10話―⑤【side L】『信じられない現実』
目が覚めると、ボロボロの天井が見えた。見たことのない天井で、ぼんやりとここがどこだか考える。
たしか、白い空間にいて………。
「白夜! 大丈夫⁉」
突然にゅっと顔が覗き込んできた。直人と拓夜が、心配そうに私を見下ろしている。
なんで二人が……………あ、そうか。戻ってきたのか……蒼祁のおかげで……。
私は自分の手を眺めてから、ゆっくりと起き上がった。
「帰れた……」
「良かった白夜……! 心配したよ……!」
「今回は焦ったなあー」
直人が抱き着こうとしてきたから、瞬時に腹パンを入れた。直人はお腹を押さえてうずくまる。ふん、と息を吐き、辺りをキョロキョロと見回した。その時、先に起きていた蘭李と目が合う。
「……………」
何て言えばいいか分からなかった。蜜柑達のこと、たぶん蘭李にとっては解せないだろうから。
幽霊は例外なくモノノケになる。それは蜜柑達にも当てはまることだ。もし何年も幽霊として存在し続けるなら、いずれモノノケになるだろう。だからいつか、そうなる前に消し去らなければならない。
「何見つめ合ってんだよお前ら」
背後から、蘭李の頭をポンと叩いた蒼祁。くだらなそうに溜め息を吐く蒼祁に、蘭李は少し首を傾げながら問いかけた。
「ねぇ、どうやって帰ってこれたの? さっきの呪文、瞬間移動魔法のじゃ……」
「魂だけになっても、肉体が魔導石を持ってれば魔導石の魔法が使えるらしくてな。だからテレポーテーションで行き来した。魂だけな」
やばい。何言ってるか分からない。これは早めに『魔導石』のこと、訊いておいた方がいいな。
「ったく……やっぱりとんでもないことしてくれるな。野生動物は。まず白夜に言うことあるんじゃないのか?」
復活した直人が、やけ気味に言い放った。瞬時に睨む蘭李。その呼び方やめればいいのに。ていうかやめろ。後で言っておこう。
蘭李は気まずそうに、伏し目がちに小さく呟いた。
「……ごめんね。ハク。巻き込んじゃって」
「いや、こっちこそ。直人のせいでもあるし」
「え? なんでオレ?」
「お前が威嚇しまくったからだろ」
ギロリと睨むと、直人はしゅんと萎縮した。
そう。直人があそこまで敵意剥き出しにしなけりゃ、こんなことにはならなかった。あれ? 真に悪いのは直人じゃね? ああそうだきっと。こいつこそ危険生物じゃねぇかよ。
しかしそれでも何か言いたいことがあるのか、直人がおそるおそる言葉を絞り出す。
「だってそれは―――」
「――――――みーつけた」
唐突に、声が響いた。廊下の先を見ると、女が歩いてきていた。ワインレッドのポニーテールを揺らし、不敵な笑みを浮かべている。
………誰だ? あれ。見たことないな。
「カヤさん……⁉」
「あら、覚えてたのね」
蘭李とコノハが、驚愕と困惑で固まった。どうやら見知った顔みたいだけど………あんまり良い相手ではなさそうだな。
カヤと呼ばれた女の背後から、さらにもう一人現れた。白衣を着た、黒髪の眼鏡男。
「余計なのもいるな」
それはかの病院の医師・滝川だった。何故彼が? そのことにも疑問はあるが、あのカヤって人は、誰を見て「見付けた」なんて言ったんだ?
まさか――――――蘭李?
「もう逃がしませんよ」
後ろから第三の声。振り向くと、黒と白の修道女の服を着た女が立っていた。蘭李の顔が青ざめる。それで確信した。やっぱり狙いは蘭李なのだと。
「なんだお前ら? 誰に何の用だ?」
蒼祁が三人を順に見る。直人と拓夜が傍に寄ってきた。修道女が、蒼祁に負けないくらい力強い眼差しで、私達を見回した。
「我々は魔警察です。華城さんの魔具が、悪魔の仲間である可能性があるので、預かりに来ました」
「悪魔? コノハが?」
「アタシが見たのよ。この目でちゃあんとね」
カヤが自分の目を指差す。ワインレッドの目が光った。
こいつら魔警察だったのか。しかも、コノハが悪魔の仲間? そんなわけないだろ。
――――――魔警察の仲間なんかじゃないよね?
だから蘭李はあんなこと言ったのか。コノハが敵意を向けてきた理由も、ようやく分かった。そりゃ警戒するよな。自分は追われてるんだもんな。
「だからそれは悪魔の罠だって言いましたよね⁉」
蘭李が思いっきり叫ぶ。黄色い目は、ギラギラと興奮していた。
「そうだと断定出来るまでは野放しに出来ません」
「だったらまず悪魔の方を捕まえなよ! なんでコノハばっかり狙うわけ⁈」
「勿論悪魔も追ってます。ですが同時進行で貴女の魔具も捕らえなければ……」
「だから魔警察は信用ならねぇんだよな」
蒼祁がぼそりと呟いた。瞬間、修道女と滝川に睨まれる。それでも気にせず、蒼祁は続けた。
「ただ、制御不能な魔具を壊しておきたいだけなんじゃないのか?」
「……変な言いがかりをつけるのはやめて下さい」
「お前らは、その魔具に裏切られて殺されたらどうするんだ?」
滝川の言葉に、蘭李は興奮気味に反論した。
「コノハはそんなことしないって言ってるじゃん!」
「だから、それは先入観です」
「先入観じゃなくて事実! アンタらにコノハの何が分かるの⁉」
「それは貴女も同じでしょう? 他人の全てを理解している者などいませんよ」
「あたしは違う!」
「らちが明かねぇ」
蒼祁が一歩前に出た。青い瞳が、魔警察を鋭く捉える。
「ひとまずその悪魔を捕まえれば満足か?」
すると、カヤがニヤリと笑った。太ももに装備していたポーチに手を突っ込み、そこからゆっくりと手を出す。その手には何かが握られていた。それは、明らかにポーチに収まらない長さであり、銃のような形状をしていた。
「やっとやる気になったかしら?」
「蘭李。冷幻連れて悪魔捕まえてこい」
たしかに、それが手っ取り早いかもしれない。悪魔をこいつらに突き出せば、少しは大人しくなるだろう。
「蒼祁は―――」
「俺達はこいつらを足止めしといてやる」
すると、直人と拓夜が同時に蒼祁を見た。
「待て。なんでオレ達まで数に入れてるんだよ」
「冷幻を助けてやっただろ? その借り返せ」
「元はといえば華城が―――」
「直人。拓夜。頼む」
「勿論だよ白夜」
この変態、即答してきやがった。気持ち悪。自分で言っといてあれだけど。
拓夜が準備運動を始める。直人は、そんな拓夜の背を軽く叩いた。
「なら拓夜。お前は白夜を守ってやれ」
「いいけど……お前ら二人で大丈夫なのかよ」
「こいつはともかく、オレは一人でこいつらを凌げる」
「は? 俺だって凌げるし」
睨み合う直人と蒼祁。頼むから喧嘩してくれるなよ。
拓夜がこっちに来たので、蘭李に頷いた。私達は駆け出す。瞬時に修道女が反応した。
「待ちなさい―――」
「おっと、アンタの相手はオレだ」
修道女に襲いかかる影の腕。その脇を通り抜け、廊下を駆け抜けた。私達はシルマ学園から出る。外はもう真っ暗な夜だった。走りながら、蘭李がこちらを向く。
「どうやって悪魔を探す?」
「うーん………メルに頼んでみるか?」
「メル? 誰だそれ」
「知り合いの天使」
そう言うと、「えっお前天使の知り合いがいるのか⁉ すげぇな! 羽生えてる⁉ 羽生えてる⁉」と拓夜が興奮する。放っておこう。
――――――あ、そうだ。そういや忘れてた。私は拳銃を取り出し、蘭李に差し出した。
「これ返す。忘れてた」
「あ、ありがとう。ちょっと一回止まっても……」
「待って!」
突然コノハが叫んだ。急停止し、蘭李に拳銃を渡して振り返る。コノハは睨むようにじっと前を見据えていた。蘭李が不思議そうに声をかけた。
「どうしたの?」
「………来る」
「来る?」
コノハと同じ方を見る。ただの道路だ。誰もいない。変わったこともない。
が、暗闇から溶け出るように、あの悪魔が姿を現した。
「よお。こんな所で会えるとはなあ」
黄緑色の目が光った。私達は戦闘体勢に入る。
タイミング良すぎないか? まさか、つけられて……ってことは、話も全部聞かれている可能性がある。
「今日は知らない奴がいるみたいだな。新人か?」
「失礼だな! おれは白夜より年上だ!」
拓夜がぷんすか怒る。それをなだめながら、悪魔を睨み付けた。にやにやと笑う悪魔の右腕が、瞬時に水平に振られる。影から黒い狼が現れ、こっちに駆けてきた。避けるが、さらに別の影から鳥や一角獣のようなものも現れ、襲いかかってきた。
私は太刀を振り下ろした。影の鳥に刃が下ろされるが、裂け目から影が二つに分かれる。それらは再び鳥になり、私に突撃してきた。さっきよりも小さいからか、スピードが上がっていた。
「白夜! 大丈夫か⁉」
「何とか! 鳥に気を付けろ!」
「りょーかい!」
拓夜が一角獣に飛び乗った。暴れる一角獣にしがみつき、首に腕を回す。そのままその腕を引いた。一角獣は悲鳴も上げずに、溶けるように消えていった。その拓夜に、二羽の鳥が飛んでくる。私は影で拓夜の首を掴み、こっちに投げ飛ばした。追ってきた鳥を、私は思いっきり殴る。鳥は地面に叩きつけられ、動かなくなって消えた。着地した拓夜も、残った一羽を足蹴りで消した。
「なあ、気になったことがあんだけど……」
悪魔をじっと見据える拓夜。影が倒されたというのに、悪魔は未だ不敵に笑っていた。辺りを見る限り、蘭李とコノハはいなかった。引き離されたか……。
「何?」
「あいつ、人間臭い」
――――――人間臭い?
「悪魔のにおいももちろんするけど……人間のにおいもする」
「何それ。普通そんなこと無いよな?」
「ああ。悪魔は悪魔のにおいしかしないよ」
拓夜の凄いところは、色んなにおいがかげることだ。人はもちろん、悪魔とか天使とか……。同種族だとにおいのタイプは同じらしいが、やはりにおい自体は各々で異なっているらしい。だから、悪魔を見付ける時にはすごく役に立つ。
ちなみにこいつ、かくれんぼで見つけられなかったことがないらしい。恐ろしい嗅覚だ。さすが感覚人間。
で、あの悪魔は人間のにおいもするらしい。それがどういう意味なのか、全く検討がつかない。そもそも、そのにおいの感覚が分からないのだから分かりようもないが。
「お前ら、何の話だ?」
さすがに不審に思った悪魔が、目を細めて睨んできた。
果たして正直に、においのことを話してみてもいいものか。訊いたところで教えてくれるとは思えないが。
なら、やっぱりあっちのことだよな―――私も悪魔を睨み返す。
「おい。お前、コノハを陥れようとしてるのか?」
「はあ? 何の話だ?」
「魔警察が、お前とコノハが仲間だって言ってるんだよ」
「ふーん」
なんだその反応。やっぱこいつがコノハを陥れようとして……!
「白夜。捕まえて突き出した方が早いぜ」
「だな」
「突き出すって、魔警察にか?」
「当たり前だろ」
「いいのか? それでも」
悪魔が妖しく笑う。
いいって当たり前だろ。なんで悪いんだよ。お前さえいなければ、蘭李とコノハは………。
「オレがコノハとグルだって証言しちまうけど」
―――――――――――――は?
「ま、そんなのお前らには関係無いか」
は? いや、ちょっと待て。こいつ何言ったんだ? こいつとコノハがグル? 寝言は寝て言え。そんなわけがなかろうが。
「その顔、信じてねぇな」
「当たり前だろ。なんでお前とコノハがグルになるんだよ」
「そんなのあいつに訊けよ。あいつが自ら来たんだからな」
はあ? そんなわけ、ないだろ? コノハが裏切るようなこと………するわけが……。
「信じられねぇなら、蘭李くんのところに行ってみれば?」
最も、もう手遅れかもしれないがな。
クスりと悪魔が笑った。黄緑色の目は妖しく光っている。
手遅れ? どういうことだよ。何が手遅れなんだ? 一体、何が、起きて――――――。
「白夜。行ってこい」
ポンと拓夜に肩を叩かれ、我に返った。拓夜はにかっと笑っている。だが不安なのか、ちゃんと笑いきれていなかった。
そうだ………とにかく、確かめなければ……!
「………悪い」
「こっちは任せとけ」
拓夜に背を押され、私は駆け出した。蘭李が逃げたであろう方向へと。悪魔は邪魔をしてこなかった。それが余計に不安を増幅させた。ドクンドクンと、心臓が高鳴っていく。走っているからか。それとも、何かも分からぬ不安からか………。
頼む。何も、何も起きてないでいてくれ……!
「―――――――――――え………?」
信じられない、と思ったのは初めてかもしれない。驚きすぎて、言葉を失ってしまった。
立ち尽くすコノハ。その視線の先には、蘭李が力無く倒れていた。
しかも、蘭李もコノハの腕も、真っ赤な血に染まっていた。
「コノ……ハ………?」
コノハがゆっくりと顔を上げた。緑色の目は、ぼんやりと私を見る。
――――――だが不意に、その目から涙がこぼれた。
「え…………?」
「…………こうでもしないと……」
そう言い残して、コノハは走り出した。追いかけたかったが、体が動かなかった。
なんで……? コノハが、やったのか……? 嘘だよな……? コノハがそんなことやるわけ――――――。
――――――違う。落ち着け。それよりも、今は蘭李だ。
「蘭李ッ!」
蘭李に駆け寄った。傍で膝をついて様子を見る。胸を刺され、左肩から足の付け根まで斬られている。左腕も傷だらけだった。かろうじて呼吸はあったが、このままの状態が長く続けば、確実に死んでしまうだろう。
「嘘だろ……! 死ぬなよ! 今助けてやるから!」
影で蘭李をそっと掴み、その影に飛び乗る。そのまま最大速度で影を走らせた。一般人が誰もいなくて、本当によかったと思う。
だから、すぐ連れてってやるから……! 死ぬなよ……! 蘭李……!
そして私は、夜道を駆け抜けていった。
* * *
10話side L 完




