコと不思議なオーラを漂わせながらこちらへ近づいてくる。



「えーと、先輩…この女性は…?」


「あぁ、こいつは、(まわ)(みち)まよい。まぁ簡単に言えば腐れ縁のただの幼馴染みだな」


 ちなみに探偵だ、と酒匂は適当に付け加えた。


 話によると二人は、同じ孤児院で育ち文字通り幼いころからの知り合いだということだった。



「そんなよそよそしい言い方せんでもええやんかぁ」



 相変わらずニコニコと表情を崩さない彼女と、苛立ちを抑えきれていない酒匂。

 素晴らしいほど性格が正反対のようだ。



「あー、こわいこわい、俊二くんウチと会うときいつも怖い顔する〜」


「とりあえずその嘘くせぇ関西弁をやめろ。そしたらちょっとはマシになるかもな」



 呆れたように煙草に火をつける酒匂。

 その様子を見てクスクスと笑っている彼女はひとしきり笑い終えると、再び酒匂に向き直った。



「で、ウチが来た理由、わかってるんやろ?」


「あぁ。」



 相変わらず関西弁のままだったが、先程までのやり取りとはうって変わり、対等な立場で会話が進んでいくのがわかった。



「6年前と同じ傷やね」


「なるほど」


「まぁもうちょっと調べてみないと確証はもてないけど…」


「えっえっ、ちょっと待ってください!」



 回り道と酒匂の会話についていけない百鬼は慌てて状況整理をする。



「6年前って…あの事件のことですか…?」


「ウチは別件でここに来たんやけど、偶然、ね…」



 そう言って彼女は意味ありげに酒匂へとアイコンタクトをした。



「リッパーとなにか関係が?」


「…そうやねぇ、この壁の傷跡ができた時間からしてそう遠くには行ってないと思うけど」


「えっ、じゃあ追いかけた方が…」


「いや、今更追っても遅いやろし、ウチはこれで帰らせてもらうわ。ほな、また〜」



 百鬼の質問をさらりと返し、彼女は来た時と同じように唐突に去っていった。

 まるで嵐のような女性だと百鬼は思った。



「……自由な人ですね」


「だから嫌いなんだ。」



 そんな会話をしつつ、百鬼はふと違和感を覚える。

 酒匂はこの場所にいることを外部に漏らしていない。秘密警察の活動は外部に漏れないように義務付けられているはずだ。


 だが彼女、回り道まよいはこの場所に来た。何故、この場所が分かったのだろうか。



「先輩、そういえば回り道さん、どうやってここまで来たんですか?この場所は外部にはわからないはずですよね…?」


「あぁ、説明してなかったな。あいつもユーザーなんだよ。能力は千里眼。」


「それって透視能力ってことですか?」


「簡単に言えばな。(かせ)のせいで半径6kmまでしか見えねぇらしいが、この地区だけ()るなら十分な距離だ。」



 俺を見つけるなんざ容易い事なんだろう、と酒匂は呟くように言った。



「6kmって…結構広いと思うんですけど。もしかしてあのメガネって枷なんですか?」


「あぁ。ちなみに枷が無けりゃ日本全体を視ることができるらしいぞ」



 日本全体、という言葉を聞いて百鬼は言葉が出なかった。

 能力に枷を付けているのは体力の消耗を抑えるためなのだろう。



 そうこうしているうちに、日が暮れてきていた。結局何も手掛かりは見つからないまま、現場を後にしようと2人が立ち上がった。


 と、同時に頭上から爆発音が聞こえ、上部に固定されていた鉄骨が数本、2人を目掛けて落ちてきた。



「百鬼」


「はいっ!」



 酒匂が静かに名前を呼ぶと同時に、百鬼が蒼白い板のようなものを自分の周囲に作り上げる。


 ギフトだ。


 彼の能力は「結界」

 手から発する高温の熱によって空気中の物資を硬化させる、というもの。


 瞬時の判断で鉄骨の直撃は免れたようだった。



「チッ、めんどくせぇ。長居は無用だ、さっさと帰るぞ」



 お互い怪我が無いことを確認し、2人は足早に現場を後にした。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 長時間の勤務を終え、酒匂は1人、自宅へ向かっていた。

 しばらく歩いて閑静な住宅街に差し掛かった頃



「あれ、俊二おじさん」



 突然少女に声をかけられ、振り返る。そこには学校帰りであろう制服姿の(めい)の姿があった。



「スバルじゃねぇか。お前最近学校サボってねぇだろうな」



 少し変わった性格をしている為か周りとうまく馴染めずにいる彼女は、時折学校を抜け出して酒匂の自宅へ訪れるのだった。



「行ってるってば……一応。」


「そうか、なら問題ねぇな。よし、久しぶりに飯でも食ってけ」



 スバルの短い髪をくしゃくしゃと撫でながら、ふぅ、と煙草の煙をもう日が沈んだ空へと吐いた。

1話での登場人物



酒匂(さかわ) 俊二(しゅんじ)

性別:男

ギフト:半径50m以内であれば一瞬で移動ができる。

年齢:35歳

備考:秘密警察の職員。



百鬼(なきり) 八雲(やくも)

性別:男

ギフト:自分の半径2m以内に結界を張ることが出来る。

年齢:26歳

備考:秘密警察の職員。



(まわ)(みち) まよい

性別:女

ギフト:千里眼に近い透視能力を使い、半径6km先まで見通すことが出来る。

年齢:31歳

備考:探偵

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