11話―⑨『寄生獣』
「ごめん。まさか華城の霊が助けを呼びにくるなんて思ってなくて……」
まあ普通はそうだよな。間に合ったからよしとしよう。
直人が両腕を伸ばしてくる。反射的に避けたら、「ひどい!」と奇声を上げてきやがった。
「抱き締めてあげようと思ったのに!」
「いらん気持ち悪い」
「怖かっただろ?」
「怖くないわ」
「ここは、強がるところじゃないよ……?」と囁いてくるが、私の心臓は動揺するどころか沈静化していった。さすが私。伊達にこいつと過ごしてないわ。
私が何の反応も示さなかったからか、子供みたいにしょぼくれた直人は、睨んでくるカヤとマイを眺めながら呟いた。
「経緯はチビから聞いた。魔警察と双子を大人しくさせればいいんだろう?」
「僕はチビじゃないよーっ!」
直人の後ろからひょっこりと現れ、ぷんぷん怒り始める睡蓮。そこへ、秋桜がなだめに浮遊してきた。
睡蓮には蘭李も呼びに行くように頼んだんだが、それはちゃんと果たしてきてくれたのだろうか。不安も残るが信じることにしよう。
私はチラりと直人を見上げた。
「直人一人で出来るのかよ」
「実は今日、占いで一位だったんだ。何をしても上手くいくって」
「お前ってそんな奴だったっけ?」
「あの番組の占いは凄いよ。今のところ、的中率百パーセント。白夜も観てみるといい。朝六時に、チャンネル五番」
無理だわ。私そんなに早起き出来ない。占い観るためだけに六時起きなんて体ぶっ壊れるので諦めます。つかなんだこの会話。なんで私番組勧められてるの。しかも占いでって。緊張感の欠片もない。
「うわっ! 影縫直人! 見るだけで吐き気がするーっ!」
突然騒ぎ出すクウ。 なんの躊躇いもなくあんなに失礼なこと言えるなんて、あいつすげぇな。とても巫女とは思えない。
当然反応した直人は、クウと同じく嫌そうな表情を浮かべた。
「こっちの台詞だレズ巫女。アンタを見ると腐った林檎を思い浮かべる」
「何それどういう意味⁉ それならこっちは腐ったパイナップル思い出すよ!」
「喋るな。耳が腐る」
「さっきから腐る腐る言わないでよーっ!」
言い合いが低レベルすぎる。クウは知らんが直人は本当に年上なのか? これで? 世も末だな。
今にも飛びかかってきそうなクウを、マイがすかさず止めた。
「クウ。戦えないのだから下がって」
「あんなやつ、こてんぱんにしてよ!」
「最善は尽くします」
マイとカヤは緊張した面持ちだった。蒼祁も、探るような視線を飛ばしている。
やっぱり、直人って強いんだな。小さい頃からの知り合いだから、身近すぎて実感沸かないけど。
でも、まだ夕方にもなってないぞ? 直人の奴、一体どうやって渡り合うつもり……―――。
「………ちょっと待て。まさか直人、「アレ」やるつもりじゃ……」
「やるよ?」
「はあああ⁉」
私の叫び声に、周囲が驚く。私も驚きだよ。驚いて直人を殴りそうになったよ。
「馬っ鹿じゃねぇの⁉ それやるくらいなら拓夜とか連れてきた方がよっぽど―――」
「でもほら、こっちの方が早いから」
「失敗したらどうするんだよ⁉」
「大丈夫」
両肩に手を置かれ、私の目線に合わせるように直人は屈んだ。暗く輝く紫の目で、幼子に語りかけるように優しく笑いかけてきた。
「オレは、白夜を置いて死んだりしないから」
こいつ………マジでさぁ………!
「――――――馬ッ鹿じゃないのッ⁉」
「ってぇっ⁉」
殴った。思いっきり。頭を。直人は頭を押さえてうずくまる。
馬鹿かこいつは! 人のために死に急ぐようなことしようとしやがって! しかも……こんな恥ずかしいことっ……!
「変態かよ! 知ってたけど!」
「ええっ⁉ なんで⁉」
バシバシ叩いた。直人はされるがままだったが、何故か嬉しそうだった。
くそっ! なんだその反応! ムカつく!
「白夜ー? 顔真っ赤だよー??」
いつの間に移動したのか、雷が背後からにゅっと顔を出してきた。反射的にその顔を肘で突いた。悲鳴を上げて雷が悶える。
「いたぁあああッ!」
「怪我人は大人しくしてろッ!」
「白夜、オレに動揺してる?」
「いいからさっさとやれ! そして失敗しろ!」
「えええっ⁉ さっきまで心配してくれてたのに!」
うるせえ知らねえ。そんなの記憶に無い。早く犠牲になりやがれ。
ニヤニヤ笑う直人は、くるりと後ろを向いた。少し前に出て、魔警察と対峙する。
「さて。愛しの白夜の為にやりますか」
「いちいちキモい」
「くそ冷める茶番を見せつけたんだから、さぞ凄いことをするんだろうな?」
蒼祁のイライラ度もマックスに近いようだ。今までになく睨んできてる。その威嚇さえも嘲笑うように、直人は妖しく笑ってみせた。
「安心しろよ神空蒼祁。最強のお前にも勝てるって大好評なんだぜ?」
「ほお。それは楽しみだな」
沈黙が流れる。なんか急に緊張してきた。
たしかに「アレ」なら、蒼祁にも勝てるかもしれない。けど、失敗した時のリスクが高すぎる。私はまだ成功したことないし、直人だって去年辺りじゃないのか? やっと成功したのって。
本当に、大丈夫なんだろうな……?
「――――――始めよう」
直人が呟く。直後、肩に乗っていた烏が飛び立った。黄色い目を光らせ、天に向かって高く高く飛んでいく。その体は、黒いオーラで包まれていた。
「さあ来い」
次の瞬間、烏は急に方向転換し、急降下してきた。一直線に直人へと向かう。直人も顔を上げてそれを待っていた。
――――――――――――ドクンッ
鼓動のような音を立て、烏は直人の胸から体内へと入った。烏は跡形もなく消え、直人は目を閉じて顔を下げた。
闇属性の召喚獣は、普通のそれとは少し違う。私達は昼間、魔法を使えない。だから、その余った魔力を有効活用出来ないかと、先人達は考えた。
そこで思い付いたのが、「寄生獣との共生」である。
『寄生獣』とは、寄生虫と同じように、別の生き物に寄生して存続する。ただしこいつの場合、対象が魔力を持つ生き物ではないといけない。
闇属性の先人は考えた。昼間我々が生み出す魔力を寄生獣に与え、ある程度を蓄えてもらえばいいのではと。
そう。つまり闇の魔力者は、寄生獣とある契約をした。
「朝昼の魔力はくれてやる。だがもし我々が危機的状況に陥った時、若しくは助けが必要な時。そんな時は、我々にその魔力を一度返してくれ」
それが、直人も行った『獣化』だった。
「ぐッ………あアァ………!」
獣のように唸る直人。誰も動かず喋らず、それを眺めていた。
一度に多くの魔力が体内に流れるんだ。普通は体が壊れてしまう。だから一部の闇属性達は、幼い頃からこの訓練をしている。不思議なもので、体ってのは慣れていくものらしい。ちなみに私もある程度なら耐えられる体になっている。
だが、問題は体ではない。体内に流入するのは、魔力だけじゃないから。
寄生獣も一緒に入れる、ということを忘れてはいけないのだ。
「静まれッ……!」
胸を押さえてうずくまる直人。だらだらと汗をかき、呼吸も上がっている。
寄生獣は、宿主を支配しようとする。意識を持っていかれそうになるんだ。そして持っていかれたら、もとに戻すのは非常に難しい。魔力を使い切られる前に何とかしないと、死んでしまう。
――――――大丈夫………君は『白夜』だよ。
思い出した。昔のことを。幼かった頃の私を。
出来ればもう、やりたくないんだけどな……。
「はあ…………」
正常な呼吸に戻る直人。だがその背中は、小刻みに震えていた。ゆっくりと顔を上げ、魔警察を見据える。
次の瞬間、直人は地を蹴った。一直線にカヤへと向かっていく。カヤも直人へと駆け出した。
「カヤ! 気を付けて!」
「分かってるわよ!」
直人が右手を突き出すと、影の手が直人の右腕から伸びた。寸前で跳んだカヤは、火の玉を二つ投げる。同時にマイが走り出した。影に身を包んで爆発から逃れた直人。その影を解くと、背後からマイが鎌を振るった。直人がその場で回る。
「ッ………!」
刃先が喉に刺さる寸前で、鎌は動きを止めた。それは影によるものだった。直人の左腕から伸びる影の手が、鎌を持つマイの手首を掴んだんだ。さらに回った勢いで、右腕から伸ばした影でマイの首を掴んでいた。
「昼間なのに魔法が……⁉」
背後からカヤが炎を飛ばす。そこへマイと大鎌を投げ飛ばした直人は、バック転をしながら避けていく。着地したところで片膝をつき、両手を地につけた。
「悪いが早急に終わらせる」
直人が呟くと、私達やコンクリの破片、街灯などのありとあらゆる影が、直人の両手へと引き寄せられていった。カヤが背負っていた銃を急いで降ろし、直人へと狙いを定める。
直人は何をする気なんだ……⁉ こんなの、見たことない……。
「アンタを殺して終わりにしてやるわよッ!」
ワインレッドの目が光る。次の瞬間、轟音と爆風が辺りを包み込んだ。再び襲いかかる浮遊感と圧力に、顔を両腕で覆う。
やっぱあの銃チートだろ! 威力高すぎるんだよ! 直人大丈夫なんだろうな⁉ 避けた瞬間は見えなかったけど……!
やがて煙が晴れていく。皆が同じ場所へと注目した。
「―――――――――え?」
そこに、直人の姿は無かった。
「い、いない⁉」
「まさか、体が吹き飛んだんじゃ……」
「そんな……」
まさか………直人に限ってそんなこと……。でも、辺りを見回してもどこにもいない。
ってことは………本当に………?
「灯台もと暗し」
――――――え? 今、上から………⁉
「逆だけどな」
妖しく笑った直人は、カヤの真上にいた。右の手のひらには、小さな黒球が浮かんでいる。
驚くべきは、そこだけではない。
背中から、黒い翼を生やしているのだ。
「チェックメイトだ」
直人が、黒球を落とした。
――――――――――ドォオオオオオンッ




