15話―②『残された道』
父親と二人暮らしの少年には、感情がありませんでした。楽しいと思うことも、悲しいと思うこともありませんでした。戦うことだけを教わってきた少年には、必要ないからです。
そんなある日、少年は父親に命じられました。
「片割れを、殺してきなさい」
少年は何も思わず、言われた場所へと向かいました。
*
「蘭李………元気出して……」
心配そうな少年の声。声をかけられた蘭李は、何も答えずただベッドで横になり、背を向けていた。声の主の睡蓮も、隣にいる蜜柑も、その背を不安そうに眺める。
「どうしよう……蜜柑姉……」
「どうすることも出来ぬよ。こやつが死を受け入れん限り」
「そんな………」
睡蓮は横目を向ける。座布団の上に座るコノハは、考え事をしているようで、虚空を見つめたまま動かなかった。
「コノハも元気無い………」
「こやつにとっても付き合いが長いからのう。そう簡単には割り切れんじゃろ」
昨日、蒼祁の余命を知ってからずっと、二人はこの調子だった。特訓にも行かず、誰から何を言われても上の空。先祖達は不安そうに彼女を見守っていた。
「ねえ……本当に治す方法って無いのかな……?」
「匙を投げられたんじゃ。あるわけなかろうよ」
「でも、探せばまだ何かあるかもしれないよ!」
「無いと思うがのう……」
突然むくりと起き上がった蘭李。驚く先祖二人とコノハ。蘭李はくるりと振り向き、睡蓮を見据えながら口を開いた。
「………探せば見つかるかな。治す方法」
「見つかる! 見つかるよ! 絶対治す方法はあるはずだよ!」
「止めろ睡蓮。根拠の無いことを言うでない」
「でも、絶対無いなんてことも言い切れないでしょ⁉」
強く蜜柑を見据える睡蓮。水色の瞳が引く様子はなかった。そんな彼を眺めながら蘭李は力なく笑い、ベッドから降りる。
「ありがと、睡蓮。ちょっと元気出た」
「蘭李!」
「何かしらはあるはずだよね」
「………あまり期待はしない方が良いぞ」
蜜柑の言葉には何も答えず、蘭李は携帯を開いた。とある番号に電話をかける。数回のコールの後、男の低い声が聞こえてきた。
「もしもし?」
「こんにちは、滝川さん」
そう。蘭李が電話をかけた相手は、魔警察所属の医師・滝川若俊だった。蘭李から電話をかけることなど無かった為、彼は驚き混じりの声で返事をした。
「何だ?」
「あの……実は………」
蘭李は蒼祁のことを話した。そして最後に、こう付け足した。
「蒼祁のこと、検査してくれませんか?」
若俊は沈黙する。蘭李も黙って返答を待っていた。やがて、静かに若俊が答えた。
「………今回だけだぞ」
「ホントですか⁉」
パッと蘭李の表情が明るくなった。じんわりと目に涙さえ滲んでいる。しかしすぐ、若俊は続けて言い放った。
「だが先に言っておく。期待はするな」
「え………?」
「医師全員分からなかったんだろ? そりゃボクの方が優れているが、必ず原因が判明すると約束出来るわけじゃないし、不明なままの可能性の方が高い」
「………それでも、お願いします」
「……分かった」
そこで通話は途切れた。蘭李は部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。家も飛び出して全速力で町を駆けた。コノハや先祖達も、慌ててついていく。
蘭李が向かった先はもちろん、皇家だった。迎え入れてくれたメルに短くお礼を言い、リビングへと直行する蘭李。勢いよくドアを開け、部屋を見回した。ソファーに座る蒼祁を見つけ、彼のもとへ向かう。
「蒼祁! 病院行こう!」
「は? 行くわけねぇだろ」
「いいから来て!」
「行ったって意味無いだろ」
「いいから来てよッ!」
叫び声の直後、蒼祁の隣に座っていた朱兎が立ち上がり、蒼祁を抱き上げ肩に担いだ。蒼祁は目を丸くする。
「はっ⁉ おいっ! 降ろせ朱兎っ!」
「行こう! アニキ!」
「もう散々行っただろ⁉ お前に引きずられて!」
「分かるかもしれないよ! 原因!」
「分かるわけねえ! 降ろせ!」
ばたばたと暴れる蒼祁などものともせず、朱兎は蘭李についていった。まるで嵐が去ったかのように、リビングが静かになる。黙って見ていた白夜達は、ドアの方を眺めながら呟いた。
「……原因、見付かるといいな」
「ねー……」
沈黙が流れた。昨日からそうだ。何となく話しづらい雰囲気が彼らの間を満たしていた。
「本当に蒼祁の方なのか……」
「え?」
健治の呟きに、紫苑が驚いて目を向けた。健治は彼に小さく笑いかける。
「この前ね、朱兎と魔法図書館に行ったんだ。その時何かを患っているって聞いたから、てっきり朱兎が病気なのかと思っていたんだけど……」
「そうなんですか………」
それ以上健治が何かを言うことはなかった。その後しばらく、リビングには沈黙が流れていた。
*
「だから言っただろ。無意味だって」
ロビーの椅子で落ち込み俯く蘭李を、蒼祁が呆れ顔で見下ろす。朱兎も彼女の隣で、落ちそうな涙を必死に食い止めていた。
若俊の病院へ連行された蒼祁は、全身をくまなく検査された。午前に始めたというのに、終わった頃は日の暮れた夜だった。
そして、今現在分かっている結果だけ見ると、蒼祁の病気の原因は分からない、という結論に至る。
「ったく……無駄な時間過ごしちまった」
「………蒼祁は嫌じゃないの?」
震えた声。蘭李の頭上に浮かぶ蜜柑と睡蓮は下へと、朱兎は左へと視線を移す。蘭李は俯いたまま、力任せに拳を膝の上で握っていた。
「死んじゃうんだよ……? なんでそんなに冷静でいられるの……?」
「諦めたからな」
「そんな簡単に諦めないでよッ!」
顔を上げた蘭李は涙目で、キッと蒼祁を睨み上げた。その姿に驚く、蒼祁と朱兎。
「蒼祁が死ぬなんて嫌だよッ! しかも原因が分からないなんてもっと嫌ッ!」
誰もいないロビーに響く、少女の叫び声。続けて静寂が広かった。蒼祁はしばらく蘭李を見下ろした後、ため息を吐いて一言。
「俺が生きようが死のうが、お前には関係無いだろ」
蘭李は目を見開いた。ぷるぷると拳が震え、ぎゅっと唇を噛み締める。
「―――――――もういいッ!」
そう吐き捨て、蘭李はその場から駆け出した。慌てて朱兎と睡蓮が追いかける。蜜柑は、一人取り残された蒼祁を眺めた。彼は椅子に腰かけ背にもたれる。弱々しく光る青い瞳は、虚空を見上げた。
「………良いのか? あれで」
薄暗い廊下からやって来る若俊。しかし、蒼祁は彼に顔を向けることはしなかった。
「いいんだよ。どうせ死ぬんだ」
「喧嘩別れしても良いと?」
「………もともと仲良くなんてない。あいつは俺が嫌いだからな」
「その割には心配してるじゃないか」
「あいつは「死」が嫌いだからな」
静かに瞼を閉じる蒼祁。彼の脳裏には、過去の光景が蘇っていた。『学園』の仲間と、楽しそうに笑う蘭李と朱兎。まるで走馬灯のように、あの日々が次から次へと思い出されていた。
その中で、黒く塗り潰された一人が、二人に笑いかけた。
彼は気付いていた。「それ」は始めから真っ黒であったことを。気付いていたのに、分からなかった。必死に叫んでも、声は届かなかった。二人が「それ」に近付く。「それ」は彼に振り向き、楽しそうに笑った。
―――――――――君も、こっちにおいでよ。
「神空?」
ハッと目を覚ました。若俊が蒼祁をレンズ越しに、じっと見下ろしている。蒼祁は胸に手を当てた。ドクンドクンと高鳴っている心臓。
「大丈夫か?」
「……………ああ……」
蒼祁は深呼吸をした。先程の記憶をどこかへ押しやり、小さく呟いた。
「ちょっと、嫌なモノを思い出しただけだ」
*
「蘭李! 待って!」
背後からぐっと腕を引かれ、蘭李は振り向いた。朱兎が彼女の腕を掴んでいたのだ。蘭李はその手を振り払おうとするが、力で勝てるはずもなく、びくともしなかった。
「離してよっ!」
「あんなのアニキの本心じゃないよ!」
「はあ⁉ 何言ってんの⁉」
「やけになってるだけだよ!」
蘭李は目を見開いた。抵抗するのも忘れ、彼女は唖然と朱兎を見上げる。朱兎の赤い目は、悲しそうな色を帯びていた。
「アニキ………本当は死にたくなんかないんだよ」
沈黙が流れる。不安そうに二人を見守る睡蓮の手を、一滴のしずくが上から下へと貫いた。見上げると、ポツリポツリと雨粒が落ちてきていた。その後続けて、いくつものしずくが降り注ぐ。それでも構わず、蘭李と朱兎は雨に晒されながら、頼りない光を放つ街灯の下を歩き出した。
「………本当に治す方法は無いの?」
「色んな本も漁った。けど………」
朱兎は腹の前で両手を握り締める。隣では、蘭李が残念そうに俯いた。二人の横を通り過ぎる人々は、異様なものを見たような目で彼らに振り返る。
「けどね、アニキを生かす方法は思い付いたんだ」
呆然と蘭李が顔を上げた。濡れた視界に映る朱兎は、ぎこちない笑みを浮かべていた。
「病気は治せないけど。魔力を取られるなら、あげればいいと思わない?」
「………そんなこと出来るの?」
「魔導石があるでしょ?」
蘭李は目を見開いた。黄色い瞳には驚愕と困惑、そして希望の火が灯っていた。
「魔力を渡す魔法があったんだ。たぶん魔導石の……。それならアニキを死なせずに済む」
「すごい………すごいよ朱兎!」
「でもまだ出来てないんだ……」
「あたしもやる!」
朱兎の手を取り、蘭李は彼に顔を近付けた。
「あたしもその魔法、習得するよ! 絶対に出来るようになる!」
「うん………頑張ろう! 蘭李!」
「うん!」
くしゅん、と蘭李がくしゃみをした。自分達がずぶ濡れなことにやっと気付いたのか、蘭李は自分の肩を抱いて体を震わせた。朱兎がクスリと笑う。
「風邪引かないように早く帰ろ!」
「そうだね………風邪なんか引いたら練習どころじゃなくなっちゃうね!」
いつ振りかの笑みを浮かべながら、二人は水飛沫を上げて駆けていった。




