11話―④『不自然』
――――――何かが、おかしい。
「疲れた……ちょっと休憩……」
「本当体力無いね。しかも昔より劣ってない? 年のせい?」
「まだ十代前半なんですけど!」
トレーニングルームの真ん中で、あーだこーだ言い合う蘭李とコノハ。ヘトヘトらしい蘭李は、顔を赤くして汗をかいている。からかうコノハも、少しだが汗をかいていた。
よくある光景だった。普通なら、特に気にも留めない。
だが俺も含め、白夜も海斗も槍耶も雷も、ついでに言うと健治さんや双子まで、明らかに不審な目でそれを眺めていた。
コノハが蘭李を殺そうとした、と聞いたのが四日前。コノハと仲直りしたと、夕方に蘭李本人から聞いたのもその日だった。
「なんだ、今回はすぐ解決したんだな」なんてホッとしていたのが、その翌日まで。少しだけ違和感を感じたのが二日前。
そのまま昨日を過ごし、そして今日。
――――――その違和感は、さらに増大した。
「逆にコノハはなんでそんなに元気なの? 手ぇ抜いてるの?」
「あんなに僕に頼ってるクセにそんなこと言うの?」
「だっておかしいじゃん! あいてて! それやめて!」
蘭李のこめかみを拳でぐりぐりと圧迫するコノハ。いつも通り過ぎて、違和感は無い。
………………はずなんだけど。
この違和感を感じているのは俺だけでない。他の連中も、明らかに戸惑っていた。
「僕、実は鍛えてるんだよ。細マッチョってやつだよ」
「うわ似合わない! コノハが細マッチョとかお笑いでしかない!」
「なんでだよ。またやられたいの?」
コノハが細マッチョなのは、俺も遠慮したい。想像もしたくない。いやいや、そんなことはどうでもいいか。
違和感の正体。それは、四日目にしてようやく分かった。
――――――蘭李のやつ、この四日間、全く銃を使っていないのだ。
「やーめーてー! 痛いからー!」
「この手が刃にならないだけマシだと思いなよ」
「それはホントにダメなやつだから! 笑えないやつだから!」
しかも使っていないどころか、持ってきている様子すらない。蒼祁の言いつけで、必ず毎日触れって言われてたのにな。それに、この前までは進んであんなに特訓していたのに……一体何があったんだ?
「おい。蘭李」
おおっ⁉ ついに蒼祁が口を開いた! しかもあからさまに怒ってる! こっ、こぇえー!
ギクリ、と蘭李の肩が上がった。ぎこちない動きでこっちを向くが、若干蒼祁からは視線を逸らしていた。
「な、なに?」
「何じゃねぇよ。銃持ってきたか?」
「え? あ、あー……忘れちゃったんだー! えへへ……」
「じゃあ今すぐ作ってやるから特訓しろ」
「え⁉ いっ、いいよ! ていうかやめて! そんなことで魔力使わないで!」
「お前に心配される程俺の魔力は乏しくない」
「いっ、いいから! 作んなくていいから! やめて! なんで今日そんなに優しいの⁉」
「俺はいつも優しいだろ」
「それはない! 断固ないから―――」
「やんなくていいって言ってんじゃん」
蘭李の言葉は、コノハによって遮られた。蒼祁よりも不機嫌そうな声を出したコノハは、今までにないくらい鋭く蒼祁を睨み付けている。
こ、こええよ………コノハ、お前ってそんなキツいキャラじゃないだろ……?
「魔具には関係無い。黙ってろ」
「それこそ部外者には関係ないじゃん。蘭李が何使おうと勝手だし」
「そ、そうだぞー! あたしが何使おうと勝手だー!」
「じゃあ急に銃を使わなくなった理由を言え」
「べ、別に……使わなくなったわけじゃないし……」
「四日間使ってねぇだろ」
「……………蒼祁には関係ないし……」
「そんなんでここにいる奴等が納得するとでも思ってるのか?」
まあ………たしかに気になるけどな。銃を使う蘭李は馬鹿みたいに強いし。「トラウマ克服したい!」とか意気込んでたし。
それなのに、コノハが戻ってきてからずーっとコノハにべったりだし。もしかしてあの事件をきっかけに、今まで以上にコノハと仲良くなったとか―――さすがにそんな理由ではないか。
「別に納得してもらわなくていいじゃん。それに、蘭李が銃使わなくて面白くないと思ってるの、あんただけだと思うよ?」
「いいから言え。魔具には訊いてない」
「言ったら僕らに何かメリットある? あんたよく言ってたよね。利益にならないことはしないって」
だんだんと空気が重たくなってくる。近くに爆弾を置かれてる気分だ。今にも爆発しそうで恐ろしい。
た、頼むから喧嘩はやめてくれよ? 蒼祁を止められる自信は無いからな?
「………お前はつくづく俺が嫌いみたいだな」
「嫌いじゃなくて大嫌いね。その顔切り刻んでやりたいっていつも思ってる」
「ほう。奇遇だな。俺もお前のそのちっせぇプライドを粉砕してやりてぇと思ってたんだ」
「あんたに出来るわけないじゃん。そんなこと」
「今すぐやってやろうか」
「やれるもんならね」
や、やめろー! やるな! やらなくていいから! コノハ! なんでお前そんなに強気なんだ⁉ 蒼祁の強さ知ってるだろ⁉ お前勝てっこないって!
蒼祁とコノハの間に緊張が走る。外野の俺達は、ヒソヒソと話し合った。
「と、止める?」
「止められるか?」
「無理だろ」
「無理だな」
「でも、このままじゃコノハが殺される……!」
「さすがに殺しはしないだろ」
「じゃあ止めなくても―――」
「――――――もしコノハに手、出したら」
ビックリして顔を上げた。視線を戻すと、コノハの前に蘭李が立ち、蒼祁を睨んでいた。黄色い目は、威嚇するようにビカビカと光っている。
「蒼祁。お前のこと殺すから」
――――――やっぱり変だ。
たしかに蘭李は、コノハを大事にしている。けどそれを理由に、こんなに殺意を向けてきたことなんて、一度もない。知らない相手にはあっても、俺達には向けたことない。
だが今の蘭李は、殺意を持っている。たぶんコノハに手を出したら、本当に殺されると思う。それだけ明確で、強い殺意を見せていた。
「………お前、俺を殺せるとでも思ってるのか?」
「思うよ。六支柱に頼めば喜んで手伝うだろうし。もしかしたら魔警察も手伝ってくれるかもね」
「ハッ。くだらねぇ。あんな連中何人いようが変わらねぇよ」
「変わるよ。蒼祁、あんまり人のことバカにしない方がいいよ?」
「馬鹿にしてねぇよ。客観的事実を述べてるだけだ」
「もう………やめてよ」
震えた声が聞こえた。全員その方向を向く。声の主は、健治さんの隣にいた朱兎だ。朱兎は今にも泣き出しそうな赤い目で、蒼祁と蘭李を見つめていた。
「なんでアニキと蘭李が殺し合わなきゃいけないの? 仲良しなのに……」
「それ蒼祁に言ってよ。蒼祁がいちゃもんつけるからこんなことになってるんだよ」
「だから、銃を使わなくなった理由を言えって言ってんだ。頑なに言わないお前が悪い」
「それはあんたに関係ないって言ったよね?」
「まだ言うかコノハ。いい加減―――」
「だからやめてって言ってるじゃんッ!」
ドンッ、と地面が一瞬揺れた。朱兎がその場で床を踏みつけたのだ。あまりの衝撃の強さに驚くが、それよりも朱兎の姿に驚いた。
朱兎は、真っ赤な目からぼろぼろと涙を流していた。
「こんなのおかしいよ! 敵でもないのに! これじゃあ――――――「あの時」みたいだし………」
しゃくり上げながら、だんだんと顔が垂れ下がっていく朱兎。
「アニキと蘭李が殺し合うのなんて……もう見たくない……」
ぐすぐすと、朱兎の泣き声だけが部屋に響く。なんか、聞いちゃいけないような言葉を聞いた気がした。
もう……ってことは、昔殺し合ったことがあるってことだよな……?
蘭李と蒼祁が? 想像も出来ない。あ、銃を使っている蘭李なら、想像出来るかも。でもそれなら、二人は仲が悪かったってことなのか……。
「………悪かった。もう泣くな」
蒼祁が朱兎の前に立ち、優しく頭を撫でた。そのせいか、涙は収まるどころか滝のように流れ出た。驚く蒼祁に間髪入れず、朱兎が飛び付く。
「うえええええん!」
「泣き止めよ! おい鼻水つけるな! 離れろ!」
「いやだあああああ! アニキィイイイ!」
まるで幼い子供のようだ。本当にあいつ、俺達より年上なんだよな……?
はあ、とため息を吐く蘭李。頭をかきながら照れ臭そうに謝ると、今度は蘭李に向かって朱兎がダイブした。二人が床に倒れこむ。
「うええええええ蘭李いいいいいいい!」
「く、苦し……! 息がッ……!」
「だっ大胆! こんな人前で抱きつくなんて!」
「雷、落ち着け」
何故か雷が興奮し出し、白夜に押さえつけられる。コノハが朱兎を無理矢理引き剥がそうとするが、なかなか離れない。そんな光景を苦笑いで見ながら、俺はふと思った。
――――――朱兎は、大事にされてるんだなと。
「弟君が二人の仲裁役か……たしかにあんな風に泣かれたら、何となく罪悪感が沸くもんなあ」
健治さんが物珍しそうに呟く。背後に立つメルは、無表情で蘭李達を眺めていた。
そういえば、双子は健治さんの家に泊まってるんだよな。こっち来てから結構経ってるはずだけど、帰らなくていいのか? 今は春休みといえど……。
「とにかく! 外野にとやかく言われる筋合いはない! 行こう! 蘭李!」
「えっ⁉」
やっと朱兎から蘭李を引き剥がし、コノハは蘭李の手を引いた。戸惑う蘭李だが、何も言わずに連れられていく。蒼祁が呼び止めるも、二人は構わずトレーニングルームから出ていった。
静寂が広がる。蒼祁は、滅茶苦茶不機嫌そうな顔で舌打ちをした。
「あの暴走魔具が……」
「でも、コノハの言い分も正しいと思うよ? あくまで俺達は外野なんだ。アドバイスは出来るけど、強制は出来ない」
「なら、助かる命も棄てろって?」
健治さんは目を見開いた。一方の蒼祁は鋭く睨み、もう一度舌打ちをして部屋から出ていく。慌てて朱兎もついていった。
………ちょっとビックリした。蒼祁って、なんでもかんでも思い通りにいかないと気が済まない、そんな俺様かと思ってたけど……今のって……。
「………へぇ。なるほど。それならやっぱり、彼らは………」
ぶつぶつと何かを呟く健治さん。結局その後は、残った俺達だけでトレーニングが行われた。
一難去ってまた一難とはこのことだ。解決したと思ったのに、別の問題が浮上してくるなんて……。
でも、いつものように、皆で解決出来るだろう。根拠もなくそう思った。
――――――だって皆は、俺と違って強いからな。




